2007年9月5日水曜日

定期健診並びにジェムザール4回目の点滴(再)

昨日は定期健診日だった。

先週28日(火)は検診並びに4回目のジェムザールの点滴を行う予定だったが、白血球の低下で抗がん剤点滴を断念した。昨日は前回の点滴から2週間経ったので、白血球が元に戻れば点滴を行う。

朝病院に到着して、すぐ採血とレントゲン撮影を行って、11:00の診察を待った。昨日は主治医のY先生が出張でM先生の代診だった。予定時刻ちょうどに呼び出しのベルが鳴った。

診察結果

・31日に行ったMRIの結果は異常なかった(頭部への転移なし)。
・白血球の数値は4,130と正常範囲(3,900~9,800)内だった。
・好中球も異常なし。
・肝臓の数値等は正常値。
・レントゲン画像には異常は見られない。

知人から戴いた健康飲料がよかったのか、白血球も好中球も正常値に戻った。ここのところ低い数値が続いていたので、4,000を越える数値は久々だった。

外来での点滴は通院治療センターへ行く。ベッド、またはリクライニングシートがずらりと並んでおり、希望があれば選択できるようだ。ジェムザールの場合は吐き気止め30分+ジェムザール30分、両方でも1時間で終わる。

2007年9月3日月曜日

白血球を増やす食材

横浜に住む娘が骨髄抑制に苦しむ私のことを心配して、白血球に関するサイトを探して送ってくれた。

白血球の数値を上げる食材があれば、すぐにでもトライしたいのだが、主治医の先生にも「残念ながらそのような食材はない」といわれたくらいなので、あまり医学的に根拠のある情報は見つからない。

送られてきたサイトの内容を読むと実験では「ニンニク、しそ、たまねぎ、しょうが、キャベツ、長ねぎ」などが良いとある。日ごろ摂取している食材が多いし、幸い特殊な食材ではない。効果の程度が試験管の中だけの微量なものなのかもしれないが、心がけても害になるようなものはないようだ。このような食材を常にメニューに加えるように家内に依頼した。

他にも記事にある注意事項等は心がけて悪いことはない。
この種の記事や情報があるということは同じような悩みを持つ人が多いということの裏返しだろうか?

白血球を増やす食材
http://www.asahi.com/health/jhcolumn/030830/030830d.html
http://skrsk.blog39.fc2.com/blog-entry-32.html
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1658278.html

日光浴も白血球を増やすのによいらしい。http://www.geocities.co.jp/Milano/1286/nikkou.html


白血球の数値が下がったら気をつけることhttp://blog.goo.ne.jp/setoyamaosm/c/acdd581cd91b95f5842fa42f182dee1d

2007年9月1日土曜日

姫井先生と横峰先生

昨日は定期健診ではないががんセンターへ行った。半年に1回のMRIの予約日だった。頭部への転移の有無を確認するためである。予約時間は9:00で朝一番なので早めに呼ばれ20分ぐらいですべてが終了した。結果は定期健診の際説明される。

早く終わったので、病院内の図書室へ寄った。ここの図書室の蔵書はガン関連の書籍が中心だが、他にも新聞とか週刊誌、雑誌、一般書籍も結構あるので待ち時間などによく寄る。今日は固い本はやめて週刊誌をぱらぱらと見ていたら、先日の参議院選挙で初当選した民主党の姫井議員と横峰議員のスキャンダルが週刊文春と週刊新潮に大きく取り上げられていた。

「姫のトラ退治」で有名な姫井先生、自民党への逆風に乗っかり、大物の片山虎之助先生を破ったのですっかり有名になった。でも、このスキャンダルはまずいでしょう。この記事は不倫相手の元高校教師が手元に持っている長期間のツーショット写真を洗いざらい週刊誌にぶちまけて、その写真が何枚も掲載されている。週刊誌の記事は大半は信用できないことが多いが、写真は嘘をつかない。これだけ証拠を見せられたら信じざるを得ない。姫井先生ちょっと偉くなったので、生真面目な年下の不倫相手を冷たく袖にした結果、相手の深い恨みを買ったようだ。一見可愛く見えるこの先生、顔に似合わず大胆のようだ。刑事事件ではないものの、国政に携わる者としてはこのスキャンダルは議員活動に支障をきたすことは間違いなさそうだ。さて、この結末は?

もうひとつの横峰先生のスキャンダル、記事が出てから懸命に否定して週刊誌を相手取って訴訟など起こしているようだが、このお方は元々その程度のお方、じたばたしても運命は尽きている。娘の七光りでテレビに登場した当初から、どう見ても国政は似合わない胡散臭さを漂わせたお方。 今このふたりに投票した人は後悔していることだろう。

大体、衆議院にも杉村某という似たような議員がいるが、このような品格のない議員に国政を任せなければならないことが悲しい。国政の舵取りはそれなりに見識や品格を持った人物に任せたい。こういう人を選ぶ国民の側の問題だという人もいるが、党が公認する以上は国政を担うことのできる最低限の資格を持った人に限定してもらわなければ国民だって分からない。そして、間違って当選したのなら、一刻も早く退場してもらいたいものだ。

2007年8月30日木曜日

免疫システムのしくみ

人間の体は約60兆個の細胞でできており、そのうち免疫システムを担う免疫細胞は約1兆個、重さにして約1kgほどになる。その免疫細胞も1日に100億個が入れ替わる。体内を流れる血液にも多くの細胞が存在する。人間の身体を守っている「免疫」という自己防衛システムにおいて、重要な働きをするのが白血球。この白血球には「顆粒球(好中球、好酸球、好塩基球)」と「リンパ球(NK細胞・T-細胞・B-細胞)」と「マクロファージ」があり、それぞれ60対35対5の比率になっている。その自己防衛システムの役割は顆粒球は大きなサイズの異物を食べて処理し、リンパ球はウイルスなどの微小なサイズの異物に対して抗体と呼ばれるタンパク質を使って攻撃し、マクロファージは異物の浸入を顆粒球やリンパ球に知らせる役割をもつ。

以上は人間の体内で免疫システムがどのように働いているかのごく一部を抜粋したものである。こういう文章を読むと、自分の体内ではミクロ単位のいろいろな細胞が複雑な働きをしていることを知り驚くばかりである。

自分がガンという病気にかかったのも、免疫システムに不具合が生じた結果であり、今治療中の身で白血球やその中の好中球の減少で悩まされているのも、これまた免疫システムが抗がん剤で新たな不具合を生じている結果だと思うと複雑な気持だ。

複雑な免疫システムを詳しく知ってもどうなるものでもないが、今健康な人はどうすれば病気を予防できるかのヒントぐらいは掴めるはずである。情報スクラップにリンクを貼らせていただいた。ややこしい専門用語は出てくるが、読みやすく書かれているので、一度はお読みになることをお勧めしたい。

情報スクラップ「免疫システムを知ろう!」

2007年8月28日火曜日

定期健診並びに4回目の抗がん剤

先週21日(火)は検診並びにジェムザール(1・8・15日)の内の15日目の点滴を行った。その前週が白血球の低下で抗がん剤点滴を断念して3回目を行い、今日は先週から1週間しか経っていないので、白血球が元に戻っているかどうか不安だ。

朝病院に到着して、すぐ採血とレントゲン撮影を行って、11:00の診察を待った。今日は主治医のY先生の診察。予定時刻ちょうどに呼び出しのベルが鳴った。恐る恐る診察室に入った。

診察結果
・白血球の数値は2,300と前回より低い。
・好中球は基準値より低い。
・肝臓の数値等は正常値。
・レントゲン画像には異常は見られない。

好中球が低いと、抵抗力が低く感染の危険が大となるので、本日はジェムザール点滴を行うことはできない。案の定、1週間では白血球は元に戻らないという結果だった。

今までの骨髄抑制が強く出る傾向は長期間抗がん剤を連続しているせいかもしれない。従ってどこかで骨髄を休めることもことも必要と考える。取りあえずは1週おきにジェムザール点滴を行う方針で行って、9月の末に行うCTの検査結果をみてその後の診察計画を練り直す。現時点では次週火曜日に再度血液検査+点滴を予定する。

2007年8月25日土曜日

チャイナフリー

先日ニュースでアメリカのある健康食品会社が自社の商品に「China free(中国産品は使っていません)」のシールを貼り付けている映像が流れたが、これには驚いた。その会社の製品価格は同等の商品より2~3割高いが、人気は上々だという。安値で世界を席巻したかに見える中国製品も赤信号のようだ。

最近は暇があるので家内の買い物に付き合い、スーパーへよく行く。家内も大分以前から中国製品には恐怖心を持っており、必ず商品の裏を見て「中国産」という表示を見るとすぐ商品棚へ戻した。それを見ながら、私はその表示は信用できるのか?とつぶやく。なぜなら、今中国製品の輸入量は想像を越えている。表示は消えても、物が消えるわけはない。現状は残念ながら中国製品なしでは日本の製造業も商業も飲食業も成り立たないはずなのだ。

私の子供の頃、海外に輸出される「Made in Japan」という言葉は「安かろ悪かろ」粗悪品の代名詞だった時代があった。それが今では日本製は世界に誇れる商品を多数を持つようになった。欧米の映画を見ると登場するカメラには殆ど日本の会社のロゴが入っている。一般家庭の中には日本製の電気製品や車も欧米と肩を並べて登場している(やや韓国製品に押され気味だが)。映画の舞台で日本料理店が普通に登場するようになったのはここ2、3年のことだ。粗悪品の代名詞から地位を確定するには50年とか、60年とかの年数がかかるのが普通のようだ。

今や中国は世界の工場だということは動かしがたい。品質保証だけでなく、安全や環境に対するコストはかけるということを要求しなければならない。あれだけの人口の国、人件費は容易に上がりそうもないが、諸々の技術で先輩として日本が助けることはまだたくさんありそうだ。

2007年8月23日木曜日

思いがけないプレゼント

昨日、私の病気のことを心配した知人からうれしいプレゼントが自宅に届いた。体に良いとされる漢方薬や食品を組み合わせて作ったお手製の健康飲料である。

ベースは紹興酒と梅酒でそこに漢方薬として有名な梅花鹿(バイカロク)の角と当帰、加えてわさびの葉、蜂蜜を溶かし込んだ自家製の健康飲料である。

梅花鹿の角は高級漢方薬として有名で、主として強精、強壮、老化防止、免疫力アップ等々の薬としてよく耳にする。同じく当帰(漢方)も漢方薬として有名で、当帰芍薬散、大全十補湯、加味逍遥散などに含まれるようだ。昔から家庭薬として、主として婦人系疾患の薬として有名だ。

二つの漢方薬は大きく括ると滋養強壮ということになるが、細かくみると具体的にはいろいろな効能が伝えられている。私の場合、その中で最も期待しているのは造血作用(赤血球・白血球・リンパ球)に効果があるとおいう点である。抗がん剤の治療において副作用で散々骨髄抑制にダメージを受けているが、食品による改善は期待できないので、何千年の歴史をもつ漢方にその効能があ ればありがたい・・と期待している。

わさびは静岡県が生産地なのでその効能は良く知っている。かつて文芸春秋のグラビアで紹介されたことがある湯ヶ島温泉のある旅館には何度か行ったが、そこの90歳になる有名女将から生わさびの効能はよく聞かされた。殺菌作用、血栓予防作用の他に抗ガン作用もあると教えられている。温泉に行くたびに生わさびを買って帰る。

蜂蜜はオーストラリア・ブリスベン市で製造されたもの。蜂蜜は各種のビタミン、鉄分を含んだ栄養源であることはもちろんのこと、抗酸化作用、殺菌作用、整腸作用などをもち合わせた自然健康食品。
これだけ強力な成分で作られた健康自然食品は手に入れたくても手に入らない。
数々の効能に期待をするのはいうまでもないが、それ以上に手間をかけて作ってくれたその思いやりがありがたい。

そのありがたさを感じながら、早速昨日から食前に飲用している。

2007年8月21日火曜日

定期健診並びに3回目の抗がん剤(再)

先週14日(火)は検診並びにジェムザール(1・8・15日)の内の15日目の点滴日だったが、白血球の低下で抗がん剤点滴を断念した。ジェムザール点滴は通常(1・8・15日)の3回点滴で1週間休みというサイクルが標準治療だが、私の場合は骨髄抑制が強く出るので、2回点滴+1週間休みのサイク
ルで試みようという旨が先週説明された。

朝病院に到着して、すぐ採血とレントゲン撮影を行って、11:30の診察を待った。今日は主治医のY先生の診察。予定時刻少し前に呼び出しのベルが鳴った。恐る恐る診察室に入った。

結果は
・白血球の数値は3,200と前回より回復している。
・肝臓の数値等も正常値。
・レントゲン画像には異常は見られない。

ということで、本日3回目のジェムザール点滴を行う。1週間後の来週の火曜日も同じように採血を行って正常値ならば今日と同じように4回目の点滴を行う。

効果があるかどうかは別問題だが、抗がん剤の点滴が行えないのでは話にならない。今日は取りあえず点滴をすることができて一安心、胸をなでおろした。効果の確認は9月末に行うCT、PET-CTで行う。

2007年8月18日土曜日

酷暑の夏

日本全国の異常な暑さが連日のトップニュースになっている。40度を超える気温も今では珍しくなくなっている。40度の気温は経験はないが、体温を超えているんだから長い時間は室外にはいられないだろう。

伊豆長岡温泉は近いので、家内と日帰り温泉に時々出かけるが、そこには低温(50度)のサウナがあって、1回15分ぐらい我慢をして、時間を置いて2~3回入る。気温40度といえばそのサウナよりちょっと低いだけだからその異常さは想像が付く。

私の住む地域はさすがに熊谷ほど暑くはないが、それでも連日例年より気温が高いような気がする。

先日のブログで夜はエアコンのない部屋に寝ていると書いたが、昨日はさすがに汗をびっしょりかいて目覚めたので、たまらず昨夜からはエアコンのある部屋へ布団を運んだ。ニュースで高齢者が室内にいるのに熱中症で死亡したというニュースを聞いたことも気になったこともある。あまりやせ我慢はしないことにした。

とにかくここのところ、通常の夏の暑さを超えていることを実感している。やはり温暖化等々の地球の異常の現れの一環なのだろうか?

2007年8月16日木曜日

祭りのあと


先週末はいつも静かな我が家も年に何度かの賑わいを見せた。二人の娘も帰省し、孫も4泊ほどした。他にもお墓参りに来た親戚が何組か私のお見舞いに寄ったり、知人が訪れたり、千客万来だった。


孫が前回我が家に来たのは私の入院中だったが、そのときはようやくつかまり立ちの状態だったが、今回は1歳と1ヶ月なので、ちょこちょこと家中を歩き回る。大騒ぎをしながら誰かが追い掛け回し、いつも賑やかだった。お客さんが集まっても、いつも主役の座を占めるのはこのおチビちゃんである。

一昨日は娘と孫を三島駅まで送り、私の通院の帰りには家内と2人で三島大社へ立ち寄ってお参りをした。一昨日の夜から昨日にかけては「祭りのあと」の状態になった。それにこの猛暑と検診の結果が重なって、すっかり脱力感に襲われた。そんなことから昨日まではパソコンを開く気にもなれなかった。
今日は休み中に撮影したデジカメ写真を整理しているうち、殺風景なブログの飾りとして、いつものジジバカぶりで一昨日撮影した孫の写真を載せる気になった。もう少し大きくなると「勝手に私の写真を使わないで」などと叱られそうなので、使えるのは今のうちだけだろう。ちなみにこの孫は時々外で「僕ちゃん」などといわれるが女の子である。

2007年8月15日水曜日

定期健診並びに3回目の抗がん剤

昨日14日(火)は検診並びにジェムザール(1・8・15日)の内の15日目の点滴日だ。
1日目と8日目は入院で実施したので、今日は始めての外来による点滴となる。

検診時間(11:30)より1時間ほど早く病院に入り、採血とレントゲン撮影を行った。混雑している割りには両方ともスムーズに終わり、時間まで陽だまりダウンジでコーヒーを飲んで過ごした。

予定時間をやや過ぎて11:40頃呼び出しを受けて診察室に入る。入院中お世話になったI先生から説明があった。

本日採血した血液の白血球数が2,620と少ない。好中球も少なくなっているので本日予定したジェムザール点滴は見送る。今まで2回行ったが、1週間間隔をあけて、来週採血結果を見て本日予定した点滴を行う。

ジェムザールは副作用は弱いとはいえ、骨髄抑制の副作用がある。残念ながら1週間延期をせざるを得ない。抗がん剤の副作用によって、抗がん剤を継続できないというのは薬の効能以前の問題なので、誠に残念なことだ。

2007年8月11日土曜日

エアコン嫌い

私のエアコン嫌いについては一昨日書いたが、その続きを・・・。私はどういうわけか、エアコンをかけた状態で寝入ることに恐怖心がある。何となく風邪を引くのではないかと思うせいだろう。だから、私の・・というか夫婦の寝室だけには未だにエアコンはない。そして暑さを嫌う家内はエアコンのある部屋へ逃げてしまって久しい。私のような高齢者の体は夏は暑く、冬は寒いという環境の中に何十年も慣らされたので、文明の利器で暑い夏に無理矢理に寒くすることに拒否反応を示すのだろう。

それでも一時期、東京で単身赴任した時期に夜エアコンをして寝た時期があった。それは仕事で東南アジアに行った後だった。6月に何箇所か回る途中でタイのバンコクとマレーシアのクアラルンプールに何泊かした。その時のホテルの冷房は熱帯地域だけに半端ではなかった。一晩中、ガンガン冷やして、寝具を肩からかけないと寒くて寝られないほどだった。そのせいで快適に眠ることができた。暑い場所の生活の知恵である。その後日本に戻って夏に入ったので、しばらくはエアコンをかけて寝た時期があった。でも、寒いほどに冷やせばいいのだが、日本では真夜中はそれほどの暑さではないので、そうはしない。何時間かたったら消えるように設定するのも方法だが、それも面倒で、またいつの間にかエアコンを切って、汗をかきながら寝るようになった。

子供時代にはもちろんエアコンなどなかった。どこの家でも風を入れるために窓も開けて寝たものだ。でも、今は日本全国防犯上の理由でとても窓を開けたままは寝られない。こんな田舎でさえ、どこそこに空き巣が入ったなどという話を聞く。今は年寄りでも簡単に殺されてしまう時代なので、2階でもしっかり窓を閉めて寝る。これも昔とは変わってしまったことのひとつだ。

2007年8月9日木曜日

暑中お見舞い

7日に退院し、3日目になる。その後抗がん剤の副作用らしきものは感じない。最初の頃は手先のひびれがあったが、それもいつの間にか軽くはなっている。問題は骨髄抑制だが、これは自分では分からない。入院中も体調がよいのに白血球の数が減っているということがあった。自覚症状はないし、自宅療養で白血球を増やす対策などもないので困る。

それにしても毎日暑いですな。自宅にいるときは普通の生活をしても良いといわれるが、自宅に帰った途端にこの猛暑である。散歩なども控えざるを得ない。あと1ヶ月ほどは暑さに耐える生活が続く。暑さはエアコンで防げるのだが、私は元々エアコンが嫌いなので困る。サラリーマン時代は周囲に合わせるのに慣れて、それほど苦にはならなかった。寒いと思うときは上着をはおっていた。

家では家族が暑いというときに自分だけ寒いと言ってよくもめた。

子供時代はエアコンなどなかったので、汗をかきかき、ウチワであおいだものだ。そんな時に風鈴を鳴らして吹き抜ける涼風が実に気持よかった。エアコンでガンガン冷やすよりも、暑さの中の一瞬の涼風の方が何倍も心地良い。それにしても、そんな時代は子供だったので分からなかったが、多分大人の世界では仕事の能率はガタ落ちだったのだろう。
それにもう一つの風物詩、7月になると、夜に蚊帳(かや)をつるのが子供心にうれしかった。蚊帳の中は別世界でよくはしゃいで母に叱られたのを覚えている。蚊帳を知る世代は今60代以上だろうか?

2007年8月7日火曜日

【入院第16日 本日退院】

ジェムザール2回目点滴2日目 

今日は予定通り午前中退院した。
ジェムザールの副作用はこれから出るのかどうかだが、今のところ感じられるものは何もない。この薬は通院で投薬可能なので、しばらくは入院はなさそうだ。

朝、家内が来てくれて会計もすべて済ませた。病院は自宅から車で30分の場所にある。従って外来検診の時は自分で運転して車でくる。ところが不便なことに家内が30年来のペーパードライバー、私が入院すると不便なことこの上ない。電車を乗り継いで、バスを使って病院まで来るのに倍以上の時間がかかる。着替えなど持って、ほぼ毎日のように来てくれるが、これが大変な労力になる。最近私が入院がちになっているので、家内が再び車の運転に取り組もうという気になっているようだ。教習所のペーパードライバーコースにも通い始めている。
50代後半なので、運転できてもあと10年位だろうが、自分で運転できればまた楽しみも増えるだろう。特にこの辺は大都市圏と違って、すべてが車社会になっている。買物も食事も娯楽も車がないと利便性は半分しか享受できない。

今からできるのかどうか心配もあるが、物事に挑戦することは良いことなので全面的に応援している。

2007年8月6日月曜日

【入院第15日】

ジェムザール2回目点滴日

朝採血した。9:00頃病室のモニターで結果を見ると、白血球が2,170で前回よりさらに下がっている。これではジェムザールがいくら副作用が弱いといえども今日予定している点滴は中止になるのか・・・と思っていたら、I先生が病室に見えて、今日予定通り点滴を実施するという。私の心配そうな表情をみて、「ジェムザールは単液による点滴なので、こういう症状の人にも適用できるのが長所」といわれた。

この抗がん剤でさえ恐れていたら、私にできる抗がん剤はなくなってしまうだろう。積極果敢に挑戦しよう(やや、おおげさ?)という気持になった。

午前10:00 点滴開始
①カイトリル(吐き気止め)100ml(30分)
②ジェムザール225ml(30分)

今後の予定 明日午前中に退院して、1週間後14日外来にて3回目の点滴を行う。3回点滴を行ったところでPET、CTで効果の確認をする。転移の有無の確認にMRI検査も行う。

2007年8月5日日曜日

【入院第13~14日】

点滴6~7日
今日もジェムザールの副作用はない。明日朝採血するので骨髄抑制の結果がどうなっているかが分かる。

インターネットの資料で調べるとジェムザールにも副作用として骨髄抑制があると書いてあるので油断はできない。先生の説明では副作用は全体に前の抗がん剤より弱いと言われたので、骨髄抑制も相対的に出方が少ないのだろう。

http://www.gsic.jp/medicine/mc_01/03/index.html
  ↑ この資料が細かい内容が載っているので抗がん剤について知りたい方はどうぞ。

予定では明日ジェムザール2回目の点滴をして異常がなければあさって7日に退院する予定だ。

骨髄抑制について私が特異な体質なのかというと、どうもそうではないらしい。同じような症状の方は同時に入院されている方にも多いようだ。入院中白血球が下がると、ドアが閉められ、表に「入室の際はマスク着用」という紙が貼られるのですぐ分かるのだが、あちこちに結構多く見かける。

そんな話をすると看護師さんにも「私も白血球が少ないんです」という人が2人もいた。「あなたもこちら側に来ないように注意しなければ」とつい余計なことを言ってしまうので、嫌われているかもしれない。

2007年8月3日金曜日

【入院第12日】

点滴5日目

点滴して5日目になるが、ジェムザールの副作用と思われるものは殆ど感じられない。体調は明らかに日々良い方向に向かっている。これはジェムザールの副作用が前の抗がん剤よりマイルドなせいだろう。心境は複雑である。
これで効果が良ければいうことはないのだが・・・。


ところでお気づきの方もいると思うが、「tamyのつぶやき」のトップページのいちばん下に「おまけ」をつけた。「YouTUBE」からお借りした動画である。ここには1週間に一度位、お笑い関係とかユーモアのあるような動画を掲載することを考えている。

少々気になるのは「闘病記」という性格のサイトにはそぐわないと感じる方がいるのではないか?ということである。この欄を追加しようとしたのは次のような背景に基づく。

毎日このサイトを覗く200~300人の方々は、100%近くがご自分がガンの方か、ご家族にガン患者がおられる方々だろうと推測している。
自分が同じ病気を抱えているだけに「闘病記」を覗く時は暗~い気持になっている。そんな方々が少しでもほっとする、慰められる一瞬があったら・・・という気持から載せることにした。

厳しく言えば、その役目はこの種のサイトではない・・ともいえるが、中途半端なものではあるが、見る人が楽しいと思えるならばそれなりの役割を果たすだろうと思う。いちばん下に遠慮勝ちに掲載したので、この種のものが嫌いだったり、見たくない人は無視してくれればよいとも思う。

2007年8月2日木曜日

【入院第10~11日】

点滴3~4日目
点滴して4日目になるが、ジェムザールの副作用と思われるものは殆ど感じられない。31日に出たオデコのかゆみも薬を付けたら次の日には治まった。朝夕に先生方が回診に見えるが、看護師さん方から情報が入っているせいか、ひとこと「異常はないようですね」といって去っていく。

東海地方は1週間前に梅雨明け宣言がされたが、関東では昨日ようやく梅雨明け宣言がされたようだ。
子供の頃、梅雨明けは豪雨が降って、雷がなると梅雨明けだと思っていた。最近はその境目ははっきりせず、大分過ぎてから1週間前のこの日が梅雨明けらしい・・などという発表の仕方が多いようだ。天候も昔とは様相が変わってきたのかもしれない。

梅雨は春なのか、夏なのかよく分からない。そういう意味では春夏秋冬の四季とは違う別の季節のような気がする。そういう意味では五季ともいえる。とはいっても、北海道には梅雨はないのでそういうわけにはいかないが。

2007年7月31日火曜日

【入院第9日】

点滴2日目

ジェムザールを点滴して、今日で2日目になる。副作用は軽いとはいってもそこは抗がん剤、油断はならない。

先生の考えでは、私の場合昨日ジェムザールの点滴を開始するのにあたり、白血球の数値が3,110と低い状態で強行しているので副作用の経過を見る必要があるため、入院をこのまま延長して来週の月曜日2回目の点滴を行って、異常がなければ翌日退院ということで考えているようだ。(その後は通院による点滴となる)自分も副作用の出やすい不安な状態で自宅にいるなら、病院にいる方が安全なのでそれを聞いてひと安心だ。

ジェムザールの副作用として、皮膚疾患があるようだ。そういえば昨夜からオデコのあたりに痒みがあり、赤くなっている。これが副作用か?以前もらったデルモベート軟膏をつけるように指示された。その他の変化はない。

2007年7月30日月曜日

【入院第8日】

今回の入院はカルボプラチン+パクリタキセル第3クールのために入院したが、血液障害の副作用のため中断し、今日からゲムシタビン(ジェムザール)の治療に変更する。

朝の採血で白血球の数値は3,110と低かったが、上昇傾向にあるということでジェムザールの点滴は予定通り行うという。

午後3時頃から点滴を行った。
吐き気止めの点滴(30分)+ジェムザール(30分)
合計でも1時間なので前の点滴(約5時間)よりは随分楽だ。従って、通常は入院ではなく、通院で行うようだ。私の場合も2回目以降は通院になる。

2007年7月29日日曜日

【第3クール第6~7日】

金曜日と土曜日の夜は外泊のお願いをして、自宅に帰った。土日には周囲の人は外泊をする人が結構いるが、私は今回が初めてだ。というのは毎回短期の入院なので、すぐ退院できるということと、仕事を持っているわけではないので、家にいても病院にいてもやることは大差ないからである。
ただ、今回の外泊はは2つの理由がある。ひとつは土曜日の夜のアジア杯の3位決定戦を見たかったこと。もうひとつは日曜日の参議院選挙である。

サッカーの試合は先日の準決勝も消灯後に病院で見させてもらったが、家で遠慮なく見たかったので外泊とした。結果はご承知のとおりで、選手も疲れただろうが、見るほうも疲れた。「なぜ今の選手はゴール前で、パスばかり回すのか?」。他の選手に遠慮し過ぎるのかどうか「点を取る」という大きな目標を忘れている。がむしゃらに俺が俺という気持を前面に出さなければ、次のワーフドカップも予選さえ通らない。

日曜日の選挙については、今回の選挙はいつもと大分風向きが違う。今回は政権選択の選挙ではないといっても、有権者は長い間の自民党政権と馴れ合いの役人天国の悪い面を何とか変えてもらいたいという意思表示のスタートになる意味のある選挙だろう。

阿部首相に罪はないが、自民党支持者にも今回は「お灸をすえる」という人が実に多いようだ。といって次の衆院選あたりで民主党に政権を与えてもその能力に不安を持つ人が多いので、できるだけ早く自民党+民主党をガラガラポンして、アメリカやイギリスのような健全な2大政党制を望む声が多いのではないだろうか。そうしなければ、今のままでは日本はどんどん落ち込んでいくという不安が蔓延しているように思える。

2007年7月27日金曜日

【第3クール 第5日】

予定通り朝いちばんの採血をした。

朝の回診の時、Y先生から「今日の結果で白血球の回復がなかったら、これ以上体を痛めることはできないので他の抗がん剤の検討をします」といわれた。
その1時間後、病室でモニターを見たら血液検査の結果が出ていた。白血球の結果は残念ながら前回より悪く2,840だった。

10:30すぎ、I先生か治療方針の説明のため病室に見えた。

今朝の血液検査の結果、骨髄抑制が強く出るので、カルボプラチン+パクリタキセルの使用を断念する。

今後の治療方針 2種はやめて1種を試みる。薬剤はゲムシタビン(ジェムザール)。2種より毒性が少ない。但し、効果もやや落ちる。点滴は(1日目ー8日目ー15日目ー1週間休み)を1クールとし、それを繰り返す。2クールの後に効果を確認する。

第1回目の点滴は今入院中なので、入院したまま30日(月)に行う。その後(2回目以降)は通常原則として通院で点滴を行うことになる。

週末は特に治療がないので外泊OK。お言葉に甘え、今日の午後に外泊で自宅へ帰ることにする。

2007年7月26日木曜日

【第3クール 第4日】

今日も白血球の回復待ちの1日。回診の時、I先生から「退屈ですみませんね」と言われて、思わず笑ってしまった。私の体内の白血球のことで先生が謝るのもおかしい。私の年代では医師は患者より上から物を見るものという先入観があるが、最近は医師もサービス業的な意識を持つようになったかと感じることがある。

昨夜はサッカーのアジア杯準決勝のサウジ戦。キックオフは夜の10:20、何が何でも中継を見たかったので、看護師さんに交渉した。病院の消灯は10:00なので担当の夜勤の看護師さんに恐る恐る申し出たら、意外と簡単にOKが出た。消灯と就寝は違うようだ。人に迷惑がかからなければ、消灯はするが、就寝しろという意味ではない・・・とうれしいことを言われた。幸い、個室なので他の患者さんに迷惑がかからなければ・・・ということなので消灯した上で、テレビにイヤホンをつけて堂々と最後まで見させてもらった。途中その看護師さんが懐中電灯を持って2度ほど見回りに来たが、「どちらが勝ってます
?」と聞かれたりした。

結果はご存知の通り。昨日の日本は誰もが体が重く良いところがなかった。最初は圧倒的にボールを支配していたが、攻め手に欠き、ムダな動きが多かった。途中から相手に先行を許し、追いかけるのに精一杯で日本のよい所は見られなくなった。オーストラリア戦で消耗しきって疲労がたまっていたのかもしれない。連日35度という悪条件の中で、最高潮の条件を維持し続けるのは難しい。誰もがオーストラリアに勝てば、後は楽勝できると思っていた節がある。予選リーグを勝ち抜けたチームはどこも横一線、その時のコンディションで勝ちもすれば、負けもする。前回のアジア杯での優勝だって、奇跡と思えるほどの幸運が重なった結果だった。幸運はそうそう続かない・・・と考えるのが自然のようだ。

2007年7月25日水曜日

【第3クール 第3日】

朝いちばんで採血した。

結果は白血球の数値が2,920で前回より低い。好中球は横ばいだという。

従って、明後日の採血の結果まで点滴はお預けとなった。明後日は第1クールのときの点滴から37日目に相当する日「その後の方針は明後日の採血結果を見て決めましょう」と再びいわれた。

半分は予想していたことだが、不安な気持はつのる。まあ、それでも白血球はこのまま戻らないというわけではなく、時間さえたてば戻るので深刻になることはない・・・とあきらめよう。

2007年7月24日火曜日

【第3クール 第2日】

今日は入院2日目、明日の採血までは何もやることがない。

今回の病室は前回と同じ5階東病棟だが、部屋は東向きの部屋だった。この病院の病棟の作りは十文字型の建物が二つ並んで、西病棟と東病棟と名付けられている。その中央にデイルームやエレベー ター等の共通部分がある。病室は十文字のどの部分かによって、東西南北すべての向きがある。高台にあるので北か、西向きだと富士山、南か東向きだと駿河湾が見える。今回の東向きの部屋は今までで初めてだった。ここでは東向きだと沼津と裾野の町並みが見え、沼津の向こうに駿河湾が見える。

横浜や函館の夜景には適わないが、それでも天気のよい日の夜はぼんやり眺めていると気持が落ち着く。

もうひとつ、今回東向きでよかった点はPC用のワンセグテレビがよく入ること。これはパソコンのUSBに5センチ位の小さな器具を差込み窓ガラスに吸盤式のアンテナを付けるだけで、パソコンでデジタルテレビが見られるというもの。ワンセグなので携帯か、それより一回り大きな程度の大きさしか鑑賞に堪えないが一応放送内容は理解できる。今回の第一クール入院前にネットで面白半分で購入してみた(1万円弱)。今までは方向が悪かったようで放送が時々途切れたりしたが、今回は常にきれいに見ることができる。従って、普段はワンセグで、じっくり見たい番組は病室のテレビ(カード式・有料)で見るようにしている。

2007年7月23日月曜日

【第3クール入院】

今日は10時までに入院ということなので、家を9時に出た。病院まで約30分、今日は休み明け、予想していたことだが入院受付は大変な混雑だった。

幸い前回と同じ5階東病棟だった。呼吸器の病棟は5階(東と西がある)だが、最近呼吸器の患者が多く、5階だけでは収容しきれず、8階や9階にも入院受入れをするらしい。どこでも同じだとは思うが、看護師は病棟ごとに固定しているので呼吸器の患者を扱い慣れた看護師のいる病棟の方が何となく心強い。

入院してから、いつものように身長、体重、血圧、採血、レントゲン撮影を行った。12:30頃、病室のモニターで採血結果をみたら入力済みだった。白血球の数値は心配したとおり3,230と低かった。その30分後くらいにI先生が病室に見えた。治療方針は「普通は明日点滴をするところだが、今日の採血結果では白血球の数値が低い。好中球も1,300位(正常値1,500以上)と低く、前回と同じ経過を辿っている。前回は点滴日から37日後に白血球が正常値が戻っているので、今回は取り敢えず金曜日まで入院して水曜日と金曜日に採血して、その結果を見て点滴日を決めたい。それでもよいか?」といわれたので、了解した。

またまた、今回も白血球との持久戦となりそうだ。

2007年7月22日日曜日

いよいよ後半の治療、明日入院

一昨日病院から「ベッドの空きができたので、7月23日(月)10:00に入院してください」との連絡があった。いよいよ第3クールの治療が始まる。

13日以降ということだったので、10日遅れの入院となった。入院予約をした段階で30人待ちということだったので、予想したとおりの時間がかかった。

治療に関する心配は自宅療養中に白血球の数値が正常値にもどっているかどうか・・だ。戻っていなければ、前回のようにまた退院して戻るのを待つということになるが、それもイヤだ。

第1クールの点滴は5月15日だった。第2クールは6月13日に入院してすぐ白血球を図ったが、3,300と低くて駄目、2日後の6月15日も3,100と低くて一旦退院した。5月15日から実に6月15日まで1ヶ月たったのに白血球は上がらなかった。それからさらに6日後に再入院して6月21には正常範囲に戻って、翌日2回目の点滴をした。

そんな事情があったので、今回の入院は指定日の13日よりできるだけ遅れて欲しいと願っていた。幸い明日の入院は第2クールの点滴日6月22日からは1ヶ月以上経っているし、点滴量も1回目の75%だったので、白血球の数値は多分大丈夫だと思うが、それでも一抹の不安がある。トラウマは結構大きい。

2007年7月19日木曜日

余命1ヶ月の花嫁

昨日、TBSで放送された「余命1ヶ月の花嫁」を途中から見た。実は放送されることを知らなくて、他チャンネルを見ていたが、CMのときチャンネルを回していて偶然この番組に出会った。途中であったがそのまま番組に引き込まれ最後まで見た。
後でホームページ(こちら)を見てみたら、5月10日と11日の2日間、夕方のニュース番組『イブニング5』の特集コーナーで「24歳の末期がん」を放送したら、放送終了後スタッフの予想以上の反響があったという。その中の多くは、「感動した」「もう一度みたい」「もっと多くの人が見られる時間に再放送してほい」というもので、それらの反響に後押しされるように、今回の特番が実現したということを知った。

番組は乳がん転移のため余命1ヶ月と宣言された24歳の長島千恵さんの最後の1ヶ月を密着取材したもの。父親、 恋人、多くの友人に支えられた千恵さんの闘病生活を通して命の尊さを1人でも多くの人に感じてほしいと制作された。クライマックスは暖かい友人たちが急遽企画した教会での結婚式。病院から酸素と車椅子で教会に向かって、憧れのウェディングドレスを着て式を挙げるとき、死の半月前なのにその輝く美しさに涙を誘われる。余命を知っていて困難な結婚式を実現させた恋人や友人達の奮闘振りと暖かい気持には、今の若い人たちも捨てたものではないと思わせる。まるでドラマのように・・という言い方があるが、これは実話であり実写だけにドラマ以上に見る人の胸を打つ。多分これを見て涙を流さない人はいないだろう。

それにしても、奥さんをガンで亡くし、10年後に1人娘に先立たれて一人ぼっちになってしまった68歳のお父さん・・・この悲しさは想像を絶する。失意から早く立ち直るように願わずにはいられない。ガンの専門病院にいると、時々若い患者を見かける。ガンで死ぬ人は年間6万人、殆どが高齢者である。人の死は一様に悲しいが、歳の順番であれば周囲は悲しみの中にも納得がある。しかし、このドキュメンタリーのように子供が親より先に死ぬ場合はその悲しみは何倍にもなる。

ガンの専門病院にいると、時々若い患者を見かける。ガンが怖い病気でなくなれば理想だが、それまでは予防や早期発見など本人の自覚しかないようだ。

普通なら病気で苦しむ姿は人には見られたくない。「がんと闘う自分の思いを同世代の人たちに伝えたい」と取材に応じた千恵さん、その思いは本人の想像以上に全国に伝わったことだろう。

2007年7月17日火曜日

災害連休

昨日までの3連休は大変な連休だった。過去最大級の大型台風4号に続いて新潟県中越沖地震と国中を恐怖に陥れた。「天災は忘れた頃に来る」という言葉を言い出したのは寺田寅彦であるといわれているが、最近は忘れる暇も与えてくれない。

台風4号は土曜日に駿河湾沖を通過し、幸いにして私の住む場所では雨も風もなかった。しかし、その前日の金曜日の夜、まだ台風が九州にいた時間帯に大変な集中豪雨があった。「バケツをひっくり返したような」とよくいうが、本当にそんな表現がぴったりの雨が長時間続いた。沼津市郊外の小さな川が氾濫し、床下浸水になってそこの住民が避難した地域もあり、テレビの全国版ニュースで流された。埼玉に住む兄がニュースを見て心配の電話をくれたが、我が家はその地域とは離れている。それでも、すぐ近くの道路が冠水し、このまま続けば床下浸水かと夜中肝を冷やしたが、運よくその直前で止まってくれた。

16日(海の日)は朝からテレビは新潟県中越沖地震のニュース一色に切り替わった。私の住む東海地方も地震には敏感な地域だ。地震のニュースを見るたびに人ごととは思えない。何しろこの地域は大地震の見本のような東海地震がいつ起きてもおかしくない。それもひとつが引き金になって太平洋沿いに南海地震、東南海地震と続けてか同時にか起きる可能性もあるといわれている。

現に歴史上でも宝永の大地震はいわゆる東海地震、南海地震という一連の大地震が同時または短時間のうちに一度に発生した地震であり、安政の大地震は安政東海地震の32時間後に安政南海地震が発生した地震だったようだ。宝永および安政の地震ともに歴史上最も規模の大きな地震であると考えられており、いろいろな資料が残されている。東海地震、東南海地震、南海地震の震源域が同時に破壊される場合は『揺れによる被害、津波による被害ともわが国最大級となり、建物全壊が90万棟、死者約2万五千人に及ぶ』(中央防災会議 東南海、南海地震の被害想定について 平成15年9月)などとありがたくない予想がされている。

せめて自分が生きているうちには起きてもらいたくないとは思うのだが、残された家族が出会うのも・・・。

2007年7月14日土曜日

アジア杯の予選突破が見えた

第3クールの入院は13日以降ということで予約をしてある。入院待ちが30人ほどいるという話だったので、簡単にはベッドは空きそうにない。できれば17日以降になってほしいと思っている。というのはアジア杯の中継が13日(金)と16日(月)だからだ。病院では消灯が早いので時間によっては見られない試合ができてしまう。その先もあるが、それは見られる試合だけ病院で見るしかない。

昨晩はアジア杯のUAE戦をテレビで観戦した。前の試合でカタールに引き分けたので、オシム監督が荒れ狂ったせいか、選手の気合の入り方が違っていた。前半に3点も取るとは予想外だった。その代わり後半は疲労が目に付きヒヤヒヤした。後半1点取られたときはイヤな感じになった。3点は安全圏だが、2点差は危険範囲とよく言われる。2点差のリードは不思議に僅かな時間で追いつかれるケースはよくある。

スポーツの監督はピッチ外での言動も含めて選手をまとめる力を要求される。特に外国人の監督は言葉が通じないだけ、自分の考えを理解させるのは難しいだろうと思う。高原にしても、俊輔にしてもそれぞれ海外で通用するほど選手としては一流だが、日本チームをまとめる力はまだ弱い。1回戦後のオシム監督の言動は選手たちを発奮させたという意味では監督のファインプレーのようだ。記者団を前にただ荒れ狂っているように見えても、実は感情だけをぶつけているわけではなく、選手たちに伝わることを計算に入れて話す。実に味のある知将という印象をもった。

予選最終戦はベトナムに引き分け以上は堅いだろうから、これで予選リーグ突破はほぼ見えてきた。

2007年7月13日金曜日

初孫の誕生日


横浜に嫁いだ次女の所に生まれた子は我が家にとっても、義理の息子の実家にとっても初孫(女子)になる。

昨年の今頃は娘が出産のため我が家に帰っていて、地元の病院の産婦人科には私の運転で毎日通った。年月が過ぎるのは早いもの、昨日は1歳の誕生日を祝ったそうだ。インターネットで早速写真を送ってきてくれた。横浜と沼津では比較的近いので何かあると里帰りする。
「主婦が家を空けるのは迷惑なので、あまり里帰りはするな」といいながらも「今度はいつ里帰りするのか」と心待ちにする。気持は矛盾するが、孫に会うのは正直なところうれしいものだ。闘病中の私が孫に会うのを楽しみにしているので、私の励みになるようにと先日の入院のときも連れてきてくれた。あいにく孫に風邪を引かせてしまったようで、病院に来ても1階のキッズルームで遊ばせるだけだったが、会うたびに大きくなって表情が変わる。

沼津では1歳の誕生日に歩くようだと、1升の餅を風呂敷に包んで背負って歩かせるという風習がある。我が家の二人の娘も1歳のときそのようにして、今もそのときの写真が残っている。孫も昨日そのようにしたようだが、まだ7歩ぐらいしか歩けないので1升餅を背負うのは無理のようだ。

2007年7月12日木曜日

ごっくん、カプセル型内視鏡

「ごっくん、カプセル型内視鏡」の記事は興味深い。(記事はこちら
今まで開発や発売の記事は度々目にしたが、これは実際に使用されたという記事だ。患者第1号は岐阜の病院で20代の女性だという。

私も以前人間ドックで十二指腸にポリープがあると指摘された。良性なので、手術の必要はないが毎年ドックの際に胃カメラ(内視鏡)で確認するようにといわれ、10年以上も毎年内視鏡を呑んだ。

これは何回呑んでも慣れるということはなく、いつも苦しかった。看護師さんは胃カメラとはいっても、太さはウドンと変わらない・・というが、胃カメラをウドンとは考えにくい。それに技師の技量によってもずいぶん楽だったり、苦しかったりした。
今では鼻から通す内視鏡が登場したり、麻酔で寝ている間に検査する等々ずいぶん改善はされているようだが、もっと良い方法はないものかな・・と思っていたので、このニュースを読んだときには「これなら良さそうだ」と思ったものだ。

4月に厚生労働省が輸入販売を認可、5月から販売が開始されたばかり。価格はカプセル10個入りが100万円、携帯型記憶装置一式が140万円、実際にデータを取り込んで医師が画像を見る専用のコンピューター一式が503万円。医療器具にしてはそれほど高い設備ではないので、大病院でなくとも導入されそうだ。

検査はまだ健康保険適用されていないが、導入した岐阜の病院では希望者に13万8000円で検査を実施しているという。早ければ2007年中に保険適用される可能性もあるという。 健康保険が適用されれば4万円ちょっと、量産効果で価格がさらに下がるだろうから、もしかしたら普及するかもしれない。

記事には使用後のカプセルは医療廃棄物になるとあるが、1個10万円のカプセルは患者のもの?病院のもの?トイレで流すわけにはいかないから、拾って病院へ持っていくのだろう。
病院によっては高価なものだから再利用しようと考える病院が現れそうだ。でも再利用はイヤだな・・・などとヒマ人はいろいろくだらないことに想像をめぐらせてしまう。

2007年7月10日火曜日

スポーツ観戦三昧

退院後は次の入院まで安静に体力回復の期間。昨日は朝から1日中テレビの前から離れられなかった。朝はアメリカから松坂が登板の中継、夜はベトナムからサッカーのアジアカップ日本チームのカタール相手の初戦中継。

松坂の登板日、中継ではなく録画放送だったが、幸いニュースで結果が流れなかったので、中継と同じ状態で楽しむことができた。
とはいっても、結果はご存知のとおり、松坂が絶不調、散々な結果で、見ていられず、もやもやな気分が残った。相手チームはオールスター休暇で主力打者3人を欠くチームだったので楽勝かと思っていたのだが、松坂の球は初回から勢いがなく、コントロールも悪かった。いきなりホームランを浴び、普通なら徐々に調子が上がるのに、昨日は毎回調子が上がることはなかった。表情も明らかにいつもとは違っており、精彩がなかった。春からの疲れがピークに達しているのは明らかだ。オールスターに選ばれなかったのは松坂にとっては幸いかもしれない。休暇で疲れを取って、後半に立ち直ってもらいたいものだ。

夜は7時からサッカー観戦。アジアカップの緒戦のカタール戦。これも結果はご存知のとおり、1点のリードを最後の最後に追いつかれ引き分けに終わった。カタールはFIFA順位は日本よりはるかに下だが、今まで勝ったことがないそうだ。この結果は意外ではないようだ。
今後は順当なら残るUAEとベトナムに勝って、勝ち点7でトップ通過と思いたいが、アジアカップは毎回本当に何が起こるか分からない。相手は国の威信をかけて死に物狂いで当たってくるのでFIFAの順位はあまり関係ない。それに気温35度のところで90分も走り回らなければならない。日本とトップ争いをすると思われているUAEでさえ第1戦で格下のベトナムに2-0で負けている。日本だって下手をすればグループ通過ができないこともあり得る。そこが親善試合とは違ってスリリングで面白いところ。

次の13日のUAE戦の中継は夜22:30から。悪いことに私の入院予約が13日以降で申し込んでいる。ベッドの空きができると、入院するということになるが病院の消灯は22:00でテレビを見ることができない。「入院の通知がきたら、延期してもらおう」と冗談で言ったら、家内に叱られてしまった。

それにしても朝はアメリカから、夜はベトナムから、スポーツ中継をしかもきれいな映像で楽しむことができる。よい時代になったものだ。

2007年7月7日土曜日

【第2クール再入院第17日】

【点滴16日目】 晴れて退院!

今日は朝から雨、退院には向かない天気だが、無事退院した。退院時に13日以降の入院予約をして来た。家に帰ったとはいっても、家にいられるのは1週間ほどだ。家でゆったりとした気持になれるのは第4クールが終ってからになるのかもしれない。

第2クールの入院は予想より長くかかってしまった。6月21日に入院して、今日で17日間だった。その前に血液数値が上がらずに一旦退院した3日間があるので合計して20日間。第1クールは21日間だったので、ほぼ同じような日数になった。通常の場合の入院日数は第1クールが2週間、第2クール以降は5日間ぐらいが普通だと聞かされていた。

入院期間が長引いたのはブログにも書いたように第1クールが血液中の白血球の減少と肝臓数値の上昇だった。第2クールの場合は第1クールの反省から抗がん剤の液量を75%に減らした結果、肝臓数値の上昇は見られなかった。

白血球の減少は第1クール同様だったが、その数値は若干改善された。第1クールよりは第2クールの方が副作用は若干軽めだったといえる。

この治療の開始前にこの治療の効果は「①約3割の人が腫瘍が半分以下に。②続いて3割の人が現状維持。③4割は効果なし」という説明があった。現状の中間折り返し点では何とか②に入っているようだ。どうしても意識は③の方へ行きやすいが、③でなくて胸をなでおろしているというのが今の気持。

第3、第4クールも当然今までと同様な苦戦が予想される。ただ中間で実施したPET-CTで抗がん剤の効果が見られたという結果は正直うれしい。これからの約2ヶ月にも亘る副作用と戦う闘志にスイッチが入ったというのが実感である。

第4クールが終った時点で上記①に入ることを念じてがんばろうと思っている。

2007年7月6日金曜日

【第2クール再入院第16日】

【点滴15日目】

昨日ブログの記事をアップしてから、午後に「悪い情報」「良い情報」がもたらされた。
「悪い情報」午後担当のI先生が病室に見えた。昨日の血液検査の好中球の計算値を間違えていたという。好中球は血液検査の表にはいつも載っていない。分析結果から計算して出すらしい。そのときの計算を間違えたという。そして計算し直した値はあまりよくない。従って白血球増強の注射を明日の朝に打って、午後いちばんで採血して結果をみるというように変更したい。「しっかりしてよ」といいたいが、先生にそんなことはいえない。ニコニコして 「そうですか。明日はよくなるでしょう」という。

「良い情報」夕方の回診で、主治医のY先生からうれしい話があった。昨日3:30~5:00に行ったPET-CTの結果が速報で分かった。前回行ったPET-CT結果との映像を比較したところガンの進行が止まっているようだ。従って今の抗がん剤に治療効果があると判断して、3・4クールの治療を引き続き行う・・・という話だった。私には血液に対する副作用が強く出過ぎるので、3・4クールを行わないと言われるのではないかという不安を持っていた。中間チェックなので効果は厳密には分からないが、取敢えず次のステップへ進めることに安堵した。

朝の採血の結果が14:00頃分かった。白血球は9,290に上がった。注射の効果はすごい。前回の時と同じ経過を辿っている。好中球もそれなりに上がってるということで退院の許可が下りた。
ちなみに好中球とは白血球の一種である顆粒球の1つ。白血球の中で最も数が多い。白血球の40~60%を占め、細菌などの体内の有害物を除去する働きがある。これが少ないとウイルス感染しやすい。いつも渡される血液分析表には載っていない。口頭での説明なので、いつもピンとこなくて聞き流してしまう。

今日あたふたと片付けて退院することも可能だが、入院生活で体力は想像以上に衰えていることと、荷物が多いことを考えると手伝いがいてくれると心強い。退院予定が2転3転するので、迎えの人の予定がたたない。今日はあいにく家内も仕事が休めない。電話でやりとりして家内の都合のよい明日の午後退院としてもらった。次の予定は10日に予定されている外来診察はやめて、入院(第3クール)を13日以降に予約することになった。

2007年7月5日木曜日

【第2クール再入院第15日】

【点滴14日目】 ようやく退院許可 → 明日退院

今日は朝6:30にいつもと同じ採血を行った。
結果は白血球2,660(一昨日1,500)だった。まだ許容範囲までは達しないが、再び上昇し出した点は良い傾向と解釈できる。好中球も前回に比べて同じ傾向で上昇し出したという。厳戒体制から普通の要注意体制に1レベル変わったといったところであろうか。

従って今日以降の退院許可が出た。但し、今日午後PET-CTの予約が入っていてそれを終るのが5時以降なので、明日の朝10時頃までに退院することにした。でも、自宅に帰って何でも自由ということはない。感染要注意の状態はしばらく続くので、あまり外出はできないし、発熱した時の心配もある。

来週火曜日の通院で、採血して1昨日のCTと今日のPET-CTの結果を聞くことになるが、それまでは病院にいるのと同様の不自由な生活をすることになる。

2007年7月4日水曜日

【第2クール再入院第14日】

【点滴13日目】

今日は朝から典型的な梅雨の天気。窓の外は終日雨が降っている。それでもツバメは元気に飛び回っている。
今日は白血球増強の注射を一本打つだけだった。白血球が下がっているのにダルさもなく、体調はよい。表に出ている副作用は手先の痺れ以外は何もなくなった。

朝食を終わり、今日は8:00から病室のテレビの前に陣取る。
今日は松坂の登板日、松坂にはいつもヒヤヒヤさせられるが、今日は途中で味方打線が点を取ったこともあり、初めて安心して見ていられた。
今日は10勝目の区切りの試合だったが、松坂のあの落ち着き振りには驚かされる。彼のすごいところはボールにしろ、マウンドにしろ、ピッチング間隔にしろ、移動にしろ日本での試合と異なる点は山ほどあるのに、一つ一つ試合をしながら調整して、今日のような安心して見ていられるような状態に持ってこられるところだろう。

シーズン15勝は確実だろうが、日本でもできなかった20勝をしてもらいたい。今日の試合振りを見ると余程のことがなければ可能なような気がする。試合数も多いし、バックにも恵まれている。中継ぎ、抑えのピッチャーも最高潮。それにニューヨークよりボストンの方が観客が明らかに暖かい。

2007年7月3日火曜日

【第2クール再入院第13日】

【点滴12日目】

今日こそ退院だろう・・と自分では体調の良さからそう思っていたが、またまた退院にストップがかかってしまった。というのも、今朝の採血の結果が白血球1,500(一昨日2,230)と再び下がってしまったからだ。おまけに好中球も下がったという説明であった。前回の採血ではその前より上昇したので、てっきり上昇カーブに入ったと思ったのは甘い観測だったようだ。私にとって、この抗がん剤は血液へのダメージがかなり強く出ることを思い知った。

この状態では退院しても感染危険があるので、再び入院生活を延ばして今日と明日白血球増強の注射を打つ。明後日採血の結果を待つことになる。第1クールの経過と全く同じ道を辿っている。

明後日(5日)は外来でPET-CTの撮影の予約が入っている。今日のCT撮影と同様またまた入院の状態で受けることになった。といっても、自分としては退院を強く望んでいない。この状態では家に帰ったからといって行動が自由になるわけではない。むしろ高熱を出したりした時の対応に右往左往することを考えれば、病院にいる方が平穏にしていられる。家内もそれを望んでいる。退院するならある程度元気な状態が良い。

15:00 CT撮影(造影剤あり) この結果は5日に予定されているPET-CTの結果と併せて10日(火)の外来検診で説明される。これが今回の抗がん剤の効果判定になり、以後の治療方針を決めることになる。

2007年7月2日月曜日

【第2クール再入院第12日】

【点滴11日目】

本来なら今日採血→退院という運びだったが、たまたま明日にCT撮影の予約をしており、日がつながってしまったので明日朝採血、午後CT撮影をして退院ということになった。もちろん朝行う採血の結果が良ければ・・・という条件付きだが。
今日退院できてもまた明日通院でCT撮影に来院するのは大変なので、私にとっては良い形になった。

今日は朝から比較的体調が良い。先週あたりは毎日何となくだるかったが、今日はそれが抜けたような感じがする。これは抗がん剤がなじんできたのか、抜けてきたせいだろう。
都合よく解釈すると、血液中の白血球が上がったのか?とも思えるが、前回の経験からして、どうもそれとは関係ないように思われる。

午後は体調がいいので、階段を何階分か上ってみようと思いついた。前回の入院の際見つけた裏道の従業員通路にある階段のドアを開けようとしたら、白衣を着た従業員と鉢合わせをしてしまった。「あの、エレベーターはあちらですが・・」と声をかけられた。患者が来る場所ではないので、迷って来たと思ったのだろう。

ここではリハビリをする患者は別に広々としたリハビリ室がある。普通の患者にはエレベーターだけしか使えないようになっていて、患者が使える階段はない。
階段は生活の場に存在する最高のトレーニング設備だ。ちょっと体調の良い患者が使える階段があっても良いと思うのだが。

2007年7月1日日曜日

【第2クール再入院第11日】

【点滴10日目】

今日は日曜日なので医師の回診はない。
いつもは退屈しのぎに病院内であちこち歩き回るのだが、白血球が下がった状態ではそれもガマンして室内にじっとしているしかない。
血液の数値以外では自覚する副作用は手先の痺れ以外はない。膝の痛みも短期間で治まったようだ。

先週末から下の娘が孫を連れて私の入院に合わせて手伝いに来てくれている。ただ、あいにくこちらに来てから孫が風邪を引いたようで、病院までは家内を送ってくるが、病室には入れない。
私が感染要注意期間だからである。孫に会うことを心待ちにしていただけに抱き上げたいが、それができなくて残念である。
孫は7月12日が最初のお誕生日。見るたびに目に見えて成長し、違う表情を見せる。ハイハイの状態から立ち上がって今にも歩き出しそうな状態。

昨夜は長女も都合をつけて東京からお見舞いに来てくれた。
1階のキッズルームで遊ばせている所まで、私がマスクで完全防備して降りていったところで、家族全員が揃ったのだが、遠くから眺めて話をするだけである。

2007年6月30日土曜日

【第2クール再入院第10日】

【点滴9日目】

昨夜は9時頃ベッドに横になりながらテレビを見ていた。いつの間にか寝入り、夜中の何時頃だろう「朝まで生テレビ」らしき声に目覚めたが、テレビを消してすぐまた寝入った。
朝、6:30看護士さんの採血の声で目をさました。どうも9時間位寝たことになる。1日何もしないでゴロゴロしているのによく眠れるものだと我ながら感心する。

さて、採血の結果。心配した白血球の数値は2,230(一昨日1,690)とやや持ち直した。好中球の数値31.8(許容範囲の下限40)もやや低いがまあまあ。肝臓数値は今回は上昇しなかった。
総じて、点滴液量を75%にしたことで副作用に対する効果は出ているようだ。
先生の診断は白血球の数値はやや持ち直したものの、まだ低いので、感染予防のため退院を延ばして月曜日にもう一度採血してその結果で決めるのがよいだろう・・・ということになった。

今回の入院とは別に、前から火曜日にCT撮影を予約している。従って月曜日に退院すると、たまたま翌日に通院でCT撮影するようになる。従って、退院を1日延ばして、CT撮影してから退院した方が楽であるということを提案したところ、そのように決まった。

2007年6月29日金曜日

【第2クール再入院第9日】

【点滴8日目】

今日も治療は何もない。

明日の朝の採血で今後の方針を決める。副作用は手先の痺れは相変わらずだが、足の膝の痛みは昨日あたりから軽くなっている。今日もそれほど感じなくなった。

先生からも看護師さんからも「感染予防の手洗いとうがい」はうるさく言われている。そのため極力病室からは出ないようにしてる。
それでも全く出ないというわけにもいかない。トイレやシャワーは部屋でできるが、食事のトレイを下げに行ったり、体重を測りに行ったり、新聞を買いに行ったり・・・など何度かは部屋から出る。そういうときには部屋に備え付けの手洗い石鹸で手を洗い、消毒液をつける。同時に支給されたイソジンを水に入れてうがいをしている。

白血球が下がると、免疫作用が落ちるため、発熱しやすいという。外部だけ注意すればよいかというとそうでもないらしい。体内の雑菌が原因で発熱することがあるという。発熱すると抗生剤の注射をすることになり、新たな厄介な問題を抱えることになる。

健康な時にはあまり意識しないことだが、菌の存在を警戒するようになるものだ。

2007年6月28日木曜日

【第2クール再入院第8日】

【点滴7日目】

今日は予定通り、朝いちばんで採血があった。
その結果は心配していた通り白血球の数値が1,690で、一昨日よりまた1,000以上下がった。点滴後7日目だがこれが最下限とはいいきれない。但し、好中球並びに肝臓の数値はそれほど悪くない。

従って、入院を延長して明後日朝の採血の結果を見る。そこで結果が良ければ退院、悪ければ白血球増強の手当てをする。

今日の結果がよければ、今日退院だったがそれは駄目になった。前回の結果からこうなることは、7~8割位の確率で予想していたことなので、それほどの落胆はない。また白血球が下がった時は感染の恐れもあり、高熱を出すことも考えられるので病院にいた方が安心していられる。健康状態がこういう状態の時は家にいようが、病院にいようが、行動範囲は限られるので病院の方が安心していられると思うようになった。

2007年6月27日水曜日

【第2クール再入院第7日】

【点滴6日目】
今日は治療の中日、のんびりすること以外には何もやることはない。副作用の状況は昨日と変化なし。

【つぶやき】
最近の私の情報スクラップ(http://tamy.mt63.com/joho2.html)には「怖いニュース」「明るいニュース」の気になる2つのニュースがあった。

「怖いニュース」「中国でがん患者急増 環境汚染と因果関係?」(産経新聞6/20)「ミートホープ」事件もひどいが、中国からの輸入食品には気をつけろということは散々聞かされる。輸出品だけがひどいのかと思っていたが、中国国内で自分達が食べる食品までひどい汚染にさらされているとは思わなかった。年間のガンによる死者が760万人とはすさまじい。別な情報では中国の金持の間では値段が高くても日本の米や野菜を食べるのが流行っているらしい。日本でもスーパーに並ぶ安い食品には中国産が目立つ。クワバラ、クワバラ・・・現代の怪談。

「明るいニュース」「英国、来夏から子宮頸がん予防用ワクチンの接種を慣例化」(がンナビ通信6/22)ガンの3大治療法〔外科・化学・放射線〕のほかに免疫療法が研究中だが、その先にはがんワクチンという夢の方法がある。ニュースの内容がどの程度の効果があるものか素人の私には分からないが、ワクチンと聞くだけで未来の治療法を感じる。それにしても日本での動きが欧米に比べて後手後手に回っていることが、このニュースひとつでも分かる。厚生労働省の皆さん、年金問題も大事だが、ガン対策もお忘れなく。

2007年6月26日火曜日

【第2クール再入院第6日】

【点滴5日目】

今日は朝から典型的な梅雨らしい天候。朝からシトシトと雨が降り、景色は靄に曇ってる。

昨日夕方の回診で、主治医のY先生から「採血予定は28日だけど、明日中間でチェックして見ましょう」といわれ、朝いちばんで採血した。
9:30頃、病室のモニターで見てみると、気になる白血球の数値は2,750だった。心配した通り、点滴後6日にしてやはり下がっている。

先生からは今日の夕方の回診で話があるだろうが、前回と同じ傾向なので28日の採血次第ではまた前回と同じ治療方法を辿ることになるのかもしれない。肝臓の数値その他は現時点異常はないようだ。
どちらにしても、今回の治療は第2クールなので、第3クールまでの間にCT撮影(7月3日に予定)があり、その効果次第でその後の治療方針が決まる。

抗がん剤の副作用はガマンするとして、効果があることを望むのみである。

2007年6月25日月曜日

【第2クール再入院第5日】

今日は月曜日、朝からいつもの喧騒が戻った。空きベッドにも次々と新しい患者が入ってくる。

点滴後4日目なので、初採血があると思ったのは自分の判断だったが、どうも予定はないらしく行われなかった。
朝の回診では先生から退院予定の話はなかった。前回の白血球低下及び肝臓値の上昇のこともあり、じっくり構える覚悟が必要なようだ。

治療前に行われた説明で点滴後出る可能性のある副作用は1~4日目にはアレルギー症状、静脈炎、関節痛・筋肉痛、吐き気、手足のしびれ等。

今日は今までの手先の痺れに加えて、足の関節に違和感がある。程度は軽いが、歩くときにやや痛みを感じる。どうもこれも新たな副作用のようだ。

2007年6月24日日曜日

【第2クール再入院第4日】

【点滴3日目】
昨日と今日の土日はいつもながら週末独特のムードが漂う。医師の先生がお休みのことと、週末に退院した人や外泊の患者さんが多く、空きベッド多いせいだろうか(月曜日にはまた一杯になる)。また、病室もデイルームも見舞い客で賑わうのもいつもの風景。

今日も新たな副作用はなく、平穏無事だ。明日の朝予定されている採血の結果でどうなるか?明日問題がなければ、一旦退院して次の通院の際の採血結果で処置を決める方法が通常のようだが、前回白血球が極端に落ちた私の場合はどうなるか。

この病院は山の上のせいか、野鳥がよく訪れる。
今朝も病室から窓の外をのんびり眺めていたら、窓から1メートルの所にあるアルミの手すりにツバメが1羽止まって、鳴き声を立てて毛繕いをいている。間近に見る後姿は正に燕尾服そのもの、久しぶりにこんなに至近距離で見るツバメの姿は懐かしい。私が子供の頃、4月頃になると姿を見せて10月頃暖かい国へ飛び立つ。これも田舎の毎年の風物詩だった。そういえばあの頃はあちこちの民家の軒先に巣を見かけたものだが、最近はさっぱり見なくなった。住宅事情の変化なのだろうか?

手すりのツバメが1羽だと思っていたら、すぐ2羽になったのでツガイかと思ったら、やがてグループなのか親族なのか5羽になった。その内にコの字型になった病棟のなかを自由に飛び回り出した。病棟の軒先のどこかに巣を作っているのだろう。

昔は餌や天敵の関係で住宅地を選んでいると聞いたものだが、人間がツバメを住宅地から山間部へ追い出したのだろうか・・等と考えながら眺めていた。ここの患者にとっては癒しになり、目の保養になるのはよいことだが・・・。

2007年6月23日土曜日

【第2クール再入院第3日】

【点滴2日目】

今回の入院の最大メインイベントの点滴は昨日無事に終了した。
後の仕事は安静にのんびりして、副作用の出方を観察し、異常に対処すること。

昨日、前回に比べてアルコールの影響が少ないと書いたが、今朝になって顔が紅潮している。アルコールの影響が遅れて出たようだ。前回は点滴直後から翌日以降まで出たので、初日以外は同じ結果だ。お酒のアルコール(といっても元々下戸なので飲むといっても量は僅かだが)の場合は、翌日まで持ち越すことは皆無だったが、同じアルコールでもお酒の場合とは違うようだ。

副作用は今日の段階では特に変わったことは何もない。前回からの手先の痺れは相変わらず、大きな支障はないがボタンをはずしたり、かける時にやや時間がかかるぐらいか?キーボードで文字入力の時、前より打ち間違いが多く、2~3割キータッチが多くなったのはこのせいか?あるいは歳のせいか?これでは一般の仕事では勤まらない。勤まるとしたら社会保険庁ぐらいか?(社保庁の職員さんゴメンネ)

今日は11:00からテレビで松坂の試合を観戦することが最大の楽しみだ。

2007年6月22日金曜日

【第2クール再入院第2日】

朝8:30、今日もいつものように朝の回診でY先生はじめ3名の先生が見えた。「さあ、今日は点滴をしましょう!」という話と同時に、以前にも言われた通り、副作用の出方を抑えるために点滴液の量を前回の75%とすることになった。

11:00 レスタミン5錠服用。タキソールによるアレルギー症状を予防。
11:30 点滴開始。
最初は①ザンタック注(胃酸の分泌を抑え、胃の症状を和らげる)+デカドロン注射液(アレルギーを抑え、吐き気を抑える(吐き気を抑える)約20分 
続けて点滴②カイトリル(吐き気を抑える)約20分
3番目は点滴③タキソール注(一般名:パクリタキセル)がん細胞の細胞分裂を阻害。約3時間
4番目は点滴④パラプラチン注(一般名:カルボプラチン)がん細胞の遺伝子と結合して、細胞増殖を抑える)。約1時間30分 すべてで16:30頃終了。

点滴に先立って、左胸に心電図を付ける(遠隔用)。点滴の安全対策として、前回と同じように看護士さんがバーコードリーダーを持ち、点滴液のバードコードと患者の左手首にしているIDの両方を読み取る。薬液または患者の取り違えをなくすための対策のようだ。

点滴が長時間なので、針を刺す腕は利き腕の反対の腕が一般的。つまり私の場合は右利き。左腕に針を刺そうとするが、いつも左腕には血管が表面になくて四苦八苦をさせてしまう。I先生「ダメもと!」と随分長い時間血管を捜して、くるぶしの裏側を見つけてそこに針を刺したところ、うまく液が通った。補助の看護士さん(男性)に鼻高々に「神業だろう?」と自慢する。この点滴は6時間の長丁場だ。6時間も利き腕に点滴を刺していると、トイレでも、食事でも何かと不便。その点今回は前回よりずいぶん楽だった。この若きI先生、このことだけではないが、大胆だし、思い切りもいい。見かけによらず豪傑タイプだ。

本日一番の主役の③タキソール注(一般名:パクリタキセル)はアルコールが含まれる(ビール500ml相当分・・今回は少し少ない)ので下戸の私は前回お酒を飲んだ状態になった。それを心配していたが、今回は量が前回の75%だったせいか、それとも2回目で体が慣れたせいなのか、顔が赤くもならず、ほろ酔い状態にもならなかった。

また何もせず帰宅かという不安があっただけに、一応無事終了してホッとしている。

2007年6月21日木曜日

第2クール再入院

15日に退院する際、20日以降で入院予約したが、昨日病院から病室の空きができたので、21日11:00に入院してくださいとの連絡があった。
2人部屋(この病院ではこれが大部屋)は予約が一杯なので、入院がいつになるか分からないという噂を聞いていたので、個室での予約にしたら2日目に入院ができた。

病院に着いたら、ひと通り入院の事務手続きをして、部屋に入った。

早速、身長・体重・血圧その他を測定し、同時に採血をした。11:40頃「自分の血液検査は出たかな?」と病室のモニター(テレビ)を開いてみたら、何と30分くらい前の採血なのにもう結果が出ている。気になる白血球の数値は4,650とある。肝臓数値なども前回より改善されていて概ね良好な数値になっている。

午後3時ごろ、I先生が見えて血液検査の白血球の数値も正常になったので、明日第2クールの点滴を行うということになった。前回の入院の際、主治医のY先生が私の場合点滴の副作用(特に白血球減少)が強く出るので、第2クールでの薬剤は通常の75%にするという話があったので、多分そのようになると思う。それでも今回の入院でも、また白血球の数値が低くて何もしないで帰宅するかもしれない・・という不安があっただけに、点滴ができるようになって正直ほっとした。7月3日にCT撮影をするので、すべてはその結果にかかっている。

副作用がどう出るか若干の不安もあるが、すべて1回経験済みなのでマナイタの鯉という心境である。

2007年6月19日火曜日

毎日2杯のコーヒーは肝臓ガンを防ぐ?

コーヒー好きの自分にとってはうれしい情報が載っていた(tamyのつぶやき「情報スクラップ」)。

記事には「スウェーデンのある研究所の調査結果によると、毎日2杯のコーヒーを摂取すると肝がんの発症リスクが約4割減少することが明らかになった」とある。何ごとにも疑い深い自分であるが、都合のよい情報にはすぐ飛びつく。おみくじとか占いと同じで、都合のよい情報は信じて、都合の悪い情報は忘れることにしている。

コーヒーは若い頃から好きで1日何倍も飲んだ。会社にいた頃は自動販売機に何度も通った。そのうちにドリップバッグのコーヒーとミルクを自分で買って厨房に置いて、日に何度か飲んだものだ。
会議といっては飲み、来客だといっては飲み、レポートをまとめる時は息抜きに、外出すれば飲み・・・多い時は1日に7~8杯飲んだこともあった。

ただ、最近はコーヒーに入れるミルク(コーヒーフレッシュという小さな容器)がサラダオイルと添加剤で作られていて、ミルクともクリームとも無縁だ(「食品の裏側」東洋経済新報社・安部司著)ということを知ってからは、完全なブラックで飲むようになった。そのせいで杯数はやや少なくなったが、それでも毎日1~2杯は必ず欠かしたことはない。

口に入れるものはいずれも裏表があって、何かによければ、何かに悪いということが多い。何ごともほどほどに摂取することがいちばん・・・だとは思う。

2007年6月17日日曜日

今日は父の日

今朝は気分が良い。なぜなら宅急便で娘二人から「父の日プレゼント」が届いたからである。シックな色の「サムエ」だった。この夏、自宅療養が多くなりそうなので、最高の贈り物である。今スキンヘッドにしているので、どこかの住職と間違えられそうだ。

父の日は日本では母の日や、バレンタインに比べると影が薄い。それに日本では商業主義に乗せられているような雰囲気もあり、その普及度はもうひとつかもしれない。でも他のアニバーサリーもそうだが、こういう行事は人の心を結びつける接着剤の役割を果たすのでもっと普及した方が良い。プレゼントを送るという行為だけではなくて、その前に何を送ろうかと考え、もらった側も感謝の気持をもつ。このことを中心にずいぶんお互いの結びつきが強まることは間違いない。

以下はWikipediaから。
父の日は父に感謝を表す日。6月第3日曜日。1910年にアメリカ・ワシントン州のJ.B.ドット夫人が、彼女を男手1つで自分をそだててくれた父を覚えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。ドット夫人が幼い頃南北戦争が勃発。父、スマートが召集され、ドット夫人を含む子供6人は母親が育てることになるが、母親は過労が元でスマートの復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、スマートも子供達が皆成人した後、亡くなった。1916年アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知されるようになる。1972年(昭和47年)になり、アメリカでは国民の祝日に制定される。日本では1950年代ごろから知られるようになったが、母の日に比べると一般的な行事とは言えない。母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラ。ドット夫人が、父の日に父親の墓前に白いバラを供えたからとされている。

2007年6月15日金曜日

【第2クール 入院第3日】

朝6:00、看護士さんの「おはようございます!」という元気な声に起される。今日は朝一番の採血がある。
8時ちょっと過ぎ、主治医のY先生はじめ3人の先生方の回診があった。朝一番の採血の結果、白血球の値が3,100で前回に比較して上がっていない。もう少し間隔をおいて白血球の値が上がってから第2クールの点滴をした方が良い。従って今日は一旦退院をして、20日以降に再入院する。

今回の入院は何だったんだろう?退院の説明に来た婦長さんに「今日は皆さんに挨拶しないで、こそこそ帰るよ」と言う。婦長さんの話ではこのような例は珍しくないという。

自宅であせらずじっくり白血球の数値の上がるのを待つことにする。でも、白血球の数値を自分で知る手段がないのが困る。次回の入院も空振りにならなければいいが・・・と思いながらタクシーで帰路につく。

2007年6月14日木曜日

【第2クール 入院第2日】

昨日書いたとおり、明日の朝の採血待ち、今日は病院でのんびり過ごす。あまり書くことがないので 、治療以外の「つぶやき」を。

【つぶやき】
毎日報道される社保庁年金未納問題。入院して、昨日読んだ週刊誌のトップ記事もこのテーマ。聞け ば聞くほど、読めば読むほど腹が立つ。私個人は転職しなかったせいか、間違えられなかったと見え て順調に支給を受けている。しかし、積立金を納めていながら、何十年も経ってから「あなた未納よ」などといわれたら途方にくれる。なおかつ「年金をもらいたかったら、証拠書類を持ってこい」などと言われたと聞くと益々腹が立つ。 何十年前か前の領収書なんて取ってある人の方が少ないだろう。ひと頃「社保庁振り込めサギ」などと揶揄されていたと思ったら、本当の「年金振り込めサギ」が横行しているという。彼らは実にフットワークがいい。ある意味社保庁職員より優秀かもしれない?

ちょっと前、天下り先を作る目的で、いろいろな施設に年金資金を湯水のごとくつぎ込んだ挙句に経営に失敗しましたといってタダ同然で民間に払い下げたときも腹が立ったが、今度は年金記録の入力ミス、コンピュータ化するときのミスだというが、どんなシステム設計をしたんだろう。そのときの責任者の顔が見たい。氏名も生年月日も住所も間違えているらしい。入力ミスがあるのは分かるが、それをシステム的にどう防ぐか、どう発見するかだろう。おまけに頼るべき原簿やマイクロフィルムの元資料を破棄したなどと聞けばもう開いた口がふさがらない。 これを指示した人は重罪に値する。

ずさんな仕事で国民に迷惑をかけただけでなく、その修復にこれから何千億円という費用がかかることを考えると、その時の責任者はどう責任をとるのか?同様なことが民間会社で起きたらあっという間に首が飛ぶ。また、アメリカだったらこういう時の責任者は懲役刑になるという。代々の何人かの社保庁長官は天下りの渡りで何億円という民間では考えられない退職金を手にしているという。国民の金を何の仕事の対価として手にしているのか理解に苦しむ。刑務所に入るのがイヤだったら、退職金ぐらい国民に返せといいたい。阿部首相には直接の罪はなくて気の毒だが、この問題は我々庶民に直結する問題だけに、今度の参院選に影響は必至だという意見が多いようだ。このような官僚の不手際を正せない政権、政党なんて選手交代だということか?といっても、代わるべき政党も少々頼りないが。

2007年6月13日水曜日

【第2クール 入院第1日】

第2クール 再入院

先月末退院時に入院予約をしたが、昨日病院から連絡があってベッドの空きができたので13日10:00に入院してくださいと連絡があった。

今日再入院したが、偶然退院した時と同じ病室だった。入院したというより、しばらく外泊して再び病院に戻ったという気分だ。

10:00 レントゲン撮影 入院時測定(血液採取、血圧、身長、体重等)11:00 皮膚科検診(外来で予約していた)
13:00 I先生が見えて、第2クールの方針説明。本日の採血の結果、白血球が3,300とやや低い。これは前の抗がん剤の副作用と思われるので、明後日再度採血して3,500以上に戻っていれば第二クールの抗がん剤を点滴する。戻らなければ一旦退院して戻るのを待つということになる・・という話だった。

通常の白血球は4,000~5,000と下限ぎりぎりなのでこういう時は困る。退院時も4,790だったので、退院後の抗がん剤の副作用で白血球が下がったということになる。血液の中味がどうなっているか自分では全く分からないので判断に困る。

せっかく入院したのだからこのまま次のステップに進みたいと思うが・・・どうなるか。

2007年6月10日日曜日

抗がん剤治療と年齢

最近はブログの更新をさぼりぎみ・・・。時間がない?いやいや時間はたっぷり。でも、どうも書こうという意欲がわかないのである。それだけではなく、何ごとにも意欲がわかない。ぼーっとしているうちに1日が終わる。5月の末に退院したので、退院してから10日がたつ。退院当初は全身のだるさがあったが、それも徐々に抜け、今はどこが悪いということはないのだが、次の治療を待つ身としてはどことなく「気分は病人」なのである。

私の場合は無職だからそれですむが、入院中私の隣の病室の人は49才でサラリーマン現役の人がいた。その人は平日でも大事な用事があるといって、先生にお願いして外泊して仕事に行っていた。

患者のほとんどは高齢者だったが、1~2割ぐらいは40~50代の患者をみかける。私の場合も、もし49才の頃だったらどうだろうと考えてみた。例え抗がん剤治療でも、仕事を休みっぱなしというわけにはいかなかったであろう。仕事を捨てられればともかく、生活がかかっていて妻子がある以上そうはいかない。となると可能な限り、仕事の方へもある程度の重心をかけていなければならない・・・となるであろう。抗がん剤の治療をしながら仕事へもいく・・体験したから分かるが、これは結構きついだろう。仕事にも悪影響があるだろうし、治療にも支障をきたす。

私の場合はサラリーマン最終年(62歳)の春に受けた人間ドックでガン告知を受けた。最終年は仕事はほとんど後継者への引継ぎだけになっていて、幸か不幸か閑職になっていたので、会議もすべて後継者が出ればよくなっていたし、出張などもなかった。従って、誰にも遠慮なく治療に専念できた。そういう意味ではラッキーとも言えるし、人生全体からみると仕事から解放されると同時に闘病生活に入ったのだから、これほどアンラッキーなことはない。

結局は、年齢はいくつであっても、病気はしてはいけないということのようだ。

2007年6月7日木曜日

「tamyのつぶやき、闘病記・抗がん剤治療」のページ新設

5月31日に退院して、今日から2週間目に入る。退院後副作用は指先のしびれだけでその他は日々回復してきた。だるさはしばらく続いていたが、今日当たりはほとんど感じなくなった。頭は思い切ってスキンヘッドにした。坊主頭は中学生以来40年ぶりだが、風当たりが良くて実に気持いい。頭髪は抗がん剤治療が終われば、またはえ揃うそうだが、社会人ではないので場合によってはこのまま坊主頭も悪くないと思っている。ただ、まだ恥ずかしさがあって外出時には帽子が手放せない。
最近MLBを見ていると、マリナーズにもレッドソックスにもスキンヘッドの選手がたくさんいる。これもまた悪くないかもしれない。

5月11日に入院して受けた「抗がん剤治療」をこのブログに経過を記載したが、「tamyのつぶやき、闘病記・抗がん剤治療にその内容を転載した。
内容はブログのままを写したので、同じ内容。ブログは後から探すのが大変なので、後日抗がん剤の治療の様子を知りたい人が見る場合はこの方が便利だと思う。
入院中携帯で撮影した写真を何枚か追加した。今後も第2クール(6/12以降に入院)以降の治療が続くので、同じようにブログへ書いて、後日ホームページへ転載する・・・という形を続けたい。

2007年6月6日水曜日

マルチカロチンと抗がん剤

4/27と4/29で「マルチカロチンと肺がん」について書いた。マルチカロチンがガンの予防と抑制に効果があれば・・という気持で4月からマルチカロチンを購入して服用した。ところが、その後抗がん剤治療となったので、入院した5/11から服用を中断した。その理由はマルチカロチンは強い抗酸化作用をもち、その抗酸化作用によってガン細胞の活動を抑える。ところが、抗がん剤は活性酸素そのものであり、それによってガンをやっつけると聞いているので、マルチカロチンとは相反する作用で、お互いに効果を消し合うのではないかという疑問があったからである。あくまでも素人考えで何か拠りどころになる資料はないかと探していたところ、下記の本を見つけた。その中に私が探していた記述(つまりマルチカロチンと抗がん剤の関係)があったので、参考までにここに紹介したい。

「決定版!抗がんサプリメントの正しい選び方、使い方」福田一典著:南々社

【一部要約】実際にこの問題(マルチカロチンと抗がん剤・放射線治療との関係・・筆者注)を扱った論文には2つの立場があって、議論が続いています。一つは、抗がん剤や放射線はフリーラジカルを発生して、その細胞障害作用でがん細胞を殺すのであるから、フリーラジカルを消去するような抗酸化作用をもったサプリメントは、抗がん剤の作用を弱めるので摂取すべきではない、という考えです。

一方、「天然の抗酸化物質が、生体内で通常のがん治療を妨げる可能性を示唆する証拠はない」という論文も多くあります。「抗酸化剤の投与はそれが化学療法や放射線療法との併用の有無にかかわらず多くの有益な効果を示す」という記載がされています。この論争は賛否両論それぞれがエビデンスを蓄積して主張しているため、結論が出ていません。抗がん剤や放射線治療中に抗酸化剤を使用することは有益性が高いという報告があるのは事実ですが、抗がん剤の種類によっては明らかに有害である場合もあり、ガン専門医の間では「抗がん剤や放射線治療中の抗酸化剤の使用は推奨できない」という見解が主流であることを知っておく必要があります。

その他「ガンに効果があるという根拠」「酸化とは」「酸化ストレスはガンを悪化させる」「活性酸素、フリーラジカルとは」「ガンに対する有効性は」「抗がん剤治療中の抗酸化剤使用の是非に関する論争」・・・等々が解説されています。

この本の著者、福田一典氏は熊本大学医学部卒で、熊本大学医学部から久留米大学医学部、北海道大学医学部を米国Vermont大学、国立ガンセンター研究所を経て現在銀座東京クリニック院長。

世間でガンに良いといわれているが、医学的にはその効果を立証されていないサプリメントが医学的に見てどのように評価されているのかを解説している。

ほとんどのサプリメントは現段階では医学的なエビデンスを得られていないので、結論までは出ていないが、素人がどのように判断したらよいかのヒントを与えてくれる。上記の抗酸化性ビタミン(マルチカロチン)の他にβグルカン(アガリクス等キノコ類)、大豆、大豆イソフラボン、高麗ニンジン、サメ軟骨エキス、漢方薬、ポリフェノール、ミネラル、食物繊維、ニンニク、生姜、セント・ジョンズ・ワート等が取り上げられている。

↓本の詳細

2007年6月2日土曜日

退院時の支払

一昨日の退院時には21日間の入院費用の支払をした。
今回大きく変わったことは今年の4月1日から高額療養費の現物給付化(わがブログ4/6,4/15にも書いた)になったことである。

今回21日間の計算書を見ると、医療費総額815,100円だった。今までならこの30%が自己負担分だから、244,530円を支払う。そしてこの金額は高額療養費に該当するので、2~3ヵ月後に自己負担分85,580円を超える分158,950円が戻される。

それが今年4月からは高額療養費の現物給付化により、「限度額適用認定証」(国民健康保険は市役所でもらう)をあらかじめ医療機関に提出することで、今までの手間をふまないでも医療機関で高額療養費の計算をして最初から85,580円を支払えばよいということになった。(なお「限度額適用認定証」を提出しないと、今まで通りの手続きとなるので要注意)。

医療費が安くなるわけではないが、それでも後から戻るとは言っても24万円を払うよりは8万5千円を払う方がよい。準備する現金は少しでも少ない方が気は楽である。

年金でも、健康保険でも最近は何でもかんでも改悪ばかりでうんざりしていたが、行政サービスでも、たまには改正されることもあるのかと思ったものだ。希少価値だから際立つということなのかもしれない。

なお、今回の入院でかかった医療費の詳細を「tamyのつぶやき ガン治療の医療費」に掲載したので、参考にされる方はご覧ください。

2007年6月1日金曜日

久しぶりの我が家

昨日、3週間の入院を終えて我が家へ戻った。

うまく表現できないが、我が家というものは独特のものだ。しばらく家を空けるということは今までもよくあった。入院でいえば、同じ病院に4年前に27日間、3年前に22日間、サラリーマン時代も単身赴任の経験があったので、長期間よく家をあけた。2~3週間の海外出張も数回あった。

その都度、家に戻るときは周囲の変わりばえしない景色もどこか懐かしく感じるものだ。近所のラーメン屋さえ懐かしい。

それでも今回は今までとどこか違う。それは身体がかなり弱って戻ったと感じることだ。病院にいたときはだるさを感じたが、今日あたりはそれは抜けたようだ。でも、普通に歩いているつもりでも、何かフワフワした感じが抜けない。2階へ上がったり、階下へ降りたりするとき、階段の上り下りに膝がガクガクする。前はタッタッと走るように上り下りしたが、今はそんなことはとんでもない。手すりを使って、そろりそろりと歩かないと危ない。見るからに年寄りか病人になってしまったようだ。

抗がん剤がまだ体内に残っているのか、3週間の病院生活で筋力が衰えたのか、白血球の変化や肝臓の機能が落ちているのか、よく分からないが、今までとはどこか違う。多分、典型的な病み上がりの症状で、日数を経れば回復をするのだろうが、自分でもそれなりに回復する努力をしなければならないのだろう。

2007年5月31日木曜日

【抗がん剤治療 入院第21日】

抗がん剤点滴後17日目・・本日退院日

本日の退院については主治医のY先生と若先生のI先生とでは意見が若干違うようだった。昨日の夕方の回診の際、Y先生は今日の朝の採血の数字にもよるが、今の肝臓数値の落ち方では次の抗がん剤の第2クールがだいぶ遅れるので、退院を来週初めまで延ばして、注射で落とす方が良いかもしれないという話だった。一方I先生の方は昨日のブログにも書いたとおり、無理して注射で数値を落とすより、今のまま薬で落とす方が良い。主治医のY先生は学会参加のため、本日より1週間ほどアメリカへ出張。そのせいかどうかは不明だがI先生の意見が通り本日退院となった。昨日ブログを書いた後にY先生の話があったので、4度目の退院延期か?と少々落ち込んでいたが、結果を聞いて安心した。

本日でちょうど21日間の入院、予定より1週間延びたことになる。

総括すると第1クールの最大の問題点は白血球が予想以上に下がったことだった。そして肝臓の数値の上昇は予想外だった。やはり肥満からくる脂肪肝のせいか(自分だけの判断)?第2クールでは抗がん剤の量をやや減らすという対策を取るようだ。

その他の副作用・・脱毛は予定通り(ここ3日でほぼ70%抜けたので帽子着用)。吐き気、筋肉痛などは全くなかった。
がんに対する効果のほどは第2クール後のCTで確認する。第2クールの入院予約(6月12日以降)を帰りに行った。ほぼ半月後にまたここへ戻ってくる。但し、第2クール以降は今回より入院日数は少なくなる見込み。

退院は娘が私の車を運転して病院まで来て、そしてそのまま娘を三島駅まで送り届け、そのまま久しぶりに車の運転をして自宅へ戻った。

3週間の病院生活ではフロア内を歩くようにしたが、上下はエレベーターを使用したので、階段を全く使わなかった。そのせいか、我が家の1階から2階への階段を昇るのに膝がガクガクした。使わない筋肉はすぐ衰えることを実感した。

2007年5月30日水曜日

【抗がん剤治療 入院第20日】

抗がん剤点滴後16日目
今日は朝いちばんに採血。そして9:30頃I先生が血液検査の結果を持って病室に見えた。白血球は4,790、これは自分の本来の値。肝臓の数値(GPT、GOT、γ-GTP等)は許容値よりはまだ高いが、一昨日の値よりは下がっている。今は注射はやめて、飲み薬を1日3回飲んでいて、その効果が出ているようだ。飲み薬は自宅でもできるので明日の朝の採血の結果で下がる傾向であれば退院する。
今日午後14:30レントゲン撮影。

副作用は昨日と変わらない。だるさも若干残っているがほぼ正常状態に近づいている。

明日退院なら、退院時に6月12日以降に第2クールの入院予約をする。中間での通院診察は行わない。

第2クールの治療方針は第1クールで白血球減少と肝臓数値の上昇が強く出たので、抗がん剤の量を若干少なめ(75%)にする考えのようだ。

2007年5月29日火曜日

【抗がん剤治療 入院第19日】

抗がん剤点滴後15日目

今日は治療としては特に何もない。明日、採血とレントゲン撮影が予定されているが今日は治療の谷間のような日だ。
副作用は昨日と変わらない。だるさも若干残っているが大分正常状態に近づいている。暇そうにしている私をみて、若先生が外泊してもいいですよと言ってくれたが、家に帰っても病室と同じように過ごすだけ、後2~3日で帰れるのでガマンすることにした。

このように入院が予想より長引くと、費用的な問題が気になるところだが、私の場合は家内がガン保険に入ってくれていたお陰で費用の問題を気にする必要がないので助かる。40代の頃はまさか自分が病気にかかるとは思わないので、よく家内とお小遣いアップの言い争いをしたものだ。私は保険のことを話題に出した。「将来の保険より今の亭主の待遇改善をせよ」などと無茶を言ったことを覚えている。経済を任せていたのでいつも私が折れていたが、今となっては完全に家内の判断の勝利となって、全く家内には頭が上がらない。

ガン保険はサラリーマン現役時代、40代で1口、さらに50代で追加の1口入ってくれていた。61歳でがん告知されたので、早く入った方は20年近く掛金を払い込んだが、最初の入院の時に治療費をすべて支払って、それまで支払った2口分の掛金をすべて差し引いても尚且つかなりのおつりが手元に残った。通院には限度があって、イレッサ服用の時の費用は保険は下りなかったが、トータルではまだプラスである。今の入院も入院給付金が2口だと差額ベッド代より多いので、個室に入って何日差額ベッド代があっても持ち出しになることはない。

ガンは高齢になってかかる病気、殆どの方は新たな収入がない状態のことが多いので、ガン保険で「後顧の憂い」がない状態にしておくということはこれからは必須条件のようだ。
何しろ今や二人に一人がガンになる時代、自分の子供達や周囲の人と話す時はいつもガン保険には必ず入るように薦めている。

なお、退院後はこれから抗がん剤治療をする人のために、かかった費用を(tamyのつぶやき)「がん治療の医療費」に追加掲載する予定。

2007年5月28日月曜日

【抗がん剤治療 入院第18日】

抗がん剤点滴後14日目

朝6:00起床と同時に看護士さんが採血に来た。退院は今まで何度も期待を裏切られたので、今はあまり期待をしないで「ケ・セラ・セラ」という気持になっている。
今日の副作用・・だるさは今までより軽くなっている。指先は相変わらず親指、人差し指の先端に軽い痺れを感じる程度。副作用の脱毛がどうも昨夜から始まったようだ。ブラシをかけると、抜け毛が今までの何倍というびっくりするような量。「来るものがきたか?」という感じだ。

9:00主治医のY先生が血液検査の結果を持って病室に見えた。白血球は8,040で異常なし。ただ、肝臓の数値(GPT、GOT、γ-GTP等)が毎日注射をしているのに、なかなか下がらない。肝臓の数値が下がらないと、次のステップへ進めないので、今週の木曜日ぐらいまで退院を延期して、肝臓の数値改善に取り組むことになった。肝臓数値改善の注射を継続し、同じ目的の錠剤を1日3回飲むことになった。

一般的な副作用の説明文書を見直してみると、その中に肝臓の数値が上がるということは書かれいない。これは私だけの特異な例なのかもしれない。イレッサの時も途中で今回と同じように肝臓の数値が上昇して、イレッサの服用を毎日服用から隔日服用に変えたことがあった。

日頃肝臓に関する疾病の経験はあまりないのだが、私の肝臓は薬物に過敏なのかもしれない。

2007年5月27日日曜日

【抗がん剤治療 入院第17日】

抗がん剤点滴後13日目

今日は入院して3回目の日曜日。
今日の体調は昨日よりはややだるさも減って、上向きのように感じる。
今回の入院を通じて救いだったのは、食欲がなくならなかったこと。今まですべての日の食事をすべて完食している。途中空腹感を感じない時期があったが、今は入院前より強い空腹感を感じる。特に心配した吐き気を感じなかったことは助かった。

これは予防薬の進歩だと思う。これから2~4クール目もこうだといいが。今日は肝臓の数値を改善する注射を1回打った。

17日間の入院を通じて、抗がん剤の点滴が1日だけ、後は殆ど歩くこともしないのに、食事だけをきちんと3食たいらげているわけだから、普通は太ってよさそうなものだが、体重は入院時に比べて2キロ減っている。これは食事のカロリー計算ができているせいだろうか?

ここ2~3日は食事から3時間ぐらいたつと若いときのような強い空腹感を感じる。これは身体が体重を元へ戻そうとして、空腹感という信号を送っているように思える。

今いちばん頭に浮かぶことは退院した日(午前中退院)の昼食を何を食べようかということ。冷し中華?中華料理?寿司?ラーメン?てんぷら?とんかつ?・・・まるで子供のようだと笑いながらも、結局は自分で選べない病院食以外なら何でもいいやというところに収まる。

2007年5月26日土曜日

【抗がん剤治療 入院第16日】

抗がん剤点滴後12日目

今日は朝一番に採血。
結果が待ち遠しい。白血球の増強注射を4回も打っているんだから、改善して欲しい。副作用は昨日と変わらない。指先の痺れと全身のだるさ。
松坂でも見ながら、のんびりと待とうと思ったら、テキサス州アーリントンは雨、試合開始が延びている。日本にいながらテキサスの天気を気にすることがあるなんて、想像したこともなかった。

10:00頃、若先生が血液検査の結果を持って見えた。白血球11,310、間違いかと持って思わず見直した。前回の10倍になっている。白血球の方はさらに抗がん剤の副作用があっても、おつりがくる位に十分上がった。無理して上げているので、上がり過ぎの弊害はないのかとやや心配もあるが、まずは一件落着。

ただ、肝臓の諸数値は前回より若干よくなったが、まだまだ高い。肝臓は平常は許容範囲内で異常はないので明らかに抗がん剤の副作用。炎症反応も高く熱が出やすい状況だが、幸い熱は今のことろ異常なし。
今日明日、肝臓数値を改善する薬を継続する。

月曜日にもう一度採血して結果を見て、月曜日か火曜日に退院することになりそうだ。

2007年5月25日金曜日

【抗がん剤治療 入院第15日】

抗がん剤点滴後11日目

今日は朝からずーっと雨だ。富士山も全く見えない。
昨日から個室へ移り、感染予防のためできるだけ部屋に籠っている。部屋の外へ出るときはマスク着用、戻ったら手洗い、うがいを励行している。

副作用対策は白血球増強の注射が1日2回、肝臓数値改善のための注射を1回行った。
その他症状として表れている副作用は全くずーっとわらない。指先の微かなしびれ、全身のだるさだけである。皮膚炎症は現在は殆ど治った。食欲はあり、病院食は毎回完食。食事を片付けに行くと、よく全く手を付けずに、そのまま片付ける人もいる。吐き気があったら食べられないだろう。その点、入院以後その苦労はしていないのは幸運だった。

個室に移っても、孤独と退屈に耐える対策は十分準備してきたので、困ることはない。
今回はノートパソコンを持ち込んでいるので、ついでにUSBワンセグチューナーというおもちゃのような器具を衝動買いで買ってみた。携帯で見るワンセグをパソコンに応用したものだ。小さな器具をパソコンのUSBに差し込めばパソコン画面で地デジ放送が見えるというもの。

価格..comで人気の高かったBUFFALO社製のものをネットで買った。ビル内や電波が弱ければ受信しないことが分かっているので、あまり期待はしていなかったが、個室に入ったので窓ガラスに吸盤式のアンテナをつけてみたら、時々消えたりすることはあるが、それなりに見ることができる。北向きの部屋なので、電波の条件は悪い。見えたり、消えたりする。静岡は地デジ放送が6つあるが、すべて無条件というわけにはいかない。南向きの部屋ならもっと見えるかもしれない。

アナログのように薄く映ったり、乱れて映ったりということはない。デジタルなので、出るか、出ないかはっきりしている。見る画面の大きさは自由に変えられるが、パソコン画面の4分の1ぐらいが一番見やすい?

2007年5月24日木曜日

【抗がん剤治療 入院第14日】

抗がん剤点滴後10日目

退院延期。朝6:00採血。
採血の結果で白血球の値がある程度戻れば、本日退院して自宅療養ということになる予定だったが、採血の結果は白血球が1100と前回に比べて上がるどころかさらに下がってしまった。同時に肝臓数値GOT、GPTともに上昇。手当てをしなければならなくなり、退院を延期することになった。
処置は白血球増強の注射を1日2回に増やす。肝臓の数値を抑えれる注射を毎日1回する。土曜日に採血をみて次の行動を決める。従って退院は週明け以降に延びた。

残念、でもやむをえない。抗がん剤の副作用に対して、対症療法的に次々と薬品を体内に注入する。体が益々傷ついていくような気がするが、やりかけた以上は突っ走るしかない。早く安定した状態に戻したい。

とにかく、病院にいる間は菌の感染に注意しなければならない。朝、看護士さんにお願いして、個室の空きがあったら変えてもらえないかとお願いする。1時間ほどしたら早速の返事があって、今日個室に入室予定の患者さんは二人部屋を希望しているという。ぴったり要望が合って、すぐ部屋の引越しをした。

隣のベッドのKさんともお別れだ(といっても隣室)。こんな状態の人が隣にいると何かと気を遣わせるので、非常にタイミングのよい部屋替えだった。

まあ、家にいても治療のため家にじっとしていなければならないので、病院にいても同じことだ・・と自分に言い聞かせる。

2007年5月23日水曜日

【抗がん剤治療 入院第13日】

抗がん剤点滴後9日目

今日は点滴後9日目。昨日現われた服作用の白血球減少。表面上の症状としては何も変化はない。指先のしびれ、全身のだるさは昨日までと同じ程度。

だるいといっても横になりたいという程ひどくはない。昼間はできるだけ横にならずにいる。というのは夜は長いので眠れないと困るということがある。
12:00 白血球の増強注射
14:30 皮膚科検診(外来)皮膚の炎症は薬で随分良くなった。

明日の朝、採血をして白血球の状況で退院を決める。

今日は白血球が低下しているので、菌の感染予防をうるさく言われている。そう言う目で見ると、病院は全く安全ではない。
それにしても病室への第3者の出入りは実に多い。医師や看護士は別としても、食事を運ぶ人、掃除に来る人、ベッドメーキングの人、それに付き添い、見舞い客が入れ替わり立ち代り出入りする。今日も毎日来る3人一組の掃除のおばさんの中に、咳をしている人がいて気になった。周辺の患者は抗がん剤の治療の人が多いので、長期の人もいるが、3日ぐらいの短期入院の人もいる。昨日などは隣と前の病室で4人も入れ替わった。
入院患者に付いてくる人が実に賑やかだ。お年寄りから小さな子供まで一族郎党が来たんじゃないかと思う人もいる。

こうしてみると、感染予防の点では自宅の方が安全だ。
でも、自宅では緊急時の対応が取れない。明日の医師の指示に従うことにしよう。

2007年5月22日火曜日

【抗がん剤治療 入院第12日】

抗がん剤点滴後8日目

今日は点滴後7日目だが、明日の退院に備えて朝一番で採血、レントゲン撮影を行った。副作用といっても指先の軽い痺れと倦怠感のみなので、明日の退院は問題ないと思っていたが、11時頃、若先生が血液検査の結果を持って病室に現われた。

白血球減少。通常でも4,300位で低いのに、今朝の採血では1,380に下がっている(同時に好中球も下がった)。副作用の出方の日数からみて、これからまだ下がる危険性がある。抗がん剤の副作用で下がっているのでいずれは必ず元に戻るが、その間の感染を注意しなければならない。

対策として明日の退院を1日延ばして今日、明日と白血球を増強する注射を打つ。あさっての採血の様子を見て退院をする・・・ということになった。

午後は看護士さんがその白血球増強の注射をし、病室から出るときのマスク、1日何回かのうがい薬「イソジン」支給、手洗いの注意をされた。

好事魔多し、なかなか都合良くは進行しない。

2007年5月21日月曜日

【抗がん剤治療 入院第11日】

抗がん剤点滴後7日目。

副作用の出方は昨日と変わらず。同室や隣室の患者さんと話すと皆さんに「副作用軽くて良かったですね」といわれる。
それでも本人は良かったとは思えない。副作用の中にはこれから出る予定のものもあるし、抗がん剤点滴は1回ではないので、2回目、3回目に強く出ることも考えられる。

病室を出て、廊下の突き当たり(数メートル先)には全面ガラス張りのロビーがあり、外に向けて椅子が3脚置いてある。
朝回診や朝食が一段落すると、そこに座って外を眺めたり、患者さん方と会話をする。

3、4年前入院した時よりこの病院内にも建物が増えている。陽子線治療の建物や研究所棟が増えて、益々充実しているようだ。
山の上なので緑も多いが、最近はこの病院の周辺に工場や建物も増えている。
風景は変わっても、一番の主役は正面に見える富士山。毎朝最初に目が行くのはこの富士山の表情。今日は朝いちばんではくっきり見えたのに、残念なことに今は雲に隠れてしまった。

2007年5月20日日曜日

【抗がん剤治療 入院第10日】

抗がん剤点滴後6日目
点滴後6日目になる。両手の親指の先端に感ずる軽い痺れは昨日と変わらない。程度は軽く特に不自由は感じない。
皮膚の炎症も薬の効果か軽くなっている。便秘は「ピンクの薬」の下剤を飲んでから、昨夜と今朝の2回に亘ってめでたく開通した。
今日も食事は完食できた。今朝の体重は入院時から2キロ減った。倦怠感、だるさは点滴後相変わらず続いている。

今日の日曜日も院内は休日モード。
ワイフが運転ができないので、次女が私の退院の手伝いを兼ねて何日間か里帰りしてくれている。次女のご主人にもしばらくは不自由をかけるが、その暖かい協力には心から感謝している。
昨日の午後は前日に続いて週末帰省した長女も加わって、応接室の個室で随分長時間団欒の時を過ごした。いつものように孫が主役となる。孫の笑顔にはいつもいつも癒される。
今日も夕方には長女が東京に帰る途中で同じメンバーで寄るようだ。

2007年5月19日土曜日

【抗がん剤治療 入院第9日】

抗がん剤点滴後5日目

点滴後5日目になる。今朝は両手の親指の先端に軽い痺れを感じる。これが事前の説明で4日目から出るといいう手足の痺れだろうか?意識しなければ気が付かない程度の軽いものなので特に不自由は感じない。

昨日の皮膚は薬をつけてやや軽くなっている。副作用では説明はなかったが、看護士さんの話で便秘になりやすいということも聞いていた。この3日間出ないので便秘気味になっているようだ。今朝は「ピンクの薬コーラック」をもらった。

今日は入院後2周目の土曜日。土日の院内は平日とは違う雰囲気になる。まず、一般診察がお休みなので院内が休日ムードが漂う。医師の先生方もお休みで、当直の看護士さんだけになる。
代って、お見舞い客が何倍にも増える。ロビーも病室も賑やかな会話や笑い声で溢れる。私のところもワイフは毎日通ってくれているが、昨夜は東京にいる長女、横浜の次女は孫を連れて来てくれた。久しぶりに病室での家族水いらずの団欒、懐かしい空気が流れた。

2007年5月18日金曜日

【抗がん剤治療 入院第8日】

抗がん剤点滴後4日目

昨夜はそれなりに眠れたが、周囲の物音に時々目覚めるので眠りは浅い。どうも頭が冴えない。

点滴後4日目になるが、説明された副作用らしきものはまだはっきりは出てこない。ももの裏側に張りのような感覚があるが、これが筋肉痛の前兆か?食欲はあまりないが、食事は残さず食べられている。

入院後、足や背中の皮膚の所々に炎症が出てヒリヒリする。点滴前からだから副作用ではなさそう。センター内の皮膚科の先生に診てもらい、薬をもらう。

上記のように大きな変化はないが、全体に倦怠感があってだるい。やはり、健康なときとは違って病人になりつつある感じがある。

今日先生が見えて退院予定を話した。通常1クールの初回の入院は点滴1週後に当たる日の血液検査の結果を診て、大体その日が退院日となる。従って、その日は火曜日だが、私の場合はたまたま来週水曜日皮膚科の検診予約を取ってあったので、水曜日を退院日とする。

2007年5月17日木曜日

【抗がん剤治療 入院第7日】

抗がん剤点滴後3日目
病院の起床は6時、消灯10時。
家庭ではいつも起床は8時、就寝12時なので時間帯がずれている。それでも入院して3日間は消灯10時でもすぐ寝付いて、朝までほぼ寝ることができた。1日中病院内をブラブラしているせいか、この3日間はどうも眠りが浅い。夜は寝つきが悪く、朝は5時ぐらいから周囲の物音で目覚める。従って、寝不足気味で頭がぼーとしている。

点滴3日目の今日も心配している副作用は何も現れない。

そこで、余裕があるのでいつもの【つぶやき】
あのキミマロも盗作したという「第一生命サラリーマン川柳コンクール」14日に結果が発表になった。今年は第20回を迎えるそうだが、相変わらずの傑作ぞろいで笑わされる。
今年の1位は「脳年令 年金すでに もらえます
任天堂の携帯ゲームソフト「脳トレ」をテーマにした作品。夫婦で、親子で、職場の仲間で「脳トレを中心にして、結果にショックを受けながらも大声を出して楽しむ姿が目に浮かぶ。ちなみに小心者の私は「脳トレ」をまだ試していない。

下位のほうにも傑作はたくさんある。
ちょっと前だが、偶然見つけた下位の傑作。
11位 ダイエット 減らない体重 増える器具  旅太郎
17位 喫煙家 はいた煙も 吸ってくれ      嫌煙の中
23位 同窓会 恩師と思えば 同級生      厄男歌麿
http://event.dai-ichi-life.co.jp/senryu/200705_best10.html
http://www.dai-ichi-life.co.jp/senryu/rank_12.htm

2007年5月16日水曜日

【抗がん剤治療 入院第6日】

抗がん剤点滴後2日目
1クール(4週間)のメインイベント点滴は昨日無事に終了した。さあ、これからは副作用との戦いだ。点滴2日目となる今日は出るかもしれないアレルギー症状、静脈炎、吐き気等は今のところ見られない。

副作用中いちばんの要注意は→白血球減少・血小板減少・・命にかかわる最も重要な副作用なので要注意。
いちばんいやな副作用その①→吐き気。吐き気対策は日進月歩で進んでいるようだ。点滴時に吐き気対策で2種の点滴をするし、その後にも点滴、座薬、内服などが種々用意されているようだ。そういえば、同室や周辺の部屋の人もムカムカ感を訴える人はいるが、必要に応じて薬を要求するせいか、あまりひどく嘔吐をしている人は見かけない。
いちばんいやな副作用その②→脱毛。高齢者の私でさえ気が重い。社会人OBの私でさえそうなのだから、女性や現役の人にはつらいだろう。個人差はあるが、覚悟はしなければ。この医学的対策はあまりないようだ。
こうしてみると、今さらながら抗がん剤治療は受けたくない最悪の治療だ。その副作用を見ると、抗がん剤はいかに毒なのかが分かる。がん細胞も自分の身のうち、これをやっつけるために正常細胞を道ずれにする。ここまで来た自分の不運を嘆くより、ここまでにしてしまった自分の責任を自覚をすることが必要だろう。そうしなければ戦う気力は生まれない。まだ、ガンになっていない人、かかっていても軽い人にはぜひここまでならないための「予防の重要性」を訴えたい。

〔参考〕
点滴実施の前日に説明のあった副作用の主なものは以下の通り。これはあくまでも一般的なもの。症状が重く出る人、軽く出る人、出ない人と個人差がある。
〔点滴日=1日目〕アレルギー症状(息苦しさ・胸の苦しさ・発疹など)
〔1~2日目〕 静脈炎(点滴箇所の炎症)
〔1~7日目〕 関節痛・筋肉痛
〔2~4日目〕 吐き気
〔4~14日目〕 手足のしびれ
〔6~20日目〕 白血球低下(出血傾向・38度以上の発熱・寒気・のどの痛みなど)
〔7~28日目〕 血小板減少(出血傾向・出血、あざ)
〔4~14日目〕 手足のしびれ
〔10日目~ 〕 脱毛(治療終了後半年程度で生えそろう)

2007年5月15日火曜日

【抗がん剤治療 入院第5日】

今日はいよいよ今回入院のメインイベント、抗がん剤の点滴だ。約5時間(結果的には6時間になった )の我慢タイム。

内服①レスタミン5錠服用。タキソールによるアレルギー症状を予防。

点滴①ザンタック注(胃酸の分泌を抑え、胃の症状を和らげる)+デカドロン注射液(アレルギーを抑え、吐き気を抑える(吐き気を抑える)約20分
点滴②カイトリル(吐き気を抑える)約20分
点滴③タキソール注(一般名:パクリタキセル)がん細胞の細胞分裂を阻害。約3時間
点滴④パラプラチン注(一般名:カルボプラチン)がん細胞の遺伝子と結合して、細胞増殖を抑える)。約1時間

●点滴に先立って、左胸に心電図を付ける(遠隔用)。
点滴の安全対策:看護士さんがバーコードリーダーを持ち、点滴のバードコードと患者の左腕にしているIDの両方を読み取る。本人の物でない点滴をしようとするとブザーがなって間違いを知らせてくれるそうだ。

点滴が長時間なので、針を刺す腕は利き腕の反対の腕が一般的。つまり私の場合は右利きなので、左に針を刺そうとした。ところが左腕は四苦八苦。静脈が表面に出ていないので、相当時間探したが見つからず1箇所無理して針を指したが、うまく静脈に当たらず結局抜いて(痛い)、右腕になった。右腕には可能な位置は何箇所かあるようだ。トイレに行くときや食事の時、利き腕を使えないで苦労をした。

●本日一番の主役の③タキソール注(一般名:パクリタキセル)にはアルコールが含まれる(ビール500ml相当分)。下戸の私はこれが一番心配。何しろビールは350mlカンで十分なのだ。それで真っ赤になる、それ以上飲むことはあるが、天井が回ったり、体調が悪いと吐いたりする。
心配の通り点滴が始まってすぐに顔がカーッと熱くなり、フラフラしてきた。血圧も上昇した(最初だけ、その後すぐ正常値に下がった。点滴中は血圧は頻繁に図る)。やがていつもお酒を飲んだ状態になった。この症状はお酒に弱い人や女性にはよく出るそうで、点滴をやめるほどの症状ではないらしい。

お酒の場合は飲み始めてしばらく後だが、点滴は血液に直接注入するので、点滴が始まってすぐその症状が出た。それでもしばらくするとその状態は安定し、顔は赤くなったが正に気分のよいほろ酔い機嫌になった。それが夕方まで続いた。食欲はあり、点滴中の昼食も、終了後の夕食も100%食べた。若い先生方や看護士さんに随分からかわれてしまった。点滴ではなく、今日は一杯飲みに行ったと思えば気は楽だ。

朝10:00開始の予定だったが、看護士さんの都合で11:00開始になった。タキソールで上記の問題が出たので、様子を見い見い途中まで点滴の速度を落としたので、5時間の予定が6時間になって、夕方5時に無事終了した。

まあ、一難去ったが、これからの副作用の出方と、2クール目後(順調に行けば2ヵ月後)に行うCTの結果がどう出るかがこれからの課題だ。

2007年5月14日月曜日

【抗がん剤治療 入院第4日】

昨日の日曜日とは打って変わって、今日は朝から戦闘モード。
いつも外来定期健診で診ていただいている主治医の先生が朝8時に入院後初めて朝の回診で見えた。
「○○さん、お酒は飲める?」と聞く。飲みに誘われたわけではない。明日予定の抗がん剤タキソールにはアルコールが含まれるという(ビール500mlと同じぐらいらしい)。「下戸」なので、心配・・・でも、アルコールに対してアレルギーを起さなければ良いという。

血液採取・・・白血球が4,300、いつもこのくらい低いのでこれも心配だが、許容範囲内という返答だった。

いろいろ心配だらけだが、やってみるしかない・・・と覚悟を決める。

午後は担当薬剤師の先生が資料を持って、説明に来てくれた。抗がん剤の説明(抗がん剤の特徴、副作用、注意事項等々の説明)。
同じ説明は担当医師、看護士に続いて3回目になる。慣れないカタカナの薬剤の名前やその働き、副作用への対応は3回目にしてようやく腑に落ちたような気がする。高齢者にとっては何度説明を受けてもやりすぎということはない。その点、この病院の対応は合格点を上げられる。

夜、9時に明日の準備として抗アレルギーのステロイドを注射すると言われた。

2007年5月13日日曜日

【抗がん剤治療 入院第3日】

今日はガン病棟も休日モード。
嵐の前の静けさ・・という感じで穏やかな1日が過ぎる。

医師の先生方もお休みのようで姿が見えない。当直の看護士さんが定例のチェックに訪れるのみ。

それにどの病室もお見舞い客で賑わっている。病室や、ロビーのあちこちでたくさんの集団ができている。それぞれにドラマがあるのだろう。

私のところも横浜の娘の家族が来てくれた。私の場合、治療が治療だし、入院が短期間なので、親戚にも誰にも知らせていない。

娘一家は来週の休日は多分副作用で苦しんでいる最中だろうということで、今日来てくれた。初孫も10ヶ月、見るたびに赤ちゃんからかわいい子供に変わる。孫の成長は掛値なしでかわいいもの、孫の顔を見せることで苦しい治療との戦いに勇気を与えようという娘の配慮かもしれない。

2007年5月12日土曜日

【抗がん剤治療 入院第2日】

今日から15日の点滴までは体温を計ったりすること以外はやることは何もない。パソコンを持ってきてよかった。それに読みたい本も、音楽も持ち込んでいるので、退屈することはなさそうだ。

この病院は病気が病気ということなのか大部屋というのがない。個室(差額ベッド代1日10,500円、31,500円の2種類がある)か、二人部屋(差額ベッド代はなし)のどちらかを選ぶ。

前2回の入院は個室を選んだ。個室はひとりなので、誰にも気を遣うことはなくて一見よさそうだが、話し相手がいないというのも孤独感で寂しくなる。二人部屋で楽しそうに話をしているのを見てうらやましく思ったものだ。人間って本当に贅沢なもの。そんな体験から今回は二人部屋とした。

同室のKさん、偶然同じ歳で、元サラリーマンだったので共通の話題があって話も合う。今日はゆっくりと会話をした。とても性格も良さそうな人でよかった。滅多にないことだろうが、同室の人がうるさい人だったり、怖い人だったりすると困るだろう。

Kさん、もう1ヶ月も入院しているという。肺のガンからリンパ転移をしているという。肺がんの種類等の詳細は会話の中に出なかったが、放射線治療と抗がん剤の組み合わせなので長期入院になっているようだ。抗がん剤も2クール目だという割には元気そうで、がん患者には見えない。

抗がん剤治療をして大分たつが、顔色もよく元気そうだ。「抗がん剤といっても、そんなに大変なことはないですよ」と言ってくれた。これからその治療を予定していて不安をもっている者にとっては、こういう言葉には勇気付けられる。

2007年5月11日金曜日

【抗がん剤治療 入院第1日】

本日入院日
●13:30 入院受付 種々書類提出。 手首に患者IDを印字されたリストバンドをされる。患者取り違えの対策か?医療ミスを防ぐためならばやむを得ない。
●14:30 入院中の治療方針説明 1コース3~4週間、1コース目は1週間入院して、副作用を確認。今回の入院は1コースに当たる。今日入院して、14日まで種々検査して薬剤を決める(基本的にはカルボプラチン+パクリタキセルを予定)。15日に1回目の点滴を行う(約5時間)

2コース施行後にCTまたはPETで効果を確認。効果が認められれば、3、4コースを施行する。
 抗がん剤は如何に恐ろしいかの説明。現れるかもしれない最悪の副作用を説明。場合によっては抗がん剤治療の副作用で死に至ることが1%あるそうだ。

説明に登場した副作用の種類:嘔吐、アレルギー反応、血圧低下、呼吸困難、倦怠感、骨髄抑制(白血球低下、貧血、血小板低下)手足のしびれ、脱毛、肝機能障害、腎機能障害、心機能障害)
こんな副作用に見舞われたら、退院時はヨレヨレに?生きて戻れないと説明を聞きながら思わず下を向く。それでも、効果を願うなら相応のリスクを覚悟がいるのが、今の抗がん剤治療。

想定される効果は約3割の人が腫瘍が半分以下に。続いて3割の人が現状維持。4割は効果なし。
思っていたより効果の数字は高かった。確か3年前、イレッサ服用前の説明では抗がん剤の奏功率は10%と聞いたが。あれは薬剤単体の場合の効果だったのだろうか?

怖い説明の後、どんなことがあっても依存はありません・・という治療同意書を家内ともども署名・捺印 させられた。

●16:00 エックス線撮影
●    血液採取
●その他 24時間の尿はすべて容器に保管
●病院での生活
・テレビ 各ベッドに液晶+アーム方式のテレビがあるが、放送はカード方式で有料。モニターとして館内案内、食事の特別メニューの注文、自分の血液検査の結果などを見ることができる。
・パソコン持ち込み(申請が必要・・セキュリテイチェック)各病室、各ベッド毎にLAN端子あり。申請すればLANケーブルを貸与してくれる(無料)。前回の入院時は退屈との戦いだった。パソコンが使えることを知ったので、今回はノートパソコンを持ち込んだ。
・テレビ、パソコンは各階共通フロアで自由に使えるものもある。

2007年5月10日木曜日

tamyのつぶやきトップページのリニューアル

今月イレッサ治療を卒業して、抗癌剤治療へと次のステップへ進む。現在入院予約をして、空きを待っている。心理状態は今までの曇から小雨へといったところ。最近はがんセンターも混雑して、入院の待機者が随分いるようだ。

tamyのつぶやきのトップページも今までと項目を変えなければならないので、この際模様替えをした。

主な変更点

初めてご訪問の方へ
長期間の間にサイト全体が膨大になって、雑然としたので、初めての人には分かりにくいと思われるので、サイトの趣旨、管理人(tamy)の病歴を簡単に紹介。

闘病記・抗癌剤治療を加えた。
但し、内容はこれから治療を行うので、項目は作ったが、しばらくはブログのほうへ記録する。

GoogleAdsenseの広告を加えた。
これは広告だが、サイトの内容に合わせた広告が自動的に割り振られるので、訪問者にとって具体的で役立つ情報が多い。それぞれをクリックすることで、詳細を見ることができる。

「花のある生活」トップページにお花畑を作った。
サラリーマン時代のKさんは私の会社の先輩、現役時代は徹夜でよく遊んだ仲だが、写真はプロ並みの腕前。退職後もずーっと、毎月定期的に自分で撮影した写真を使って、メールで「歳時記」を送ってくれている。いつも季節の花の色彩の美しさに見とれてしまう。本人の了解を戴いて、その写真をこのページに使わせて戴くことにした。
月に何度か新しい花と変える予定である。


これを書いている途中でがんセンターより電話があり。入院予約をしていたが、空きができたので明日来院されたいとのこと。明日より2週間の予定で、入院となる。

2007年5月7日月曜日

かもめ食堂

ゴールデンウィークには東京に住む娘がお正月以来、5ヶ月ぶりに帰省した。

映画好きの娘は早速近所のツタヤでDVDを借りてきた。そのうちの1本「かもめ食堂」は私も観たかった映画。

昨年3月シネスイッチ銀座で初めて公開されて大評判、連日長蛇の列になってその興行記録で話題になった映画。その後各地のミニシアター系で公開され、雑誌の映画評を読んで、観たいと思っていたが、残念なことに当地では公開されなかった映画。DVDながら我が家のホームシアターでようやく観ることができた。

お話はフィンランドの首都・ヘルシンキを舞台に、食堂を営む日本人女性とヘルシンキの人々との交流を描いた映画。

「かもめ食堂」の店主・サチエには、抜群の演技センスを持つ小林聡美。きりっとした潔さとともに優しさを感じさせる主人公のところに、日本からの旅行者ミドリ(片桐はいり)が住み着く。そして3人目の住人・マサコ(もたいまさこ)も加わる。そしてこの3人の日本人に現地の人たちが加わり、町で起こるハプニングがからまる。「かもめ食堂」は日本での家庭料理おにぎりやシナモンロール、焼き魚、フライ等々を出すお店。遠巻きにして、一人も客のいない日から、満席になるラストシーンまでの出来事を淡々と描く。

不思議な映画、たいした事件もない。恋もなければ、アクションもない、お色気もなければ、スリルもサスペンスない。

でも、何気ない日常を淡々と描いただけなのに、不思議に見終わるとその優しい空気に癒される。見終わったあと、心地よい爽やかさに満たされる。同時に無性におにぎりやシナモンロールが食べたくなってしまうのは、お腹がすいているからだけではなさそうだ。

2007年5月4日金曜日

マルチカロチンはガン予防および促進抑制によいようだ その2

マルチカロチンについて情報(4/27)と書籍(4/29)を紹介した。

私がこの情報に強い関心を持つようになったのは、親戚の中で長年苦しんでいる肝臓疾患の方が病院の治療以外にもマルチカロチンはじめ種々のことを試して、最近随分改善したという情報を聞いてからである。 どの方法がどれだけ効果を表したかは明確ではないが、書籍に書かれたことと合致することから、私はマルチカロチンの効果の可能性をいちばん感じた。

私も元々マルチカロチンの情報にはふれていたので関心があったが、身近に効果を上げた(であろう)人を知ったことでその関心が倍加した。薬ではないので、誰にでも即効的に効くと思うほど単純に考えているわけではないが、本を読んでみると肺がんに対しても予防と抑制に効果があるとあり、可能性を感じるのである。

私がこのマルチカロチンに関心を持っている主な内容は、

薬品ではなくて、天然食材から作った栄養補助食品(サプリメント)であること。言い換えると食事時にトマトやかぼちゃ、ほうれん草等をを多く摂るのと同じであること。薬ではないのであまり副作用などは考えなくてよいこと。

価格が安いので、気軽に試せること。薬品、特に抗がん剤などと比較にならないほど安い。 

市販のものは安いものから高いものまで種々あるが、自分の病気に合わせて(「マルチカロチンがガンを抑制する」の中に出てくる、カロチノイドのうちのどの成分がどの病気に良いか)成分的に自分の病気に合うのはどの製品かを調べて、いちばん合うと思われるものを求めるのがよいと思う。

自分は肺がんなのでα-カロチンの成分の多いものを選んで早速注文をした。

この2年間イレッサを服用しながら、同時服用を禁じられているもの(例えばグレープフルーツ、香草等)以外であれば、サプリメントは今までもいろいろ試している。抗酸化作用や老化防止にα-リポ酸、ヒアルロン酸、コラーゲンその他ビタミン剤等々、これからはその中でもマルチカロチンが主役になりそうだ。サプリメントは健康補助食品なので、その効果は目に見えないのが欠点だが、役に立っていると信じることも大切だろう。

半分はガンに効いてくれと祈りながら、また半分はあまり過度な期待を持ちすぎない・・・長い目で試してみるつもりである。

参考:比較表

2007年5月2日水曜日

検診(臨時) 2007年7回目

【イレッサ 488錠目(隔日服用)】

今日は月2007年6回目の検診(臨時)。

〔呼吸器内科の診察〕
・先週4/25行ったPET検診の結果説明。
直近3回分(2006/6/27、2007/2/22、2007/4/25)のPETの結果の比較。
 2004年8月から開始したイレッサの効果か、再発当初から変動しなかったガンの映像が(6/27以降)やや濃くなってきている、つまり薬剤耐性(効かなくなった)と判断される。5月1日服用分(最初から488錠目)にてイレッサを中断するこにと決定。

・今後の方針 
 私の場合は再発当初【①肺腺がんである②遺伝子変異がある③タバコを吸わない】の3点で、イレッサに対する適正があるという理由でイレッサ服用による治療を行った。従って通常行う化学療法(抗がん剤治療)をまだ未実施なので、原点に戻ってそちらを試みる。試してみて効果がない可能性も考えられるが、それからイレッサに戻ることもあり得る。

・抗がん剤は【プラチナ製剤+その他の抗がん剤】の組み合わせになるが、その内容は入院後各種検査をして、適正をみて決定する。

・入院時期 通常4週間を1クールとする。そのうち最初の1週間を入院。但し、1クール目は検査があるので2週間の入院とする。その後の予定は中間での効果を見ながら決定する。

〔皮膚科検診〕
・皮膚疾患の状況 先々週よりほぼ全身に(かゆみの強い)湿疹が出ていたが、やや治まりつつある。これはイレッサ服用前から1年に1~2度(期間10日~2週間位)現れる症状。季節的な何か(花粉?)に反応するアレルギー現象のようだ。イレッさとの関連性は不明。 (身体のぬり薬)ヒルドイドソフト+デルモベート 塗り薬混合 (頭皮用)メサデルム (飲み薬)タリオン錠、1日2回、飲み薬セレスタミン錠1日3回、タリオン(胃保護薬)をプラスする。

次回の定期検診は3週間後5月23日(水) 但し、本日入院予約をして、ベッドの空きができたら入院、その場合は定期検診はなくなる。

2007年5月1日火曜日

カプセル内視鏡の時代が来る?

「小腸用カプセル内視鏡が5月末にも発売」(tamyのつぶやき「情報スクラップ」参照)というニュースに目が止まった。前から将来の治療方法としての紹介はテレビ番組で見たことはあったが、いよいよ現実のものとして発売されるという話だ。

私もサラリーマン現役時代は、毎年の人間ドックで、十二指腸のポリープ確認のために、10年以上内視鏡を受けた。最初の頃は内視鏡を呑み込むのに緊張したが、年々慣れによって緊張感はなくなってはきたものの、やはり苦しいものだった。その苦しさも技師の技量によってずいぶん差があった。特に喉から内視鏡を呑み込むときが苦しい。

看護婦さんは「ウドンと同じような太さなので怖がることはありませんよ」というが、こんな苦しいウドンなど経験がない。同僚などは同じ内視鏡を受けたのに、喉が拒否反応を起こして、吐き気でなかなか呑み込めない。何回も何回も試したが、ダメでその日はあきらめたことがあった。

今では患者の苦痛を取り除く方法は年々進歩しているようだ。事前に麻酔をして、眠っている間にするようにしたり、鼻から内視鏡を入れる方法があるらしい。鼻なら喉よりは吐き気を感じないだけ楽かもしれない。それでも、麻酔の危険があったり、鼻から入れる方法だって組織の一部を傷つけたりする危険はあるかもしれない。人間はぜいたくなもので、改善されればされたで、その上を望む。

そこで、カプセルを呑み込んでそこに組み込まれたカメラで内容を確認する方法なら、患者にとってはこんな楽なことはない。それに安全性についてもずいぶん改善される。

まだ緒に就いたばかりなので、詳しいことは知らないが、技術的にも経済的にもいろいろな問題はあるのだろう。技術というものは一歩実現に踏み出せば、問題は次々解決されるので、そう遠くない将来に誰でも使えるようになるのだろう。

ずいぶん前に見た「ミクロ決死圏」という映画を思い出した。脳に疾患を持った要人を助けるため、人間を乗せたカプセルを縮小させて、体内に入って治療をするというSFだったが、何かそんなことが実現に向かって一歩進んだような気がしてワクワクする。

2007年4月29日日曜日

「なぜマルチカロチンがガンを抑制するのか」要約

4月26日に購入したを読んでみたので、以下にごく簡単に要約を紹介したい。

スペースの関係でここではごく簡単にしか紹介できない。それぞれ知りたいことが違うと思われるので詳しく知りたい方は本をお読みいただきたい。

135頁の小冊子なので、割合早く読むことができた。医学書にありがちな難しい専門用語や難解な言い回しはなく、非常に分かりやすく解説されているので、早く理解することができた。


書籍名:「なぜマルチカロチンがガンを抑制するのか」

著者:京都府立医科大学分子生化学教授・西野輔翼氏とメリーランド大学・元米国農務省・理学博士のフレデリック・カチック氏の共著

出版社:メタモル出版

価格:1,260円

【以下その要約】

第1章 緑黄色野菜・果物はカロチノイドの宝庫

 緑黄色野菜や果物がガンや心血管疾患などのリスクを下げる。

第2章 マルチカロチンとは何か

 人間の身体の中の血液には18種類(天然に存在するものは600種類以上が発見されている)のカルチノイドが存在するが、天然源のもので商業的に入手できる5種のカロチノイド(ルテイン、ゼアキサンチン、リコピン、α-カロチン、β-カロチン)をバランスよくミックスして製造したものをマルチカロチンと呼ぶ。

第3章 マルチカロチンで予防できる病気

 心臓病、眼病、ガンの予防・抑制効果

第4章 カロチノイドによるガンの予防 α-カロチン(肺、皮膚がん)、β-カロチン(すい臓がん)ルテイン(大腸がん)、ゼアキサンチン(皮膚がん)、リコピン(肝臓、前立腺、乳腺、膀胱がん)、

がん予防には1次予防(ガンにならないようにする)と2次予防(すでにできたガンによって死なないようにする)があるが、マルチカロチンはそのどちらにも効果をあらわす。単独のカルチノイドによる臨床実験は欧米で相当以前からいくつも行われているが、多くのカロチノイドはがん予防及び抑制に効果的であったが、その中で1980年代に何万人もが参加したフィンランド・アメリカの臨床試験ではβーカロチンの投与によって肺がんの発生率が上昇するという結果が1例だけ出て、その後のマルチノイドの研究全体に水を差す結果となった。

このように1種類のカルチノイドのみを過剰摂取する(喫煙者に限る)ことは危険性を伴うことがあるかもしれない。しかし、全身の各臓器の発ガンを予防する目的でマルチカロチンという数種のカルチノイドをバランスよくサプリメントとして摂取するのであれば、賢い利用法であり、安全性が高くなるというメリットがあると考えられる。

↓詳しい情報

2007年4月28日土曜日

今年のプロ野球は面白い

今期のプロ野球はスタートして1ヶ月がたつ。

日本のプロ野球は今年は巨人に元気があるので、野球全体が活性化している。

私はへそ曲がりだから、長いことアンチ巨人である。いつも強い巨人をやっつける球団を応援する。ということはいつも見るのは巨人戦ばかりだから、裏返しの巨人ファンということになる。

アンチ巨人といっても、巨人が負けてばかりだと面白みがない。だから、巨人に元気がないとプロ野球そのものに興味がなくなってしまう。野球ファンの中では巨人ファンとアンチ巨人ファンが圧倒的に多いから、ここ何年かのテレビでプロ野球の視聴率の低下もやはり巨人に元気がないことが最大の原因だ。
今年は中日の強さを中心に巨人、阪神が3つ巴で最後まで面白くて目を離せなくなりそうだ。

それに今年の大リーグは日本人の層が厚くなって、見る楽しみが倍加した。
今日は朝からレッドソックス-ヤンキース戦、続いてマリナースーロイヤルズ戦豪華な組み合わせの放送だ。

この2試合で、松井、松坂、岡島、イチロー、城島が登場。海外のスポーツとは思えない親しみを感じる。どちらを応援したらよいのか分からない。
井口、大塚、斉藤、田口も大活躍しているが、放送ではなかなか見られなくてちょっと残念だ。

レッドソックス-ヤンキース戦は巨人ー阪神戦をさらにスケールを一回り大きくしたような試合だけに目が離せない。

松坂はバックの活躍で3勝目をもらったが、もうひとつ頼りない。松坂はスロースターター、試合の中では後半に、シーズンでも尻上がりに良くなっていくタイプだからこれからを期待しよう。松坂も調子が良いとバタバタと三振を取るところが痛快に気持よく見られるが、フォアボールを出しだして、塁にランナーが貯まるとヒヤヒヤして心臓によくない。大リーグは打撃の破壊力が半端ではないので、ピッチャーは大変だ。
これで井川の調子がもう少しよければ言うことはないのだが。

今年は日本も大リーグも面白いので見るのが忙しい。今日は朝8:00から見始めて、14:00まで見てしまった。朝は大リーグのナイター、夜は日本のプロ野球、これからは野球漬けになりそうだ。

2007年4月27日金曜日

マルチカロチンはガン抑制によい?

先日、横浜に住む私の娘から「複合カルチノイドが肺がんにも良さそうだよ」という連絡が入った。以前からマルチカロチンという名前をよく聞く。どうやら同じものを指しているようだ。何回かに分けて、下記の情報を送ってくれた。その話を聞いて、「薬ではなくて、食品なのにガンや生活習慣病によいというのは本当だろうか」という気持ちではあったが、強い関心は持っていた。いくつもの情報を読んでいくうちに、何か本当に利きそうな気がしてくるから不思議だ。

カロチノイドは肺がんのリスクをかなり減らす。
http://www.taishitsu.or.jp/prevent/prev-6a.html
ニンジンやトマトが肺ガンを防止
http://www.melma.com/backnumber_35950_71879/
カロチノイドは肝細胞ガンの発症率を下げるhttp://homepage3.nifty.com/ksmansaku/site1/zatsuji_20021108.html
カロチノイドの効力および可能性
http://www.univite.co.jp/book1/page88.htm
複合カルチノイドの入手方法【京都府立医科大学分子生化学教授・西野教授のメールアドレス、fax番号もあります】
http://www.nhk.or.jp/heart-net/support/board/00026/00026_2851.html

マルチカロチンはα-カロチンやβーカロチンなど数種類のカロチノイドを複合したもの。ひとつひとつは緑黄色野菜や果物に含まれるもの。薬ではなく、健康補助食品と考えたほうがよい。なぜ生活習慣病やガンなどに良いかというと、その抗酸化作用に秘密があるようだ。

元々、ガンや生活習慣病は体内の活性酸素が悪さをして、ストレスなどで免疫作用が落ちた時に発病するというように見る専門家が多い。酸素はOが2個くっついてO2(オーツー)という形だが、そのひとつが欠けたものが活性酸素。原因はタバコや排気ガス、発がん物質等々によって発生する。活性酸素は周囲の酸素を取り入れて普通の酸素になろうとするが、そのとき身体に対していろいろな悪さをするようだ。抗酸化作用のある食品はこの活性酸素を消す作用がある。マルチカロチンはこの抗酸化作用を持つ優良な補助食品ということらしい。

娘は上記情報を送ってくれると同時に「なぜマルチカロチンがガンを抑制するのか」という本を紹介してくれた。そういえば私のサイト【tamyのつぶやき】のトップページに掲載しているアマゾンの欄にも時々登場している(本の種類は売り行きに応じてアマゾン側が自動的に入れ替える)。売れ行きがよいということは、がん患者あるいはその家族に関心が強いのだろう。

この本はいわゆるバイブル本とはまったく違う。京都府立医科大学分子生化学教授・西野輔翼氏とメリーランド大学・元米国農務省・理学博士のフレデリック・カチック氏の共著で一流大学の教授が長期間にわたってご自身の研究室で行った実験の結果を元にしているもので信頼性が高い。

さっそく、アマゾンで注文したら今日その本が届いたので、読み終わったらその概要をこのブログでも紹介したい。

2007年4月25日水曜日

定期健診 2007年6回目

【イレッサ 485錠目(隔日服用)】

今日は月2007年6回目の定期検診。

〔呼吸器内科の診察〕
・血液検査(イレッサ服作用の肝臓数値のチェック、その他)
・X線撮影  X線撮影の結果は異常なし。血液検査の結果も異常なし。 
イレッサ服用は従来と同じに隔日で続ける。

〔皮膚科検診〕
・皮膚疾患の状況 先週よりほぼ全身に(かゆみの強い)湿疹が出ている。 イレッサ服用前から1年に1~2度(期間10日~2週間位)現れる症状。季節的な何か(花粉?)に反応するアレルギー現象のようだ。イレッさとの関連性は不明。 
(身体のぬり薬)ヒルドイドソフト+デルモベート 塗り薬混合 (頭皮用)メサデルム (飲み薬)タリオン錠、1日2回 今日から左記に加えて飲み薬セレスタミン錠1日3回をプラスする。

〔PET検診〕午後1:30~3:00
次回の定期検診は1週間後5月2日(水) 
今日行ったPET検診の結果を見て、今後の診療方針を決める。

2007年4月22日日曜日

麻疹(はしか)の流行

「<はしか>東京、埼玉など中心に大流行の兆し 感染力強く」(情報スクラップ参照)という記事が目についた。麻疹(はしか)に関する他のニュースを見ていたら、創価大と創価女子短大で72人が集団発生したというニュースもある。これから連休に向けて人の動きがあるのでさらに広がることが予想されるとして、関係官公庁では緊急情報を出して注意を呼びかけているようだ。

インフルエンザが下火になったと思ったら、次は麻疹の流行だという。しかも麻疹は子供の病気だと思っていた。麻疹は、ウイルスの感染によって起こる小児期の代表的な感染症の1つではあるが、大人がかかることも多いというから警戒が必要のようだ。

麻疹は感染力が強く、患者とすれ違っただけで感染することもあるというから注意が必要だ。

私など、このような流行性の病気の場合は子供時代に皆予防接種をしているかと思ったらどうもそうでもないらしい。子供の場合、わが国の1歳児の麻疹ワクチン接種率は約50%と極めて低く、患者のほとんどが予防接種をしていない児童だという。しかも我が国の麻疹による死亡例は厚生労働省の統計によると、数千人の死亡者が出ていた50年前と比較するとその減少は著しいが、現在でもなお数十名の死亡例があって、年齢的には0~4 歳児が大半を占めるという。

アメリカではワクチンの徹底により土着の麻疹はほとんどいなくなったが、日本人などの外国人(名指しされてるらしい)からの感染が問題になっているようだ。どうもこの分野では日本は後進国の扱いらしい。改善が必要のようだ。

以前、この病気は大人がかかるケースはまれと考えられてきた。ところが最近、冒頭の創価大学の例のように成人患者の報告例が増えているという。麻疹は大人がかかると重症化することが多いようだから、どうも軽く見るのは禁物のようだ。

「はしかになったら身体を暖めろ」といわれた時代があったが、どうもこれは迷信らしい。熱が続くときにはクーリングすることが正しいようだ。

どちらにしても怪しいと思ったら、早めに専門医に診せて、家族や人に感染させないことが肝心のようだ。

2007年4月20日金曜日

ラジウム温泉、ラドン温泉の謎

ひと頃白骨温泉に続き伊香保温泉、水上、四万、那須と『温泉偽装』報道が相次いだ。その騒ぎを受けて、改正温泉法が成立、成分の定期分析が義務付けられたtamyのつぶやき「情報スクラップ参照」
温泉に書いてある表示に偽りがあるのはまずいだろう。正直に書いたらよいのだ。沸かし湯だってそのとおり書けばよい。もともと温泉に来る人は温泉の成分にあまり関心がないか、表示を信じていない人の方が多いのではないだろうか?

私の近所にラジウム温泉で有名な山梨県の増富温泉に1週間ほど行ったらガンが治ったという人がいる。「あなたもぜひ行きなさいよ」と薦められた。そこは全国からいろいろな病人が集まり、予約を取る のが大変のようだ。

同様に秋田県の玉川温泉、鳥取県の三朝温泉等もラジウム温泉で有名。その客足に目をつけ、岩盤浴など今や全国いたるところで入ることができる。

このラジウム温泉とか、ラドン温泉・・・これも温泉の成分と同じで、私など疑り深いせいかその効能をとても信じることができない。

大体ラジウムとかラドンは放射性物質。放射性物質で身体によいものがあるのだろうか?原子爆弾、原発の事故、中性子爆弾等々でガンになったという話はよく聞くが、弱ければガンを治すのだろうか?あるいは温泉で出る放射性物質は種類や強さなど特別のものなのだろうか?もっともランクが違う強さの放射線でガン組織をやっつける放射線治療もあるが。

もし、ラジウムとかラドンがある程度強いのなら、そこに勤務していたり、近辺の人は原発に勤務して いるようなもので、いつも被爆していて危険ではないのだろうか?また、少量だから無害だというなら ば、治療の効果だってなさそうだし・・・。

病気か何かに効いた人はいるかもしれないが、それはプラセボ効果(効くと信じる薬は偽薬でも効く) のような気がしてならない。もっともプラセボ効果だって、効能といえないこともないが。

そうはいっても私は温泉は大好きで、温泉は病気には大変よい効果をもたらすと信じている。それは通常と違う非日常のなかでご馳走を食べ、ゆったりとする、そういう環境でゆったりと温泉に浸かることで十分に血液循環がはかられることで免疫作用が最大限に働くという効果はあるだろう。

2007年4月18日水曜日

禁煙は警告より自覚を!

新聞によると、「財務省の調査によると2005年7月からタバコの外箱への健康への警告を大きくしても、喫煙をやめた人は1割にとどまり、6割の人が喫煙量を減らしてもいなかったことが分かった」という(情報スクラップ参照)。

「禁煙ほどやさしいものはない・・・その証拠に私など何回もした」という小話がある。私が20代の頃、男性は10人のうち9人はタバコを吸った。会議の席は黙っていても灰皿が各席の前に置かれた。それが今は10人のうち4~5人といったところだろうか。灰皿はひとつも置かれない。時代は変わった。吸う人は肩身の狭い思いをすることが多いようだ。

今吸っている人もやめたほうがよいと自覚している人が多いようだ。でも、タバコの外箱に脅し文句を入れるような「北風政策」はなかなか功を奏しないだろう。本人が本心からその気にならなければならないと思う。自分の場合はどうだったろう・・・と考えてみた。

私の場合はタバコをやめたのがほぼ15年ほど前になるが、割合単純な動機で、NHKのドキュメンタリー放送の映像を見たことだった。実験でマウスに一定期間タバコの煙を吸わせた肺と、普通の肺を比較した映像を見て強烈な印象を受けた。タバコの煙を吸った肺は一面にタールとニコチンとで真っ黒だった。

考えてみれば、よく我が家の壁や天井を大掃除したときタール分なのか、ニコチンなのか雑巾にべっとりと黒いものが付いたのを思い出した。広い部屋でさえそうなのだから、比較にならないくらい小さい自分の肺に1日何十本ももの濃い煙を供給すれば、テレビで見たマウスの肺など比べ物にならないくらいに真っ黒になっているのだろう・・・と想像したとき、とてもタバコを吸う気にはなれなくなった。

吸いかけのタバコも捨ててそのまま禁煙に入った。禁断症状はあった。でも、考えてみれば禁断症状といっても「いらいらする」とか「落ち着かない」という程度で、麻薬のように(経験はないが)苦しいとか、痛いとか、幻覚を見るというようなひどいものではない。少し意志を強くして、タバコがうまいと思ういくつかのシーンを乗り切れれば、禁煙はそのまま続く。そのいくつかのシーンとは私の場合は【起床時、食後、会議中、宴席、ゴルフの後、風呂上り等々だった】毎日のことも、1週間、一ヶ月に一度のこともあるが、それらのシーンを一通り乗り切ることだ。

私の場合、タバコを15年前に辞めたにもかかわらず肺がんという最悪の病気に冒された。今健康でタバコを吸っている人も、今やめれば病気にならずにすむという人は多いはずだ。タバコを吸って良いことなど思いつかないばかりでなく、ガンとはいわずあらゆる病気につながる確率が何倍にも跳ね上がるのだから、1日も早く辞めるべきだという選択肢しかない。今の日本は自由だし、豊かだ。タバコをやめるという選択肢も本人が決めるしかないといえそうだ。

2007年4月15日日曜日

高額療養費は入院時期によって変わる?

4月4日に「高額療養費の現物給付化」を書いたところ、健康保険の分かる人から「間違ってはいないけど、数字が古いよ」と指摘をされた。2006年10月から式の数字が改正(改悪?)されていて、私の使った数字はその前のものだという。

私が入院した当時調べた3年前の数字は変わっていたのである。4日のダイアリー中の数字はその後すぐに修正した。

どういうふうに変わったかというと、式の中の赤い数字が以前より大きな数に変わった。具体的には実例に上げたケースの医療費がかかったとすると①上位所得者の場合で約10,000円、②一般の場合で約7,500円患者負担限度額(自己負担)が増える。いい換えると、高額療養費の戻りが少なくなる。

高額療養費の話が出たついでに、私が入院したときに高額療養費について「」と思ったことがあった。健康保険のことを分かる人なら当然のことだが、意外と知らない人が多いようだ。

突然ですがここで問題です。下のAさんとBさんの2つのケースで高額療養費は同じ?またはどれだけの差になるでしょうか?
入院期間が20日間の次の2つのケースの場合 (入院中の治療内容はまったく同じとします)

Aさん 3月10日入院、同月29日退院(入院20日間)医療費534,000円(自己負担30%160,200円)だった場合。
Bさん 3月20日入院、4月8日退院(入院20日間)医療費はAさんと違って2ヶ月に分かれるが、合計金額はAさんと同じ(自己負担3月80,100円、4月80,100円)だった場合。

答えはAさんは高額療養費により77,430円の戻り。Bさんは戻り金はありません。

支払う金額は同じなのに、なぜ戻る金額が違うかというと、健康保険の計算は1ヶ月単位で計算し、毎月末で締めて月ごとに清算するからです。Aさんは3月末に締め切ると全額が1ヶ月の中に入るので、高額療養費の患者負担限度額以上の払いになるのに対して、一方Bさんは3月分と4月分に分かれて、それぞれが患者負担限度額の範囲内に入ってしまうので、高額療養費の対象になりません。

つまり、入院時期によって高額療養費が大きく変わることがあるということ。通常は入院時期は患者の病状や、病院のベッドの空き具合で決まるので自分で選ぶことはできない。でも、入院を急ぐ必要がなくて、患者が入院時期をいくつか選択できるような場合はできるだけ月をまたがずに同じ月内に入れるか、または月をまたぐ場合でも片方を長くなるようにした方が高額療養費の上では有利になる。

入院時期を費用の点で選ぶというのは躊躇するところだろうが、上の例のように1回の入院で77,430円も違うんだったら、このことを頭の片隅においておいた方がよい。退院後に夫婦でちょっと贅沢な温泉旅行に行ける額になることがあるんだから・・・。

ついでに高額療養費を計算するときの注意点
(1)暦ごとの計算(月の1日から月末まで) であること。
(2)医療機関ごと(診療科ごと)に別計算。
(3)同じ医療機関でも医科と歯科は別計算。
(4)同じ医療機関でも入院と通院は別計算。
(5)保険診療の対象とならないものは除く(差額ベッド代や入院中の食事代等) 。

2007年4月13日金曜日

ますます面白くなった大リーグ

今年は大リーグも日本のプロ野球も面白い。

昨日はイチロー対松坂を楽しく見た。結果はご存知の通り、松坂もイチローもやや期待はずれで「共倒れ」の感があったが、まあこれが現実だろう。

松坂のデビュー戦が午前3:00だったのに対して、昨日は朝8.00という時間帯だったので、「毎日が日曜日」の私にとっては最高の時間だった。(現役の皆さんごめんなさい)
野茂がドジャーズで大活躍した頃は日本人が外人の選手を三振に取る楽しみだったが、今や大リーグの舞台で日本人同志の対戦を見られるというのは隔世の感がある。ただ、何ごとも大はしゃぎする日本のマスコミは同じ日本人としてやや恥ずかしい。

日本での大騒ぎ振りがアメリカのニュースネタになっているようだが、もう少し抑えてやせ我慢するのも大人の態度としては必要なように思うが。

テレビに登場する野球関係者は日本人が大リーグへ行くことに益々警戒感を強くしているようだ。日本の野球界が大リーグのマイナー化することに恐れを抱いているのだろう。しかし、現実にはブレーキをかけられない。能力のある選手だって人間だ。単純に収入が1~2億円より50億とか100億円の方が良いに決まっている。選手生命は短いのだから、その間に夢を実現したいだろう。

大リーグといったって、今やアメリカ人だけではない。中南米や、ヨーロッパ、オーストラリア、アジアの選手がたくさん活躍している。
野球関係者は大リーグと日本のプロ野球に線を引きたいのは分かるが、ファンは単に「面白い野球」を見たい。

ファンだって日本のプロ野球も見たいし、大リーグでの日本人の活躍も見たい。やがては国の障壁はなくなって、日本も大リーグの一部に組み込まれて、本当の意味でのワールドシリーズになる日は来るだろう。

2007年4月12日木曜日

インフルエンザがようやく下火

今年のインフルエンザはまだまだ猛威をふるっているようだ。例年よりスタートが遅かったせいか、終息も遅いのだろうか?4月になってようやく下火になり始めたというが、まだまだ油断はできない。

今年は「タミフル」による副作用がずいぶん話題になった。厚労省が4日、明らかにした128例(6年間)のうち、最多は10代の57人で、10歳未満も43人。自宅の2階から飛び降りたり外に走り出そうとしたほか、ドアを拳で叩き壊したり、テレビの画面を蹴り割ったりするケースもあった。これらは製薬会社から先月20日までに報告された内容を分析した結果だが、一部報道によると、厚労省には製薬会社から報告が相次ぎ、ほかにも69人いるという。

ある一定の年令の人だけが異常行動を起こすというのは不思議な話だ。数少ない特効薬だけに、親としてはお子さんがインフルエンザにかかったとき、どうしていいか分からないだろう。病気で命を落とすのは困るが、その特効薬の副作用で命を落とすのはその無念さにプラスアルファの複雑なものがあるだろう。将来のある子供たちを病気から守るのは医療の義務だし、早い原因の究明が待たれる。

私もイレッサを服用しているので、風邪や熱には必要以上に神経質になる。インフルエンザは怖いので予防接種も早めに打った。でも通常その効果は3~4ヶ月なので、とっくにその効果は切れているだろう。

なので、最近は街に出かけるのは控えている。昔からの習性か、特に目的はなくても繁華街を歩きたくなる。あと1ヶ月ほどは家の周囲の散歩だけでガマンをするつもりだ。

2007年4月9日月曜日

桜散る


昨日の日曜日は好天にも恵まれたので、日本全国お花見で賑わっただろう。

私も午後、投票しながら足を伸ばして(今年何度目かの)お花見を楽しんだ。

桜散る・・等というと縁起でもないが、私にとっての今年の桜は気がついたら最盛期は過ぎていた。


近くの国道一号線に沿いの散歩道には何千本という桜がある。例年今頃には大変によいお花見の場所となる。毎年4月の始めに満開になるので、近くにある江戸時代からの名刹である禅寺の松隠寺が主催してさくら祭りが開催される。

日頃は散歩姿のお年寄りしかいないこの道にちょうちんが下げられ昼も夜も出店が出て賑わう。


今年の開花はいつもより10日くらい早い満開だったが、生憎の強風と雨に見舞われた。従って肝心の白隠祭りでは葉桜となり、花吹雪となり、花びらのじゅうたんという有様であった。


それでも、いつもは来ない子供たちにとっては「花よりダンゴ」、出店が大変な売り上げを示したらしい。焼きそばや、お好み焼き、チョコばなな、じゃがバター等々おなじみの出店の数々で賑わった。
私なんかから見るとどの食品も、味はもうひとつの上に値段も高くて、不衛生・・とても口にする気はしないが、子供たちににとっては特別なようだ。


そういえば自分も子供の頃は縁日やお祭りの出店は特別な存在だった。


2007年4月6日金曜日

高額療養費の現物給付化

私の情報スクラップに掲載した読売新聞の「高額療養費の現物給付化」というニュースは少しうれしい。入院すると想像以上に大きな金額を支払う。支払いが高額になると、高額療養費制度という制度があっていくらかは戻るということは聞いているが、さあそれはいくらなのか?手続きは?いつ戻るの?となかなか複雑で分かりにくいという人が殆ど。

そこで、私は実際に自分で支払いを経験しているので、ここでつたない解説をしたい。「分かっているよ」という方は読み飛ばしてください。

高額療養費の前に、まずタイトルの現物給付とは?保険給付には現物給付と現金給付という2種類の給付の形がある。治療や介護などの医療サービスは「現物」で支給されるので現物給付という。医療給付の大部分はこの現物給付。それに対して「出産手当金」や「傷病手当金」や「埋葬金」など補償金として、現金を支給される形もあり、それを現金給付という。「高額療養費」も従来は申請して支払いを受けるので現金給付だった。

それが4月から他の医療費と同じ現物給付になるという変更である。

次になかなか分かりにくい高額療養費の説明。病気やけがで入院して高額な医療費がかかった場合、一定額を超えると公的保険で戻してくれる。これが高額療養費と呼ばれる制度で、申請をして支払った月の2~3ヵ月後に返還される。その金額は以前は定額65,600円以上は戻っていたが、法改正で収入別に3ランクが設けられ、金額が違うという複雑なものになった。

私が2003年に受けた最初の肺がん手術は27日間入院して、医療費は1,489,000円、本人支払い額は(30%)447,000円だった。この金額を例にして高額療養費を説明する。(なお、保険の計算はすべて月末締めで1ヶ月毎に行う。ここでは分かりやすいように一括で支払ったものとして説明する)

【高額療養費の計算式】収入によって3ランクに分けられる。計算結果の金額以上支払った分が戻る。 
①上位所得者(月収が56万円以上の人)→150,000円+(医療費-500,000円)×1% ・・159,890円 
②一般(月収56万円未満の人)    → 80,100円+(医療費-267,000円)×1%・・ 92,320円
③低所得者(住民税非課税の人)  →35,400円 (定額) ・・・・・35,400円
医療費のところにかかった医療費を入力する(医療費は医療費総額であって個人負担分ではない)赤い数字の部分は定額。右隅の緑色の金額は私の実例の医療費1,489,000円として計算した結果の金額。緑の数字の金額までは自己負担、それ以上が返戻される。

【返戻金】 医療機関への支払金額が上記例の447,000円だったとして、
①に該当する人の場合なら 447,000円-159,890円=287,110円が戻る。②に該当する人の場合なら 447,000円- 92,320円=354,680円が戻る。 ③に該当する人は 447,000円- 35,400円=411,600円が戻る。
[計算式の数値は2006年10月に改正されました]

さて、今回の改正点・・患者が自分が上記①~③のどの区分に該当するかを証明する「限度額適用認定証」を社会保険事務所や市町村窓口で取得し、原則として支払い前に医療機関に提出すれば、以前のように30%分を一度支払って、後から高額療養費を申請して戻してもらうという手続きをする必要がなく、医療機関で計算してくれるので戻るべき金額を差し引いた金額を払えばよい。

2007年4月4日水曜日

定期検診 2007年5回目

【イレッサ 474錠目(隔日服用)】

今日は月2007年5回目の定期検診。

〔呼吸器内科の診察〕・血液検査(イレッサ服作用の肝臓数値のチェック、その他)・X線撮影 X線撮影の結果は異常なし。血液検査の結果も異常なし。 イレッサ服用は従来と同じに隔日で続ける。

〔皮膚科検診〕・皮膚疾患の状況 全身にかゆみがある。(前回と状況は変わらない) (身体のぬり薬)ヒルドイドソフト+デルモベート 塗り薬混合 (頭皮用)メサデルム (飲み薬)タリオン錠、1日2回

次回の定期検診は3週間後4月25日(水) 午前中定期検診 午後PET撮影
今日の定期診察はイレッサの副作用についての診察であったが、レントゲン撮影では前回と変化はなかった。つまりイレッサの副作用への変化はなかった。

前回の診察では先日行ったPET撮影の結果、影がやや濃く写っていたが、そのことへの対処は4月25日にPET撮影を行い、その結果を見て翌週の5月2日(水)に次の方針を決める。

2007年4月1日日曜日

ヤマカンって山本勘助のこと?

今日から4月、日曜日はNHKの大河ドラマ「風林火山」の放送日。最近は放送時間も6時(NHKハイビジョン)、8時(NHK)、10時(NHK衛星第二)の3回あるし、見逃したら翌週の土曜日に再放送・・と至れりつくせりなので助かる。

新年から始まったこの大河ドラマ、先週からようやく原作本(井上靖『風林火山』)の最初の部分に入った。1年間という長丁場、脚本家もお話を足すのに苦労されているようだ。

山本勘助は実在の人物であることは間違いないようだが、江戸時代の『甲陽軍鑑』を元に江戸時代の軍談の作者による創作であるという説が有力なようだ。また近年の研究では実際は武田軍の伝令将校だったという説もある。

各地に残る家伝や伝承は江戸時代になって武田信玄の軍師として名高くなった勘助にちなんだ後世の作り物である可能性が高いと考えるのが主流のようだ。

当て推量なことをヤマカンというが、山本勘助を略したという説(大言海、辞海)があるところをみると、その出自が怪しいのか、人物が怪しげだったのかは間違いないようだ。

それはそれとして・・・現在の歴史物は事実と違うことは普通のこと。大抵はそんなものだろう。はるか昔の歴史に登場する人物に思いを馳せながら、あれこれ想像を働かせながら毎週楽しみに見ている。
山本勘助は本来足が悪く、片目で異相という伝承なので、内野聖陽はややきれい過ぎる印象だが、あまりひどい風体ではドラマとして成り立たないのだろう。NHKの時代劇『蝉しぐれ』での牧文四郎の新鮮な若侍役とはガラッと変った印象であり、全く印象の違う二つの役を無難にこなすところはさすがに文学座の俳優だ。

それと若き日の武田信玄役の市川亀治郎も好印象。信玄のイメージは髭面の豪傑タイプだが、このイメージは後世に作り上げられたものだろうから、亀次郎の信玄は新鮮なイメージだし、歌舞伎で鍛えた重厚感はこの若き日の大物の登場人物にふさわしい。

歴史にレバタラは禁物だが、武田信玄が病気で倒れなければ、家康や信長を倒していた可能性も十分あるわけだから、日本の歴史は大きく変わっていただろう。今の日本の首都は東京ではなくて、甲府だったかも・・・。