2007年11月27日火曜日

続・三丁目の夕日

見ました「ALWAYS 続・三丁目の夕日」。

続編は公開前から大変な評判のようなので、封切から時期をずらしたり、「レディースデー」をはずしたり(混むので)して、昨日ようやく見ることができた。映画は期待しすぎると、大体は期待はずれということが多いが、この映画についていえば期待通りの出来だったと思う。

この映画の魅力の第一は「ノスタルジー」。製作者の狙いもそこにあり、観客の多くもそれを期待している。その点は大満足、文句の付けようがない。この映画の舞台は昭和34年(48年前)で、私は当時堀北真希演ずる六ちゃんとほぼ同じ年代だった。東京の下町に住んでいたので、駄菓子や板張りの住居等々街の風景や、子供の自転車三角乗り、ベーゴマ遊び、まだ上部に首都高速がない日本橋、街を走る都電、トヨペットクラウン、ミゼット、できたての東京タワー、プロペラ機DC-6が離発着する旧羽田空港、混雑する浅草の映画館街、満員の映画館で見る「嵐を呼ぶ男」等々映画に登場する画面のひとつひとつが正に私の体験そのもので、タイムスリップした気分だった。

だが、古いものを再現するだけなら、黒澤作品や小津作品をDVDで見ればよいのだが、この映画の良さは当時の情景を鮮鋭なカラー映像とサラウンド音響で再現したところに意味があるのだろう。古い映画とは臨場感が違うのだ。それも50年前とは格段の進歩をとげた映画製作技術のおかげだ。最近のVFX技術はどんな世界でも観客がまるでその場にいるようにリアルに映像化してしまう魔法の技術だ。映画の冒頭には夕日町三丁目を破壊するゴジラまで登場させるサービスが付いている。

魅力の第二はこれでもかとたっぷり盛り込まれた「人情」だろう。従業員である六子を2階に同居させ、親戚の子を預かり、まるで家族同様のように扱う鈴木オート家、自分が食えるかどうか分からないほどの貧乏でも、他人の子淳之介を手放さない茶川。今の時代でもこのように人の子供を預かるだろうか?いろいろな理由をつけて、預からない家庭が多いだろう。養護施設の林立や赤ちゃんポストの出現が現代を物語っている。

「貧しさ→助けあい→人情」は相関関係がある。私も子供時代は平凡なサラリーマンの家庭だったので、子供時代は貧乏だった。学校の友達の家庭も皆同じだった。当時の日本は一部の大金持ちと大部分の貧乏人だった。助け合いは貧乏人が生きていくための「生活の知恵」だった。
高度成長時代以降は大部分の貧乏人は中流階級に昇格した。と同時に上記のような関係性は崩れ、助けあいと人情がどこかへ飛んでしまった。

年配者も若い人も、今では希薄になってしまった人情の温かみとそのすばらしさをこの映画で感じる。

サウンドトラックのメロディ、これは前作と同じだが、これがとても良い。時にピアノで、時にオーケストラで、ちょっと悲しい画面にこのメロディがかぶさるとそれだけで目頭が熱くなってくる。映画での音楽の役割は実に大きい。
エンドロールのバックに流れるBump Of Chicken の「花の名」、初めて聞いたが、物語の雰囲気とマッチしている。詩も歌も秀逸で最後まで聞き入ってしまった。

映画館を出るとき、団塊の世代とおぼしき人々も若い人達も皆ほのぼのとした満足げな表情をしているように見えた。

●予告編です
●Bump Of Chicken の「花の名」

2 件のコメント:

きんや さんのコメント...

僕は封切の日にかみさんと観ました。

劇場の臨場感は溜まりません。

当時4歳でしかも田舎にいたので
歴史でしか安保前年の1959年を知りません。

みんな一生懸命、健気に生きていた
いい時代でしたね。
そんな時代に青春を過ごされたTamyさんが
羨ましくもあります。

tamy さんのコメント...

きんやさん
あの頃がよかったからといって、「あの頃に戻りたいか?」といわれると、答えは「NO」です。
あの貧しい頃があって、今の豊かさを知ったので、これを失うことはできません。

今の生活と人情豊かな社会の両立ってできないものなのでしょうか?

最近のニュースは親族間の殺人ばかりで、本当に気が滅入りますね。社会の何かが壊れつつあることは確かなようです。