2008年12月30日火曜日

年末のごあいさつ

今年も年末を迎えた。

月日の経過を速く感じるのは日頃多忙に過ごす場合だけかと思ったら、私のように自宅での闘病中でも速く感じる。どうもその感覚は忙しさではなく、年令によるもののようだ。

10歳から20歳までの10年と、40歳から50歳までの同じ10年間では同じ時間なのに後の方が半分以下に感じたものだ。50代、60代も40代に劣らず益々速く感じる。

ところで2008年の漢字は「変」と決まった。
政治の面では日本の首相の交代、アメリカの次期大統領の「change」。経済の面では世界的な金融情勢の変動。株価暴落や円高ドル安などの大幅変動。生活では食の安全性に対する意識の変化。物価の上昇による生活の変化。環境では世界的規模の気候異変による、地球温暖化問題の深刻化。地震やゲリラ豪雨などの天変地異・・・。

どの面から見ても今年の変化は大きかった。将来、折にふれターニングポイントとして取り上げられるような年だったのだろう。

自宅療養中の身には新聞やテレビでその荒波を見るだけで、直接波をかぶってはいないが、来年はその波はもっと広範囲に広がってすぐ近くまで迫るか、しぶきをかぶるような危惧を感じざるを得ない。

「変」は「変わる」の変だけでなく、「変える」の変もある。個人にできることは小さいが、政治や経済、環境など個人の参加で可能なこともあるので、良い方向への変化を念じながら強い関心を持ち続けて、自分にできる範囲で参加しなければいけないのだろう。

私の病状も、サイトを見てくださる皆さんあるいは親族の方々の病状も、ともに良い方向へ「チェンジ」することを願いたいものである。


皆さん、今年はこのブログにアクセス戴き、まことにありがとうございました。周囲の環境悪化に負けないで一歩一歩良い方向への前進をするよう努めましょう。

どうぞ良いお年をお迎えください。

2008年12月27日土曜日

電気式の「足湯」

ここのところ暖かい日が続いたが、今朝は格別寒かった。これから本格的な冬に向かうのだろう。

私の住む地域は駿河湾沿いのため、比較的温暖な気候に恵まれている。当地の義務教育の学校には暖房がない。子供は寒さに強いからそれで我慢ができるようだが、大人になるとそうはいかない。一応暖房はするのだが、寒冷地と違って中途半端なので、かえって寒さを感じてしまう。

昭和世代の私の家ではもっぱらコタツが暖房の主役だ。今時のエアコンは進歩しているようだし、床暖房なども普及しているようだが、私の場合はずーっとコタツで足を暖めるやり方を通している。

というのも「頭寒足熱」が好きなことによる。40年以上前の受験勉強の頃から、部屋全体を暖めると眠くなるので、頭は冷やして身体を厚着して足だけ暖めるという暖房スタイルがいちばん自分に合っていたこともあって、昔からコタツを愛用している。

居間ではコタツだが、自分がいつもパソコンに向かう部屋はエアコンしかないので身体は温まるのだが、どうしても足が冷える。

昨年までは足温器を使っていた。ところがこれは足の裏だけしか暖かくならないので、もうひとつしっくりこない。ネット上でいろいろ探したら、電気式の「足湯」というのがあった。自分は低体温で低血圧なのでこれは健康にも良いと考え、早速購入してみた。

下の写真のようなものだが、これがなかなかの優れもの。中国製と聞いて家内は反対したが、口に入れるものではないのであまり問題にはならないだろうということで購入を強行した。

早速使ってみたところ、なかなか良い。膝から下の全体が暖かくなるので、正に足湯に浸かっている状態になる。足が暖まると全身まで温かくなるのでエアコンは必要ない。

安全性については1時間のタイマーが付いていて、1時間たつと自動的にスイッチが切れるのでつけ忘れなどの危険はない。タイマーが切れたらまたタイマーを回転させてセットすればよいのだが、強弱をいちばん弱にしても全身が熱くなるのでしばらく消したままにしている。

私の場合血液循環が悪い方なので、この足湯は健康面でも有効な気がする。この冬欠かせない道具となりそうだ。


↑ 私の購入した商品。
同じ製品でも価格はショップによって様々(1万円弱から2万円強まで価格差は1万円ぐらいあるようです)。

2008年12月23日火曜日

年賀状の宛名

歳末の作業に年賀状書きがある。最近はパソコンのおかげで作成には以前よりずいぶん時間が短縮できるようになった。先週末から準備を始めて昨夜書き終わり、今日郵便局へ投函してきた。

年賀状の住所を見ていて例年感じることがある。それは市町村合併などのせいだろうか、おしゃれな地名に変わる所が結構ある。そのために昔からの伝統のある地名が消えていくのが何とも寂しい。

本来、日本の地名は地域の歴史や風土等の特徴が表れているものが多い。例えば私の住む地域にも江戸時代から残る地名が多い。西町、東町などずいぶん簡単につけたものもあるし、三本松、一本松等これも簡単ではあるが広重の浮世絵に出てきそうな江戸時代の風景が想像できるような地名もある。といってもその松は今は残っていない。

桃里という地名がある。駿河湾沿いの温暖な地域なので、以前は桃畑が広がっていたらしい。その名前を聞くだけでいかにも温暖で住み易そうな土地柄が想像できるし、実際にその通りの地域である。

また浮島という地名もある。ここは今はないが以前には浮島沼という沼があって、周辺も含めて水が多くて軟弱地盤の土地だったようだ。稲田も水が深くて腰まで水に浸かって田植えをし、大きな台風が来ると稲と田んぼが一緒にどこかへ流れてしまうという話が伝わっている。

この地域にも高度成長期にはご他聞にもれず多くの田が埋め立てられて多くの住宅地が出現した。

そんな軟弱地盤なので、時間がたつと地盤がひどく沈下する。周辺の道路もでこぼこだ。歴史を知る地元の人はこの辺の土地を宅地としては誰も買わないのだが、歴史を知らない遠くの人が家を建てて地盤沈下に悩み、修復に大変な金額がかかったり、他所へ引っ越したりする人が後を絶たない。

これなども地名を見て想像を働かせば、少し調べることですぐ分かることなのだが・・・。

全国一律「朝日が丘」「ひばりが丘」のようなきれいな名前になるよりも、古いままの地名を残す方が何かと便利だと思う。

2008年12月20日土曜日

「ファイトケミカル」コメント再掲

10月29日の記事「ファイトケミカルが白血球の救世主?」 にホワイトマムさんから最近書き込みがあった。

この病気は私をはじめ骨髄抑制に悩む方が実に多い。それに対して白血球や好中球を増加させる対策はなかなかない。ファイトケミカルにつても公的に承認されたものではないが、その理論を読むと「もしかしたら・・」と思わせる部分がある。
実は私もブログ記事を書いて以降、家内にこのスープを作ってもらって(ワラにすがる思いで)ほぼ毎日飲用している。

その効果は?定期検診の通り、効果が全くないのか、あるいはもっと悪くなるところをその効果によってこの程度で抑えているのか、何とも立証のしようがないのだが、ある程度は永く飲んでみようと思っている。

元々白血球の測定値のバラツキは正常の時でも尋常でないほど大きく振れる。だから何かの効果を判断しようとしてもなかなか難しい。

ファイトケミカルに関する情報はこちら


書き込み場所が1ヶ月以上以前の場所なので、殆どの方が気付かないと思われるのでここで下記に再掲したい。

(以下原文のまま)
ホワイトマム さんは書きました...
こんにちは、ファイトケミカルにとても興味があるので、このブログを読んで、コメントを書かせていただきます。
私は、くだんのファイトケミカルスープをほぼ毎日、2年間飲んでおります。もうお試しになったかと思いますが、このスープを飲むと、体が中から温まり、体の細胞のレベルで、良いものが供給されているように感じます。
ただ、毎日作って感じるのは、作る材料によってスープの味も、そして体に対する力も違うなーと言うことです。香りの良い、野菜の甘みたっぷりのスープを作るのには、太陽の光をいっぱい浴びた健康な野菜を選び、じっくりと煮込むと良いと思います。
そして、出来たら一日2,3回、空腹時に飲むと良いそうです。
前立腺癌になった父には、会いに行くたびに作って、一回分ずつに分けて冷凍保存して飲んでもらっています。
もし良かったら、しばらく続けてみて下さい。きっとtamy さんのお体の助けになると思います。
2年間続けていますが、体調が良くなった以外に悪い副作用はないです。
スープを飲んで、お体お大事になさって下さい。

2008年12月18日木曜日

定期検診

昨日は12月になって2回目の検診日だった。治験薬服用は今日で56日目になる。

ここのところずーっと穏やかな好天が続いていたが、昨日に限って朝から雨天で寒い1日だった。最近は感染予防を恐れてもっぱら自宅謹慎状態、久しぶりに外出という日が選りによって最悪の天気なのは日頃の行いが悪いのかもしれない。

そうはいっても、病院は車で30分走るだけで、傘をさすのは駐車場から病院までの僅かな距離だけなので実際はそれほど困ることでもない。

検診は治験の予定に従って採血、続いて14:00より主治医の先生の検診があった。

・採血の結果
白血球 4,420、好中球 1,401(31.7%)

前回との比較では、白血球は許容範囲の下限を超え正常値となり、好中球は率で下がったが、絶対数でほぼ同じということで概ね改善されたと見ることができる。ただウィルス等の感染等に対する注意が必要なことは変わらない。
 
肝臓の数値はじめ、好中球以外の項目はすべて許容範囲内であった。
この結果から治験薬の服用を継続する。

副作用については相変わらず表面に現れるものは何もない。56日といえばほぼ2ヶ月、副作用のない生活は実にありがたい。薬の効果の方は前回も書いたが、来年1月5日に行われるCT撮影の結果を待つことになる。

2008年12月15日月曜日

empty nestに久しぶりの活気

ずいぶんとブログの更新が滞ってしまった。

それというのは、先週1週間、娘が孫と一緒に里帰りしていて、パソコンを開く機会が減ったことによる。孫は2歳半になって元気一杯。家中を飛び回り、ベッドでジャンプして何でも遊びの対象とする。ジィジも一人前の遊び友達になる。言葉のキャッチボールもできるようになり、かわいさは格段と増している。

娘がいる間は地元の友達が子連れで訪れたり、近辺へ出かけたり毎日が賑やかで華やいだ雰囲気になる。土日にはそこにもうひとりの娘も帰省して久しぶりに家族が勢ぞろいした。

前にも書いたが、我が家はここ何年か老夫婦だけのいわゆるempty nest(空の巣)になってから大分経つ。

第4回世帯動態調査(国立社会保障・人口問題研究所)によると、5年前(前調査時)に「夫婦+子」だった世帯から、今回「夫婦のみ」(エンプティ・ネスト)という世帯に移行した率は約10%、60歳代の親(世帯主)では20%を超えるとされている。日本全国このようなempty nestが増殖しているのだろう。

そもそも、子供というのは成長して就職、結婚などで親元から巣立つのが正常なのだが、それが嫌なら「子どもが巣立たなければいい」のかも知れないが、反面「ニート」「パラサイト」等になるのも困る。自活しての同居ならよいのだろうが、極端な場合は親としての心痛はさらに深刻なのだろう。それならempty nestの方がまだましかもしれない。

少子化と核家族が普通になった今の日本では昔のような大家族は稀有になったが、せめて比較的近くに住んで、時折お互い行き来できる関係がベターな生き方かもしれない。

2008年12月5日金曜日

インフルエンザ予防接種

12月3日、がんセンターで定期検診の際、ついでにインフルエンザの予防接種を打ってもらった。

ここ何年か、インフルエンザの予防接種を毎年受けている。昨年まではその効力の有効期限のことまでは考えずに早めに打っていた。毎年受けていると予防接種についての知恵もついてきて、より効果的に打つことを考えるようになった。

インフルエンザワクチンの効力は他のワクチンに比べて有効期限が大変短いので、流行時期にうまく合わせて打つ必要があるようだ。

ワクチンの効果は打って2週間位たつと現れ始め、1カ月後にピークに達する。その力は3カ月後まで保たれるが、その後次第に低下して5カ月後には3分の2ほどに下がってしまうという。

最近10年の統計では、インフルエンザは12月後半からぼつぼつ現れ始め、児童の3学期が始まる1月後半から急増して2月にピークを迎え、3月には下り坂となり、4月には落ち着くというのが例年のパターンだそうだ。

今年の流行は?(こちら)・・・国立感染症研究所の発表では患者数はこの時期としては過去10年の中で、昨年に次いで多く、例年より早い立ち上がりだという。地元のローカルニュースでも地元の小学校で静岡県でこの冬初めての学級閉鎖が出たというニュースを流していた。

今年は11月下旬に打つのがベストチョイスと考えていたのだが、少し遅れて定期検診のある12月3日となった。結果的にはこれでこの冬はまずまずインフルエンザに関しては安心していられるというものだ。

2008年12月3日水曜日

定期検診

治験薬を服用し始めて今日で42日目になる。今日は2週に一度の定期検診日だった。
治験の予定に従って採血を行った。
結果は
 白血球 3620、好中球 1,499(41.4%)

白血球、好中球とも許容範囲の下限より低かったが、過去3回と比べると若干良い結果だった。
白血球が低いこと自体は自覚症状がなく、自分では判断が付かない。免疫力が低下しているので、感染等に対する注意は十分に必要だ。当分は自宅でおとなしくしているしかないようだ。

白血球以外の項目は肝臓の数値はじめすべて許容範囲内であった。
この結果から治験薬の服用は今までどおり継続する。

この薬の副作用は毎回書く通りで、今日現在でも何も現れない。効き目があって、副作用がないのなら画期的な抗がん剤だ。ただ、治験段階なので服用する適正量も定まっていない。服用する量が少ないので副作用が出ないという可能性も否定できない。

従って気になるのがその効果だ。先日行った1回目のCTでは前回と比べて変化なしだったが、次回のCTが気になる。そのCT撮影は年が明けて1月5日に予定が入っている。

この薬の効果が認められて、永く継続できれば良いと思うのだが・・・。

2008年11月30日日曜日

六一◯ハップ

「六一◯ハップ」(ムトウハップと読む)・・懐かしい響きだ。何十年ぶりにこの名前を聞いただろう。

最近のニュースで「本格的入浴剤の製造中止 硫化水素自殺騒動の影響で」という記事の中に「六一◯ハップ」という入浴剤の製造が中止されていたということを知った。

若い人は殆どこの名前を知らないだろう。ムトウは社長の名前武藤から、ハップはハッピーから取ったらしい。

子供の頃、家ではこれを入浴剤として使っていて、風呂場の片隅に置かれたこの容器をよく目にしていた。たしか「バスクリン」などがまだなかったと思う。

ムトウハップは、硫黄や生石灰などを主成分としていて、硫黄が入っている入浴剤なので「家庭で温泉気分が味わえる」として人気だったように記憶している。

ニュース記事によると、今年1月ごろにインターネット上に、硫黄成分を含む入浴剤と洗剤を混ぜる硫化水素自殺の方法が紹介されて以降、状況が一変。自殺者のほか、巻き添えで死亡する家族も出るなど社会問題化し、日本チェーンドラッグストア協会が硫黄成分を含む入浴剤の販売自粛を加盟の小売店に要請。ムトウハップの返品が相次いだらしい。

販売自粛要請は7月には解除されたが、同社は「多くの店は解除を知らず、倒産などの誤ったうわさも流され、返品は止まらなかった」。こうしたことを受け、製造中止を決めたという。

同社は創業102年になる老舗企業だが、ムトウハップの販売だけを頼りに固い商売を続けてきたようだが、全く予期せぬ事態の巻き添えになるなんて、全く予断をぬるさぬ世の中になったものである。

2008年11月26日水曜日

こんなものいらない、静岡空港

「静岡空港(正式名称:富士山静岡空港)」の話題は県民以外は関心がないだろうが、ローカルニュースでは連日この話題が取り上げられている。最近全国ネットにもこの空港の話題がよく取り上げられるようになった。

というのは来年3月開港予定であったが、実にお粗末で信じられない理由で延期を余儀なくされているからである。

空港近隣にある伐採対象外の樹木が航空法の高さ制限に抵触する問題があることがごく最近2008年9月に判明したからである。それならその立ち木を切ればよいのにと思うのだが、それが反対派の地主の土地の中にあるから切ることができないのだ。

そして取ったお粗末対策が「その立ち木を避けるために暫定的に滑走路を短くする」というもの。そのためには1億1千万円の追加費用がかかり、かつ滑走路が短くなるためにその間自動操縦装置が使えず、手動で離発着をする。

その追加費用1億1千万円も県議会の多数派で強行に通してしまった。なおかつ開港が2009年7月まで開港が延期されるのだそうだ。3月開港で準備をしている空港内の業者も大変な被害を蒙るらしい。

総事業費は約1,900億円(そのうち約1,655億円が静岡県の支出)もかかる大事業、あらゆる調査は万全に行われているだろうというのが一般の常識。今になって立ち木が邪魔だから開港できない・・なんてお粗末過ぎて開いた口がふさがらない。

反対派だろうがなんだろうが、お役人の偉いさんが行って誠実に頭を下げれば済むと思うのだが、お役人にはどうも変な面子があるらしい。いっそのこと、かかった追加費用は県知事と担当のお役人が払うとなれば、なんとしても解決しようというように動くのだろうが・・・。昔なら切腹ものだ。

私自身は静岡県民だが静岡県は東西に長いので、その空港へ行くのも羽田空港へ行くのも大差ないので、まず生きているうちにその空港を使うことはない。

自分が使わなくても、お金を生きた使い方をするなら我慢もできるが、先々確実に赤字を生み出すだろうこの空港だけは大反対だ。

中央も地方もいつまでも箱物に頼り、一部利権のための政治はそろそろやめなければ、日本は益々沈んでしまう。

2008年11月20日木曜日

退院後初の定期検診

治験薬を服用し始めて今日で29日目となる。
今日はデータで治験を継続するか中止するかを決める大切な検診日である。

今までも書いたとおり、1ヶ月弱毎日2回服用しているこの薬、全く拍子抜けするほど副作用が現れない。過去イレッサ、点滴の抗がん剤2種、タルセバいずれも程度の差はあるものの副作用にはかなり悩まされた。その感覚からすると副作用のないのは結構なことだが、肝心の効果もないのではないかと疑いを持つようになる。その反面、永く続けるならこの薬は最高な薬であることは疑う余地がない。

治験の予定通り、本日採血、採尿、心電図の測定を行い、その後主治医の先生の検診があった。

・採血に関して・・白血球 2,990、好中球 1,049
相変わらず許容範囲の下限より低かったが、治験を中止するレベルよりは上だったようだ。数値は過去2回とほぼ同じレベル。日常生活に大きな支障はないが、細菌感染等に十分注意する。
肝臓の数値はじめ、白血球以外の項目はすべて許容範囲内であった

・採尿、心電図は異常なし。
・17日のCTの結果 2ヶ月前(今年9月22日)のCT画像と比較した結果は細部まですべて全く変化なし。改善されていることがベストだが、変化のないのもベターな結果。

総合的に判断して、治験薬の服用を今後も継続する。これからの検診は2週間に1度となる。

ガンさえ現状維持が保てるなら、副作用が殆ど現れないこの薬を継続することが望ましい。ただ気懸りは白血球・好中球の減少である。これが副作用かどうかははっきりしないが、低値安定をしているというのは副作用である可能性が大きいのだろう。さらに数値が下がれば中断または中止も考えられるので、数値を下げないことが最大の懸案となる。

2008年11月17日月曜日

奇跡のリンゴ

先日ご近所さんからリンゴを戴いた。

小さいときには母の実家の長野県で育った時期があって、リンゴはなじみの深い果物だ。最近のリンゴはどれも蜜が豊富で甘いものばかり。子供の頃は酸味の強いリンゴも結構あったが、今はどの品種もおいしくなっている。

リンゴといえば、青森で無農薬のリンゴを作っている木村秋則さんのことを書いた「奇跡のリンゴ」(石川拓治著:幻冬舎)という本が話題になっている。木村さんが無農薬でリンゴを作った奮闘記ということから、それほどの期待をしなかったが、読後は石の中に玉を見つけたようなお得な気分を感じる本だ。

リンゴ農家の常識では無農薬・無肥料でリンゴを作ることは、絶対に無理とされ、「不可能ということが常識」であったのだそうだ。

だからその道ではよく勉強した人は、それをほとんど疑いもせず、ばかげた挑戦をする人もほとんどいなかったという。

若いころは東京でサラリーマンをしていた木村さんが、リンゴ農家の跡継ぎのために帰郷後、奥さんが農薬アレルギーであったこともあって、その「絶対不可能の常識」に挑戦することとなる。

現実の収入難の苦しみ、周囲からバカと罵られ、無理解の孤独感に堪え、壮絶な艱難と辛苦に耐え抜いて、ついにその奇跡のリンゴを作るのだが、そのときどきの思いは読む人を引き込まずにはおかない。

何度失敗してもあきらめずについに成し遂げた「不屈の信念」と、「地道さ」、「謙虚さ」はあらゆる分野の人にも参考になる。

その木村さんの多くの言葉が珠玉のように詰まった本だが、「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。 周りの自然の中で生かされている生き物なわけだ。 人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、 自分独りで生きていると思っている」という言葉はとても含蓄が深い。

他者とのかかわりの中で生きている・・・どんな仕事をしている人も、どんな環境の人も、万人がもういちどこのことを考え直せば違う道が見えてくるのかもしれない。

2008年11月14日金曜日

検査入院

11月12日から3日間、予定されていた2泊3日の検査入院をして、今日退院した。
今日の検査入院の目的は治験薬を飲み始めて3週間目なので、血液中の薬成分のデータを提供することが目的である。

治験薬は飲み始めてから今日で23日目になる。

副作用は表面的に現れるものは何もない。今までの抗がん剤ではいずれも副作用でかなり悩まされたので、拍子抜けをするようだ。

まさかプラセボ(偽薬)では?と疑いたくなるほど何もない。ネットで調べると第Ⅰ~Ⅱ相の治験ではプラセボを使う方法はとらないようなので、副作用が何もないのは本当のようだ。

ただ、白血球は低値安定なので、これが副作用かもしれない。これについては先生は副作用とは断定していない。

白血球の数値改善は前に書いたようなファイトケミカルを飲む方法を試しているが、全く効果がないのか、効果があってこの数値なのか分からない。

副作用云々よりも、効果があるかどうかが最重要。その効果については来週の月曜日にCTを撮影し、水曜日の定期検診で説明がされることになっている。

2008年11月7日金曜日

東京水

毎日治験薬を服用しているが、今のところ副作用らしき現象は一切現われない。今までの抗がん剤に比べると拍子抜けのようだ。前回の検診でも白血球の減少があるのでこれが副作用かもしれないが、白血球は服用以前からも少なかったので副作用とも言い切れない。これで効果があれば万々歳だが・・・。18日にCTを撮るのでそれで薬の効果が分かる。「好事魔多し」、期待半分で結果を待とう。

薬は60mg入りのカプセル3つを午前10時と夜9時の2回飲む。最近は慣れたが、最初の頃はカプセルが結構大きくて、3つを一度に飲むと、喉につかえそうになる。

その際お世話になるのがコップ一杯の水。他の薬より余分に水を飲む。

若干話は変わるが、昨日、近所の家の前を通り過ぎた際、20リットル入りの大きな水のボトルとサーバーとおぼしき台のようなものを業者が運びこんでいた。

最近はこの辺のローカルのテレビでもよく「水商売」の宣伝が盛んで、飲料水を購入している家が増えているようだ。

このように水を買う前提は水道水がまずいという印象があるのだろう。確かに私もずーっとそういう印象をもっていた。でも最近の水道水にはカルキ臭がなくて実にうまくなっている。買った水と温度などの条件を同じにすれば見分けられないのではないだろうか。それもつい最近そのことをを認識した。

子供時代は東京で育ったので、水道水のまずさは身をもって経験している。

先日、ある週刊誌に内館牧子さんの「東京水」というタイトルのエッセイが掲載されていて、面白く読んだ。

東京水とは東京都水道局が東京の水道水をボトルに詰めて販売している水のことである(こちら)。どうも東京都庁などで販売されているらしい。
蛇口をひねれば出てくる水道水をボトルに詰めているだけの水である。500ミリリットル100円という価格は安いのか高いのか?

もちろんそれで商売をすることが目的ではない。殆どの東京在住の人たちが認知している「以前はいかに東京の水道水がまずかったか」ということを前提として、「今は東京の水道水がいかにおいしくなったか」をアッピールするためのパフォーマンスである。いわば一種の「シャレ」で話題を呼んでくれて、東京水道局が注目され、東京人も水道水を見直してくれれば目的が達せられるのだろう。

水道水の原水は地方によって異なるが、今は技術の進歩で多くのところで水道水がおいしくなっているのだろう。

これから確実に食糧難や水不足の時代がやってくる。水道水を見直すことにも意義があるのかもしれない。

2008年11月3日月曜日

とりあえず退院

10月30日から1日置いて、11月1日(土)に採血をした。

その結果、白血球 3,640、好中球 1,001と前回よりやや良い数字になった。

まだ許容範囲の下限には達しないので要注意であるが、3,000を越えていれば絶対安静というほどではなく、ウィルス感染等には十分注意して手洗い、うがいなどを励行すれば自宅での生活に支障はない・・・ということでその日に退院して自宅での服用を続けることになった。

白血球の数値はこの薬を服用する前にもあったし、服用後の2回の測定で1回目より、2回目の数値の方が良くなっていることから、服用している薬の副作用とはいいきれない。

それでも治験薬の副作用としての骨髄抑制が悪化する危険も否定できないので、十分注意しながらの継続となりそうだ。

とりあえず日常の生活はできるだけ外出は避けて、自宅でおとなしくしているしかなさそうだ。

2008年10月30日木曜日

退院延期

今日の朝一の採血の結果が良ければ退院の予定だった。
ところが、結果が良くなくて入院延長となった。

 白血球 3,230、好中球 835

思うようにいかないものだ。前々回(10月20日)の悪い結果に逆戻り。ただ、過去のデータに同様な数値はあったので、ばらつきの範囲なのか、薬の副作用なのか判断はつかないので、薬の服用は続ける。明らかに薬のせいで白血球、好中球が極端に下がれば治験の継続を断念する。

二者択一の2案。ひとつは今日予定通りの退院も可能。但しその場合はさらに白血球低下の際の感染に十分注意(万一に備え抗生剤を持参したり、緊急時には病院に連絡または通院する)。もうひとつは入院を延長する。二者択一だったが、入院延長をお願いした。

白血球は下がっても自覚症状がない。退院しても治験薬の服用は続けるので、さらに白血球が下がっても自分では分からないという不安がある。病院にいれば、仮に体内に異常が起きても安心はしていられる。

取り敢えず、退院については明後日に改めて採血してその結果で決めるという結論になった。

2008年10月29日水曜日

ファイトケミカルが白血球の救世主?

今日は入院して8日目、治験薬を飲み始めて7日目になる。
今までのところ表面に現れる副作用らしき現象は見られない。心配は白血球、好中球の減少だが、これは明日朝に予定されている採血で分かる。

明日の採血で異常がなければ退院する予定になっている。

今日、デイルームで同じ患者の人と談笑していて面白い情報を聞いた。肺がんⅢ期で抗がん剤治療をしている人だが、白血球が下がって今治療を中断しているという。「ある本を読んだところ、何種類かの野菜を煮出した煮汁を飲むことでガン患者の白血球が上がったるという実績があるらしい・・・自分も試そうと思っている」というもの。

その本の名前も、内容も曖昧なので探しようがないのだが、気になる情報なので、部屋に帰ってネットで検索をしたところ、「がん発生を抑え、免疫力を強化する知られざる植物パワー、ファイトケミカル。野菜や果物の強力な抗がん作用に注目!」という記事にヒットした。(こちら

この記事がその人の情報と同じかどうかは分からないが、記事を読んで見ると今まで聞かなかった内容なので何となく気になる。

この記事の中心はファイトケミカルという耳慣れない成分。これは野菜や果物の細胞内に含まれていて、抗がん作用があるという。

ファイトケミカルは硬い殻に囲まれているので野菜サラダ等では体内に摂取しにくく、煮出すことで摂取しやすくなる。筆者の高橋さんが提唱するファイトケミカルスープの作り方は簡単そのものだ。まずキャベツ、タマネギ、ニンジン、カボチャを煮出したスープを保存し、毎食時に飲用するというもの。

高橋さんがその効果を試すため、6人のがん患者に2週間、毎日、200ミリリットルずつ飲んでもらったところ、平均で白血球が143(±46)パーセント、好中球が170(±76)パーセント、単球数が163(±106)パーセント、リンパ球も125(±35)パーセントにまで増加していたという。

簡単すぎて「本当かいな」とも思うが、それでも白血球、好中球の減少に悩む自分としては、この情報は目の前にぶらさがる「わら」に見える。すぐにもすがりつきたくなる。それに試そうというのが野菜だから、薬にはならなくとも、少なくとも毒にはならない。

家内に話せば笑われそうだが、退院後には試して見ようと思っている。

2008年10月25日土曜日

百匹目の猿現象?

再入院してから始めての土曜日がきた。今日と明日は病院も医師の先生方も休みで、見舞い客が一気に増える。何となく休日ムードでのんびりした雰囲気になる。

治験薬の服用を始めて、今日で3日目になる。今のところ何も変化は現れない。今まで経験した抗がん剤の副作用は大体は1週間前後で現れることが多かったので来週の後半位から要注意だ。

それにしても、新聞やニュースを見ていて、今日この頃の世界恐慌前夜といった状況にはただただ不安になるばかりだ。円高は米ドルから始まって、ポンド、ユーロ、超優良といわれたスイスフランにまで広がっている。これから世界は、そして日本はどうなってしまうんだろう。米ドル中心のグローバル経済であることが、ただ連座しているだけの日本にもこんな大きな被害をもたらすというのは予想以上のことだ。その心理的背景には「百匹目の猿現象」も大いに影響しているのかもしれない。

大分以前「百匹目の猿」のお話がテレビなどでも取り上げられ、かなり有名になったことがあった。それはシェルドレイク(英ケンブリッジ大学の教授)の仮説と呼ばれていた。

「百匹目の猿」のお話とは以下のようなものだった。

宮崎県幸島に棲む猿達に餌付けをしていたところ、一匹の若いメス猿が泥だらけのサツマイモを川の水で洗って食べるようになった。

そして、それを見ていたその島に棲むほかの猿達もまねて、まさに「猿マネ」よろしく、サツマイモを川の水で洗って食べるようになる。

あるとき川の水が枯れてしまい、困った猿達は、こんどは海の水で洗って食べるようになった。海の水のしょっぱさがほどよかったのか、猿達は「海水でイモを洗うと美味しくなる」ことを発見したようで、一口かじってはまた海水にイモをつける、ということをし始めた。

ここまでであれば、ただの「群れでの学習」だが、この新たな猿のイモを海水で洗うという行為が、不思議なことに、幸島以外の海を隔てた他の島の猿達にも、まったく同じ時期に広まったのだそうである。

この話が事実かどうかについては疑問符も付くようだが、このように「ある行動、考えなどが、ある一定数を超えると、これが接触のない同類の仲間にも伝播する」という現象を「百匹目の猿現象」と呼んで、実際にこのような現象は時々見られるようだ。

連日のニュースを見ながら、そんな話を思い出していた。

2008年10月22日水曜日

1日おいて再入院

20日に好中球不足で退院となったが、その後1日置いて今日が最初の通院日だった。何のことはない、今日の採血で一発合格となった。こんなことなら20日は退院しなければ良かった・・・といってもそれは結果論、取り敢えず急遽入院して(入院の支度はしてくるようには言われていた)明日から治験をやることになった。

今日の血液検査の結果は  白血球5,450 好中球30.6%(1,668)
好中球の率には問題があるが、白血球数が増加したことで好中球の数は合格ラインの1,500を越すことができた。

早速、血液検査(さらに詳しい)の他にも尿検査、心電図、CT撮影が行われた。

前回の入院では白血球の低下で悩まされていた。担当の看護師さんと雑談した中で「白血球を増やすような食べ物とか、方法とかはない?」と聞いたことがあった。
良い答えはないことを承知した上での質問だったが、案の定これといった正解となる答えはなかったものの、その中にひとつだけ良いヒントがあった。

それは「採血の前に運動をすると、多少は上がる」というものだった。これは自分の勝手な想像だが、運動をすれば血流が促進される。そうすれば血液が手足の先まで勢いよく循環されることで、白血球の数値も多少上がることがあるのかもしれない。

入院中経験したことで定期的に血圧を計る際、歩いた後などに計ると血圧が高かった。そして朝の起きぬけなどに測定した時は血圧が低かった。どうも血圧と白血球数は因果関係があるような気がする。

20日の採血では白血球が下がっていた。通常は大体起きて1時間ほど過ぎた時に採血することが多いが、その日は起きてすぐに採血した。

そして今日の採血もその前に駐車場から階段を降りたり長い距離を歩いたりした後の採血だった。

これから白血球を上げたい時(多少であれば?)には採血の前に歩き回ったりすると良いのかもしれない。

2008年10月20日月曜日

残念な一時退院

今日は朝一番で治験に必要な血液中の白血球、好中球を調べるための採血が行われた。

採血から1時間ほどしたとき、主治医の先生が病室に見えた。
結果は下記の通り、前々回よりは良いものの、前回の数値よりは悪く残念ながら今回のデータは不合格ということになった。(合格は好中球が40%か1,500以上)
 白血球3,690 好中球34.2%(1,262)

原因は先生にも分からない。直近の2回はバラツキの範囲かもしれない。
このまま血液測定のためだけに入院していても仕方がない。今日はいったん退院して、通院で何度か採血して数値が合格ラインに達すればその日に入院しようということになった。

ということで、次は22日(水)に来院することになった。

白血球の数値は以前から低目ではあったものの、これほど低くはなかった。何度かの抗がん剤の副作用で結構過酷な骨髄抑制があったので、その影響が残っているものか、あるいは他の薬剤の影響があるのか、何ともいえないがこれからもどの抗がん剤をやっても白血球や好中球には頭を悩まされそうだ。

今回の治験も家内や娘達は残念がって慰めてくれるが、本人は意外とそれほど応えていない。というのも今度受ける治験薬も抗がん剤に変わりはない。その効果には期待があるが、その副作用にも期待と同じくらいの不安感を持っている。どちらに転んでも「運命」なのだろう。ただ、受けた結果で副作用で断念するならまだ諦めも付くが、受ける前から不合格というのは何となくスッキリしない。

治験薬も受けられる時間は限られるだろうが、これから何度かの採血の間には好中球が正常に戻ることに期待したい。

2008年10月16日木曜日

白血球やや改善

今日は雲ひとつない秋晴れで最高の天気だ。今回入院した部屋は前回と反対側の南向きの部屋なので朝日が燦燦と差込み、カーテンをしめないと暑いほどだ。

この病院では北向きの部屋は富士山が、南向きの部屋は駿河湾が見渡せる。先ほどまで穏やかな空気の中、しばらくぼんやりと駿河湾と沼津、三島の街を見下ろしていた。

さて、先日の血液検査で白血球と好中球が減少していたので予定通り治験の服用ができないでいたのだが、今日再度血液検査を行った。

9時半ごろ担当の先生が病室に見えて検査の結果を説明してくれた。
その結果白血球は4,000、好中球は33.7%だった。

服用薬をやめたことで、白血球が3,190から4,000に上がって正常範囲になった。
ただ、好中球がまだ40%になっていないので、治験の基準には達せず、すぐ服用はできない。

白血球の減少原因は他の薬(前立腺の薬)の副作用である可能性があるので、服用をしばらくやめれば数値が正常に戻る可能性がある(この薬を服用する前は正常だった)ので、月曜日に採血してその数値を見てその後どうするかを判断することになった。

一旦退院して通院で血液検査をする方法もあるので、どちらにするか聞かれたが、入退院の手続きも結構面倒なので、このまま病院にいて月曜日の採血の結果でどうするか決めることとした。

同じ治験薬を先行したアメリカの治験での副作用に「好中球減少」があるので、やや心配もあるが、それを恐れていては抗がん剤そのものを諦めることになるので、やれる所まで挑戦するつもりでいる。

なお、この薬を飲むようになるのか、中止になるかどうかは今の時点では不明だが、挑戦の記録を別項(tamyのつぶやきトップページ上段のメニューに「闘病記・治験」)に記しているので関心のある方はご覧ください(こちら)。

2008年10月14日火曜日

治験足踏み

10月8日に決まったように今日10時に治験のための入院をした。

この病院は5年前の外科手術から始まって、何種類かの抗がん剤の都度入院しているので何の緊張感もなく入院できる。病室は〔555号室〕とまるでフィーバーのような良い番号の病室だった。これは幸先が良い・・・と思ったが、そうでもなかった(後述)。

入院すると、いつもの通り身長体重測定や血液、尿、レントゲン撮影などのひと通りの測定が行われた。その他に今回は治験のための心電図測定が行われた。

予定通りならば入院翌日から治験薬服用が始まるのだが、午後先生が病室に見えて、午前中の検査の中に問題があったとの説明があった。

それは今回白血球の数値が減少していて、その数値から計算する好中球が基準値1,500に達していないという。この数値では明日からの治験薬の服用はできない。

そういえば私の白血球は元々低い方で、通常でも下限ぎりぎりの4,000の少し上のことが多いが、それでもここ何ヶ月か基準値を下回ったことはない。ところが今日測定した白血球は3,190と最近になく下がっている。

原因はよく分からない。飲み薬(前立腺関係の薬を飲んでいる)のせいか、風邪などのウィルスのせいか・・・。そういえばここのところ陽気が寒いせいか、昨日少々風邪気味だったので夜寝る前に市販の風邪薬を飲んだ。

一応処置としては今日から今まで飲んでいる飲み薬をやめて木曜日にもう一度血液検査をすることになった。その結果を見て白血球(好中球)が基準値を満たしたら治験薬の服用を開始する。それを満たせない場合は一旦退院をする。

白血球が戻らなければ治験薬の服用は諦めることもありうるかもしれない。治験に対する期待は半信半疑なので絶対的なものではないが、むしろ通常の状態での白血球の低下の方が厄介かもしれない。度重なる抗がん剤の副作用で身体のバランスが崩れた結果であればそちらの方が問題かもしれない。

2008年10月9日木曜日

定期検診 治験挑戦が決まる

昨日10月8日は定期検診だった。
がんセンターの駐車場は300台収容なので、何年か前まではいつ行ってもゆったりと停められたが、最近は午前中のピーク時はすぐ満車になってよく待たされる。そのために診察時間に遅刻したりすることがよく起きるせいか、駐車場を2階建てにすることになり、今月からその工事が始まった。

そのため今までの駐車場は半分のスペースになって、少し遅くなると近くの臨時駐車場へ回される。これが大変、なにしろ病院自体が東名高速道路のすぐ下の山岳地に建っているので、この臨時駐車場も裏の山の上にあり、距離が遠いだけでなく、階段を何段も登らなければならない。

下りはいいが、帰りはやっとの思いで臨時駐車場にたどり着いた。手術で右肺の一部を取っていて肺活量が減っているので、息が浅くなって以前より少しの運動で息苦しい思いをする。普段は全く意識することはないが、こんなときに肺を手術したことを自覚する。今は天候が良いので程よきトレーニングになるが、真冬や真夏、悪天候のときは少々応えるかも。

●血液検査 すべての項目が正常範囲内におさまっている。
●レントゲン撮影 前回の映像との比較では変化なし。

前回の定期検診のときに治験薬への挑戦を決めたが、次のグループに入るまでに何十日か待つ予定だったが、急遽10月14日入院で開始できるとの説明があった。今のグループの人の都合で空きができたのかもしれない。

治験の期間はほぼ1ヶ月で、その間毎日薬を飲み続ける。最初の1週間強入院して薬の効果と副作用をチェックする。その後は定期的に2~3日の入院が2回予定される。
副作用が強い場合はいつでも途中で中断できる。また効果があるという場合は希望によってその薬をその後も継続して飲み続けることができる。

「正と出るか邪と出るか」己の運を賭けてみることとする。

2008年10月2日木曜日

バナナ難民

タルセバをやめて、その成分が身体からすっかり抜けたせいか、最近すこぶる体調がよい。
がん患者が抗がん剤をやめたから体調がよいというのも皮肉な話だが、それだけ抗がん剤の副作用は強烈だという証拠だろう。次の服用まではがん細胞にはとにかくおとなしくしていてもらいたい。

昨日も家内と外食し、帰り際買物をしたいというので一緒にスーパーに寄った。ところが、毎日買っているバナナが売れ切れである。もう一軒別のスーパーに寄っても同じだ。どこのスーパーへ行ってもバナナ売り場の底が見えるというのは未だかつて経験がない。

私は大分前には朝食はバナナとヨーグルトと決めていた。メタボ対策で最近また始めようかと思ったが、ここのところ家内がそのバナナを手に入れるのに苦労しているようだ。正にバナナ難民だ。


原因はご存知のように「朝バナナダイエット」が大流行しているせいだ。この本は渡辺仁氏(31)が薬剤師の妻とともに朝食をバナナと水で済ませる「バナナダイエット」を考案、「ミクシイ」内で公開していた日記をもとに刊行したのだそうだ。
現在までに何と累計70万部を売り上げというからすごい。その後何回かテレビで取り上げたことで全国で大ブームを起こしたようだ。

この本は韓国や台湾でも出版され、韓国・ソウルでは、最大手書店で翻訳本がジャンル別売り上げの1位になるほどの評判というから、今やダイエットばやりは日本だけではないようだ。

バナナは輸入品だから、売れ行きが上がったからといって、急激に供給量を増やすというわけにはいかないのだろう。

そういえば納豆も寒天もかつてそんなことがあった。日本人は(自分も含めて)「これは良い」と聞くとすぐ飛びつくが、飽きるのも早い。1ヶ月も経てば、陳列棚にバナナが山盛りになることは間違いない。これでは次から次へダイエット本が売れるわけだ。

2008年9月27日土曜日

タルセバ副作用の肝臓障害

日経メディカルオンラインの2008年9月24日の記事「タルセバ服用患者が肝腎症候群および急激な肝不全で死亡 FDAが医療従事者に注意喚起」が目に付いた(記事はこちら)。

FDAというのは米食品医薬品局であるが、ここの発表では非小細胞肺癌治療薬のエルロチニブ(商品名タルセバ)の服用により、肝腎症候群(hepatorenal syndrome)および急激に進行した肝不全により死亡した患者がいたという。米国でエルロチニブを販売するジェネンテック社およびOSIファーマシューティカルズ社が、医療関係者向けに「important safety information」を配布したようだ。

この記事が目にとまったのは、私もつい先日タルセバの副作用による肝臓疾患で大変な目にあったからである。

私の場合、今年の6月12日からタルセバを飲み始め、35錠飲んだところで全身に出たあまりにひどい皮膚の副作用でダウン、休薬となった。休薬をして皮膚も治まりかかった2週間後に受けた定期検診で肝臓の数値が上昇した。GOT107(10~40)、GTP331(5~40)。( )内は許容値なので、かなり高かった。それまでの血液検査ではいずれも許容範囲内に収まっていた。

イレッサの時も同じような数値が出たことがあって2週間ほど休薬をしたことがあった。

タルセバをやめて、2週間もたって数値が上昇しているので、原因が良く分からない。そのとき服用していた皮膚科関係の薬等もすべてやめてさらに2週間たったころに数値がようやく元に戻ったので翌日からタルセバを再開した。

そしてそれからが大変だった。1週間後(タルセバ再開5錠目)の検査で受けた血液検査でGOT 640、GTP 1,025という通常では考えられない異常な数値になった。その場で緊急入院となったが、その後の経過はブログに書いたとおりである。

幸い私の場合はその後の入院治療で何ごともなく元に戻ったが、もちろん個人差はあるが、タルセバを飲まれている方は念のため注意したほうが良いようだ。注意書きなどにもあまり触れられていないので、日本でもタルセバの副作用として肝臓障害も重篤な副作用として注意喚起を呼びかけた方がよさそうだ。

2008年9月24日水曜日

定期検診

今日の定期検診は15日に行った治験薬の適性検査の結果、8日に行った骨シンチ、22日に行ったCTの結果、本日の採血、レントゲン撮影の結果の説明が行われた。

●骨シンチ 全身の骨への転移の確認。転移は全くない(従来通り右肺の中だけに限定)。

●CTの結果 前回7月16日に撮影した映像に比べると、2ヶ月強経過しているので、ガンの影はやや大きくなっている。

●血液検査 すべての項目が正常範囲内におさまっている。

●レントゲン撮影 前回の映像との比較では変化なし。

●治験薬の適性検査 治験の適性検査は適合。前回書いたように今回の治験人員3名枠の最後の1名には競合人員が3名いて、その1名には入れなかった。
但し、治験人員3名を1グループとして投与薬量を変えて何組かあるので次の3名(50日後スタート)には優先的に入ることができそうだ。

従って、ここで既成の抗がん剤(ドセタキセル、TS-1)をスタートするか、次の治験薬まで待つかを決めなければならない。既成の抗がん剤をスタートすると治験は権利を放棄することになる(治験薬はその前40日間は休薬が条件なので)。

既成の抗がん剤は効き目への期待値が低い(抗がん剤を重ねるごとに効き目は悪くなるようだ)。骨髄抑制、脱毛等の副作用が強い。新薬は先行の治験では副作用が少なそう・・・等々を考慮して間隔は多少空いても次の治験薬に挑戦することとした。但し、治験薬投与までの期間が空き過ぎるので、中間で再度CT撮影を行って、急速にガンが進行する場合は予定を変更することも考慮しておく・・・ということが決まった。

2008年9月19日金曜日

篤姫快調

NHK大河ドラマ『篤姫』は正月に始まり、早いものでまもなく4分の3が終り、フィナーレに向かおうとしている。

大河ドラマが好きなことは前にも何度か書いたが、『篤姫』も事前に原作本を読み1週も欠かさず、楽しみに拝見している。特に今年は今までと違って地デジのハイビジョン放送で見ているせいか、その色彩の美しさに圧倒されている。本編はもちろんだが、タイトルバックまでもが美しくて引き込まれる。CGを生かした和風のデザインの美しさには9ヶ月経った今でも飽きることはなく、以前はトイレタイムだった長いタイトルもついつい最初から見入ってしまう。

大河ドラマはいつも歴史ものなので、実存する人物と、実際にあった出来事を扱うので、ドラマというよりはどちらかというとドキュメンタリーを見る感覚に近い。

ドラマを見ていつも感じるのは江戸時代までは人の命が実に儚かった。『篤姫』に登場する副主役級の13代家定は34歳、14代家茂が20歳で若死したが、ご両人とも毒殺されたという説が有力のようだ。今の首相なら突然地位を放り投げても、次の日には涼しい顔をしているが、当時は地位を守るのは命がけなことが分かる物騒な時代だったようだ。

ニュースによると、1月6日の放送開始以来6月15日の放送まで連続24回、視聴率20%を越え続け、過去10年間の大河ドラマにおいては、『利家とまつ』の22回連続を上回り、20%連続記録を更新したのだそうだ。

昨年原作を読んだ時点で、今回は女性が主人公で、その舞台も大奥なので、今までの戦国武将が主人公の大型のドラマとは少々性格が違って、視聴率が下がるのではないかと思っていたが、なかなかどうして飛んだ思惑はずれだったようだ。今まで大河ドラマを見なかった女性や若い世代の視聴者が増えて視聴率が上がったのかもしれない。

大河ドラマは例年年末に総集編を放送するが、NHKに寄せられた視聴者の声に応えて、第1話からの集中アンコール放送を9月29日(月)からスタートするそうだ。最終回を迎える前に集中アンコール放送を行うのは過去にはなかったという。

2008年9月15日月曜日

次の抗がん剤

サイトの病歴を見ていただけると分かるが、私がガンの手術をしてから早くも5年を越えている。手術の1年後に再発して、抗がん剤のお世話になっているが、効果や副作用などですっきりしないのでこのブログでいろいろな愚痴や不満を書いているが、あまり贅沢は言ってはいられないという気持もある。

黒澤明「生きる」は50年ちょっと前の映画だが、志村喬演じる主人公が自分が余命1年の末期がんと知って、短い余生の中に打ち込む仕事を見つけて、本当の意味で「生きる」物語だった。映画の冒頭の部分でレントゲン写真1枚を見ながら向かい合う主人公と医師の場面を見て、今の医療との違いを感じざるを得なかった。もちろんCT、MRI、PETなどのガンを見つける機材はない。抗がん剤だってない。例えガンと分かっても打つ手がないのだから、当然不治の病だったのであろう。

手術療法の歴史は約100年、放射線療法の歴史は約50年、がんの治療に抗がん剤が用いられるようになってからは、たかだか35年ほどしかたっていないという。抗がん剤の最初はナイトロジェンマスタードという毒ガスの一種をを悪性リンパ腫の患者に投与したのが最初だっというから驚かされる。

私の場合、現在タルセバをやめて休薬中だが、次の抗がん剤の候補はドセタキセル、TS-1などだが、その前に目下静岡がんセンターで取り組んでいる治験薬への参加を提案されているので挑戦を決めた。その治験薬は分子標的薬の一種で、イレッサ、タルセバががん細胞のEGFRという箇所に作用するのに対して、新薬はまた別な箇所c-METに作用する薬だという。理論上正常細胞への影響が少なく、副作用が軽いという期待がされている。先行しているアメリカでの治験ではまだまだ実績は少ないのだが、そのような傾向が出ているようだ。

新薬なので未知の危険もあるが、それを承知で新薬への挑戦をする理由は、今まで抗がん剤2種、分子標的薬2種を試しているが、薬剤耐性になったり、副作用で断念している。既成の抗がん剤はいずれも低い確率でしか効果が期待できないからである。

といっても今回の治験は無条件に参加できるわけではない。3人の枠が予定されており、既に二人が決まっていて、さらに残り一枠に対して自分が3番目の候補者。本人が同意すればいろいろな適性検査を行ってひとりを決めるという手順になっている。

その適性検査は既に先日行ったので、結果は次の検診日(9/24)で判る。

2008年9月8日月曜日

退院後初めての検診

9月1日に退院して、1週間がたつ。
今日は退院後肝臓の数値がどうなったかを確認することを目的とした検診だった。

やることはいつもと同じ、まず採血、そしてレントゲン撮影。そして診察室の前で検診を待つ。

がんセンターではどの病気も殆ど血液検査を行うので、いつも採血が混みあう。今日は休み明けのこともあってすごい混雑振りだった。採血を待つ人が採血室の外まであふれていた。いつもより早めに行ったのだが、それでも30人待ちだった。

混雑のことはよく知っているので、いつも採血室の一番奥の席に座り、文庫本を取り出して読むことにしている。約40分ぐらい待っただろうか、順番がきた。

レントゲンの後、診察室で呼ばれた。前回はただ事ではない雰囲気を漂わせていた先生も今日は穏やかな表情をしていた。案の定、血液の数値は合格だった。
GOT=28(10~40)、GPT=33(5~40) ()内は許容範囲
前回の異常な数値が信じられない。

レントゲン映像も(CTのように正確ではないが)変化は見られないという説明だった。

肝臓の数値も正常に戻ったので、飲んでいる肝臓の薬を今日でやめる。

私の気持としては肝臓の数値が正常になったので「さあ、次の抗がん剤を・・・」と、気持があせるのだが、「まぁまぁ」という感じで先生に諌められた。肝臓の数値上昇で身体にはかなりのムリがかかったので、身体を休める期間が必要。

カレンダーを見ながら9月22日にCT検査を行い、24日に次の方針を決めようということに決まった。やはりタルセバは使用を中止する。24日までに今までと違う抗がん剤の候補か、治験薬の候補を検討しておくということになった。

2008年9月2日火曜日

無事退院

昨日9月1日(月)無事退院した。

朝、採血して、結果の数値が前回より下がっているようなら、退院して、自宅で飲み薬での治療に変えると言われていた。
採血結果はGTP=135。まだ正常値よりやや高いが、自宅で薬を服用すれば下がる目途が付いたということで退院となった。

入院から13日目、ドタバタの13日間だった。

今回の入院はガンの治療ではなく、治療用の薬を服用したことでその副作用での入院だった。

ガンという病気の難しさは治療に使用する抗がん剤のどれをとっても、激しい副作用があり、その副作用で命を落とすことも珍しくはない。

医師がガンに対する治療方針を説明する際、2つぐらいの選択肢を上げ、3つ目に必ず「何もしない」という選択肢を付け加える。このことはどの抗がん剤にも必ず副作用があり、抗がん剤で命を落とす危険性を覚悟せよということ、そしてそれと闘う姿勢を持たなければ治療に絶えられないということを示している。

患者によっては激しい副作用に耐えるぐらいなら、ガンを受け入れ、安楽に暮らした方がよいという患者も結構多いようだ。それも一つの選択肢でその考え方は尊重しなければならない。そして、場合によっては副作用で命を落としたり、副作用の苦しさで寿命を縮め、結果的に何もしない方が良かったという場合もある。

それでも私の場合は現在のところ(将来は分からないが)人一倍好奇心が強いせいか、まだまだ生きていろいろなものを見てみたいという気持が強い。従って、どの抗がん剤にトライしようとも、どんなに副作用が苦しくても、生きる可能性の方に賭けたいという考え方に変化はない。

今後の予定は1週間後の9月8日(月)定期検診をして、その後の治療方針を決める。残念ながら、タルセバは私の場合、肝臓への影響が重篤なので服用は中止する方針のようだ。当日午後「骨シンチ」受診(転移の検査)。

2008年8月30日土曜日

予期せぬ緊急入院

しばらくブログの更新ができなかった。いつも訪問される方は「どうしたのだろう?」という疑いをもたれる方もおられるだろうし、オリンピックに夢中になってその後も怠け癖が付いてブログ更新は2の次になっているのだろうと考えられて方もおられるであろう。それにしても8月14日以来だから、ほぼ半月間・・・実は更新したくてもできない状況におかれていた。

8月20日(水)タルセバを飲み初めて5錠目、いつもの検診のために病院へ足を運んだ。

いつもの通り、採血、レントゲン撮影を終えて、主治医の先生の部屋へ入った。どうも先生の雰囲気がただごとではない。

それもそのはず、血液検査の肝臓の数値が異常値を示している。GPT(正常値5~40)が1,025、かつて経験のないびっくりの数値である。その他の肝臓関連の数値もそれほどではないもののそれぞれ異常に高い。

その場で緊急入院を厳命された。入院準備のために家に戻ることも許されなかった。一通りの入院手続きをした後、診察室に戻ると車椅子が用意されていた。「自分で歩けます」といっても許してもらえない。自分はそのまま病室へ、たまたまその日は同行していた家内が家に帰り、入院準備をして再度病院へ戻ってくれた。

これといった自覚症状はあまりない。言われてみれば、多少食欲がない、何となくだるい・・・夏は例年そんな感じなので、気にも留めていなかった。

心当たりとしては、タルセバの副作用・・・1ヶ月ほど前GPTが300ぐらいまで上がったが、正常値に戻ったので安心していたが、再度飲み始めて異常に反応したのだろう。それに加えてガンとは無関係だったのでこのブログには書かなかったが、10日ほど前、39度の熱が出て夜間急遽がんセンターを訪れて診察を受けたことがあった。急性の「前立腺炎」という診断で解熱剤、抗菌剤、尿の出をよくする薬を渡されて一日3回(タルセバと並行して)服用していた。抗菌剤は抗生物質なので、(これは自分の想像だが)あるいはその影響もあったのかも?

とにかく、絶対安静の状態。疑いは薬物性肝障害、最悪の場合で劇症肝炎。数値だけは異常値だが、幸いにその前にもその後にも、疑いの病気の症状(だるさ、黄疸等)は現れない。

服用中の薬はすべて中断して、とにかく安静にすることを指示された。病室のドアから外に出ることは禁止。でも体調はよく、病気らしい症状はない。元気そのものなので歩きたくて仕方がない(これは入院初日から現在まで同じである)。入院翌日、手続きの書類を出すために同じフロアにある事務へ行こうとドアを出たところで偶然看護師さんと鉢合わせ。「○○さん、部屋から出ては駄目ですよ」と「書類は私が出しておきます」と取り上げられて部屋へ押し戻された。レントゲンとか診察とか5階の病室から2階へ移動する時も必ず車椅子が用意され、付き添いが付いた。

朝から夜までオリンピック放送があったので、幸い寝ていても退屈はしない。その代わりテレビカードがどんどん減っていく。

治療は「強力ネオミノファーゲンシー」という肝臓疾患の薬を毎日40CC注射する。通常この病気は食事が摂れない(らしい)ので、栄養剤の点滴をする。初日のみこの点滴をしたが、私の場合は食事が普通に摂れたのでこの点滴は初日のみで終った。

初日のレントゲンやエコー(劇症肝炎になると意識がなくなり、肝臓が崩れることがあるらしい)などの検査でも特に異常は見つからなかった。後はひたすら安静にして定期的に採血して数値の変化を見た。幸い、初日の1,025という異常値は採血する度に下がり、入院から9日目の28日にはGPTも236まで下がり、その日注射から錠剤(ウルソ50)に変わった。最悪の劇症肝炎には至らずに済んだ。

そして、この頃から絶対安静から同じフロアなら歩いても良いという許可がおりた。横浜に住む娘が見舞い兼手伝いに来てくれたので、家からノートパソコンを運んでもらい、ようやく半月ぶりに病室でブログを見ることができた。ホームページの方は家のデスクトップパソコンにしか入っていないので、退院しないと更新できないが、ブログだけは病室で更新できるようになった。

今回の肝臓疾患はタルセバの副作用だろうが、この重症化が誰にでも起きるかというとそこまでは考える必要はないようだ。劇症肝炎に至ると、間質性肺炎にも匹敵する命にかかわる重度な副作用となる。イレッサにもタルセバにも肝臓の数値を上げる副作用はあるが、一般的にはそれほど重度な副作用とはならない。ただ注意しなくてはならないことはどの薬剤にも薬剤性肝障害を起す可能性はあり(その人の体調や、いくつかの要因が重なった時)、最悪の場合は劇症肝炎に至る危険性があるようだ。タルセバやイレッサを服用されている方はこのことを頭の片隅に置いておいた方が良いと思う。

定期健診は通常2週間に一度なのだが、今回の検診は担当の医師が夏休みをとる関係で、たまたま予定の日より1週間早めた。もし肝臓の数値が上がっていることを知らずに同じ薬をさらに1週間続けていたら最悪の事態に至っていた恐れがあった。命拾いをしたと後で冷や汗をかいた。この偶然は神様か仏様のご褒美かもしれない(といってもあまりご褒美をもらえる心当たりはないのだが)。

抗がん剤の方はタルセバを中断したままなので、体調が回復した後はどうするのかという問題は残る。患者本人も心配の種だが、医師もその選択肢に悩むことであろう。一難去って、また一難である。

今後の予定・・・9月1日(月)の採血結果で退院予定を決める。

2008年8月14日木曜日

タルセバ再開

昨日13日(水)は呼吸器内科の検診日だった。

連日の猛暑と、オリンピック中継見たさに外出が憂鬱になる。おまけに昨日は高校野球で地元が出場した。エースピッチャーのケガで苦戦が予想された。病院の待合室で地元が1回で既に5-0で負けているという会話が耳に入り、見なくて良かったか?と思いながら家に戻ったら、11点取って逆転勝ちしていた。面白そうなゲームだったようで、損をした気分だった。

ところで検診の方だが、前回と前々回、肝臓の数値が高かったので、タルセバを休薬している。今回の検診は血液検査で肝臓の数値を確認することだった。

昨日の血液検査の結果、肝臓の数値は許容値より若干高いものの、原因が取り除かれたと思われる範囲まで下がったので、タルセバを明日より再開するということになった。

但し、前回はタルセバの容量が150mgだったが、今回は100mgと若干容量を落として副作用の具合をみる。

タルセバには150、100、25㎎の3種ある。組み合わせで(例えば75、125㎎等)いろいろな服用量の微調整ができるようになっているようだ。

「150から100に変更した患者さんの副作用は軽くなっていますか?」という私の問いに対して担当医師の答は「皮膚疾患は軽くなる方が多いようだ。ただ爪だけは変わらないように思う」というもの。

当然副作用の出方は患者のひとりひとりで異なることは心得ているが、医師の言葉を自分のケースに照らし合わせて想像を働かせる。皮膚疾患が軽くなりそうな点には少し安心したが、指の痛さを想像すると憂鬱な感じも残る。

ということで、本日の10時、1ヶ月ぶりに再開のタルセバの1錠目を服用した。

2008年8月10日日曜日

北京五輪開幕

しばらく悩まされた指の痛めは、タルセバの休薬で先週あたりにようやく消えた。
痛みのためにこのブログもしばらくお休みしてしまった。

ブログも先週あたりに復活したかったが、怠け癖がついたせいかなかなか書けなくなった。

そうこうするうちに北京五輪が始まってしまった。実況中継は朝から夜まで絶え間なくあるので、またまたブログの更新が滞りそうだ。

それにしても、8日の開会式はすごかった。その金のかけ方と人海戦術、訓練は相当なものだったのだろうと想像できる。北朝鮮のマスゲームと通じるものを感じた。

ショーとしてはすばらしいものだったが、あまりの「国威発揚」色の強さに少々辟易とする感じはする。オリンピックもワールドカップも過去国威発揚として使われた例は少なくないが、ここ何回か(バルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネ)成熟度の高い国での比較的質素な開会式が続いたので、今回は特に強くそれを感じる。

元々オリンピックはスポーツ大会、運動会の延長ぐらいでちょうど良いと思う。従って開会式は夜よりもスポーツの祭典らしく、青空の下の方が気持はよい。

そして選手も応援もあまり肩に力が入り過ぎない方が結果はよくなることが多そうだ。日本も昔よりはずいぶん成熟した考え方にはなったが、まだまだ国を背負った考え方が結構強く残っている。

それにしてもマスコミの事前の期待過多の報道は何とかならないものか。選手を硬くさせる効果しかない。終わった後の勝利者に対しては多少過剰でもよいが、敗者の報道は温かみを持って控えめにしてもらいたいものだ。

これからはしばらくは、1スポーツファンとして高レベルのガチンコ勝負のスリルをたっぷり楽しみたい。

2008年8月6日水曜日

内科検診 休薬さらに1週間延長

前回肝臓の数値が高かったので、服用していた薬を1週間休薬した。従って今日の検診の目的は血液検査をして、肝臓の数値を確認することだった。

今回の血液検査の結果
GOT 48(10~40)、GTP 119(5~40) ()内は許容値。

この数値は前回に比べると、およそ3分の1に下がった。ただ、許容範囲に比べるとまだ高い。
原因ははっきりしない。可能性としてはタルセバの残留成分による、皮膚関連の薬剤による・・・等々が考えられるが、この1週間で数値が下がったということは服用していた薬によるものであることは間違いないようだ。両方やめているので、どちらかの薬が原因かは分からない。皮膚関連(アレルギー予防)の薬は以前から度々服用しているし、副作用として肝臓の数値が上がる事例は少ないということから、多分タルセバだろうとは思う。

今日の数値ではタルセバ再開をするには不安があるので、さらにもう1週間休薬を延長して(~8/13・合計4週間)、1週間後に肝臓数値が下がったらタルセバの容量を落として(150→100㎎副作用を軽減)再度服用を再開しようということになった。

がん治療はしばらく間があくが、私の本音としてはこの暑い期間はタルセバはできるだけ先へ延ばしたい。この暑くて汗をかく時期には皮膚疾患は結構つらいからである。

がん細胞にも夏休みを取ってもらって、しばらくおとなしくしていてもらいたいものだ。

冷房のきいた部屋で北京オリンピックを楽しんでいるうちにはやがて涼しい時期になるだろう。そして秋に向けて覚悟を決めて闘いを再開しようと思う。

2008年7月30日水曜日

定期検診 休薬1週間延長

タルセバを休薬して本日で2週間経過した。

副作用の状況は最もてこずった皮膚疾患は各部とも湿疹の跡は若干残るものの、ほぼ治まった。
ただ爪皮疹のみがまだ完治まで至らない。それでも、痛みは軽くなり、ピーク時の3分の1ぐらいだろうか。物に触れると若干痛いが、シャツのボタンやパソコンの入力などはできるようになっている。あとしばらくで消えそうな予感はある。

本来は今日の状態で再度今日からタルセバ再スタートになるはずだった。ところが、今日行った血液検査で肝臓の数値が高く出た。
 GOT 107(10~40)、GTP 331(5~40)  ()内は許容値。

原因ははっきりしない。可能性としてはタルセバの残留成分による、皮膚関連の薬剤による・・・等々が考えられるが、イレッサでも肝臓の数値が高く出た実績があるのでタルセバの副作用である可能性が高い。

肝臓数値の上昇もタルセバの副作用の一つなので、あと1週間休薬を延長して、肝臓数値が落ち着くのを待つことにしようということになった。肝臓の薬剤を除いてはすべての薬剤(皮膚関係)を飲まないで、1週間後に再度血液検査をして次の方針を決める
休薬1週間延長(~8/4・合計3週間)して次週次の方針を決める。

予期せぬ結果になったが、癌の治療という面では若干の心配はあるが、副作用の状態が予想以上だったために本音では再開延期でほっとした面もある。

あと1週間、爪の状態も完治させて次の挑戦の覚悟を固めるにはちょどよい期間になると思っている。

2008年7月23日水曜日

定期検診 CTの結果

タルセバを休薬して1週間が経過した。

薬をやめたからといって、副作用はすぐには消えない。タルセバの成分が血液中に残っている間は効能と同時に副作用もなかなか消えないようだ。
今日時点での副作用の皮膚疾患の状況はどうかというと、いちばん悪かったときを10とすると、頭と顔・2、両腕・3、足・6、背中8といったところ。爪も若干は良くなっているが、物に触れると痛いということは変わらないため、不自由をしている点では変わらない。

早く出始めた順に治りつつあるようだ。全部消えるのはまだしばらくかかりそうだ。

〔16日撮影のCT結果について〕全体の奏功があったとはいえないが、部分的に濃さが薄くなっているところが見受けられる。病勢コントロールの状態といえるので、タルセバを続ける価値はある。但し、副作用が強く出ているので、もう1週間休薬をして一旦副作用を消して、来週から再スタートする。

タルセバには同じ薬でも150mg、100mg、25mgと3種の容量がある(今回は150mg)。再スタートに当たってはどのように服用するかは次回までに検討する。

副作用は本当に厄介なものだ。今まで何種かの抗がん剤を試しているが、それぞれ副作用には悩まされている。それでも今回はいちばん応えたという感がする。今日は休薬1週間で顔の皮疹が大分消えたのでマスクを着用しなかったが、他の部分は今でもとても人には見せられない。

人に分かりにくいのが爪皮疹、パソコン操作ではマウスは使えるが、キーボードの打ち込みは爪が痛くてなかなか打てない。記事更新もなかなかできないでいる。この記事も普段の3倍ぐらいの時間がかかっている。

「敵は本能寺」再スタートは量を減らして癌との戦いとなるが、できるだけ歩きやすい道を選びながら敵を攻める・・ということか。途中で転んでしまっては敵は討てない。

2008年7月16日水曜日

CT撮影・定期検診

タルセバ服用は今日で35錠目になる。
今日は9:30からCT撮影、その後皮膚科検診、続いて退院後2度目の定期検診だった。

この病院ではCTを撮影後専門家がチェックして、コメントをつけて医師に回すシステムなので、今日の定期検診ではCTの正式な結果は間に合わなかった。ただ、先生が画像を見ることができるので、その結果を教えてくれた。私の場合は右肺内にガン組織が複数あるが、そのすべてが半分になるといった劇的な効果はなかったようだ。それでも部分部分に前回のCT画像より薄いものがあるので、一定の効果はあったというのが先生の見方のようだ。

多少なりとも効果がある場合、本来ならこのまま服用を継続したいところだが、私の場合かなり副作用が強く出ている。主体は皮膚疾患だが、患者自身がガマンできるなら継続もあるのかもしれないが、私が少々弱気になっているのを見てかどうか、とにかく1週間休薬しようということになった。

1週間後、正式なCTの結果と副作用の状況をみてその後の治療方針を決めようということである。

カミさんなどは癌を小さくしたいので、このまま続けたい意向のようだ。せっかく多少なりとも効果があるのなら後戻りはさせたくはないというのは当然の考え方だ。副作用といっても皮膚疾患程度だから・・・というように感じるようだ。

しかし、たかが皮膚疾患といっても頭から足先まで全身を皮膚疾患に襲われると、そのストレスは結構なものだ。なかなか本人でないと分からない。

頭、顔、両腕、腹、背中、足。場所により程度は様々だが、全身に皮疹が出ている。
普通の皮疹は慣れて来たが、今いちばん厄介に感じているのが、爪の皮疹と尻の皮疹。爪は両手と足の爪に出ている。爪の皮疹は触ると痛いので何もできなくなる。ボタンが掛けられない、パソコンが打てない・・いろいろな行動が制約される。

尻の皮疹は座るときと立つときに痛む。これも厄介だ。横になっていれば良いのだが、そうはいかない。横になっていればどんどん病人になることが分かっているので、できるだけ家の内部を動き回るようにしている。

休薬することで副作用をいったん抑えて、次には薬の量を変えながら良いバランスのところを探しながら治療を続けられたら良いと思う。

症状の詳細は「tamyのつぶやき」→「闘病記(タルセバ服用)」参照。

2008年7月10日木曜日

爪皮疹

「爪皮疹」という言葉があるのかどうか確かではない(前にこう聞いたような気がするので使っているが)。タルセバの副作用で「爪の左右の肉に炎症が起きる症状」のことだが、今この副作用に悩まされている。

副作用でなくとも、深爪でもそうなるので、がん患者でなくても何となく分かってもらえると思うが、右手は人差し指と薬指、左手は人差し指と中指がそうなっている。足も右足の親指にその傾向が出てきている。

支給された薬をつけて包帯を巻いている。

何もしなければ痛みはないのだが、何かにぶつけたり、触ったときなどに痛みを感じる。時々無意識に何かに思い切り指をぶつけて、痛みで飛び上がることがある。

それ自体はたいした副作用ではないのだが、通常の行動がかなり制限されて不自由なことこの上ない。パソコンも両手では文字が打てないので、昔のように痛くない指1本で入力していて、通常の何倍もの時間がかかる。しばらくは記事の更新も思うようにはいかないかもしれない。

タルセバは今日で29錠目になる。最初に皮膚疾患が身体から出て、次に顔や頭に出た。その後下痢をして、今は爪の障害・・・幸い肺炎や肝臓等々重篤な副作用は出ていないが、軽い副作用は殆ど順を追ってオンパレードだ。

効いているのかどうかは1週間後のCTで分かる。その後は副作用と相談をしながら、量や期間など調整できる。それでも効かなければ今の忍耐生活がすべて水の泡となる。とにかく効いてくれることを望むばかりである。

2008年7月6日日曜日

落書き事件

タルセバの副作用は日々それほどの変化はない。顔の皮疹は若干良い方向へ、身体の皮疹は増加方向へ。爪の皮疹が左右の指に合計3本ほど。先週末には下痢も。いくつかの副作用が重複して現われているが、耐える日々が続いている。

ところで、先週はイタリア・フィレンツェの「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」に日本人旅行者が書き残した落書きが話題となった。そういえば、この大聖堂へは2000年に訪れたので懐かしい思いでニュースを見ていた。

いちばん上部へ上がるのは有料で、常時外に行列ができていて30分ほど待たされた。エレベーターなどないので、石造りの回廊をぐるぐる回りながら昇る。当時は癌の手術の前だったので若い人たちに負けずに、元気に昇ったが、今は肺の一部を失っているので息切れして昇れないかもしれない。窓のない回廊も展望台も確かにいたずら書きでいっぱいだった。その時はあまり日本語の落書きには気づかなかった。

それにしても、その落書きをした高校の野球部の監督は解任だそうだが、その処罰は厳しすぎはしないか?大体、高校の名前やフルネームで夫妻の名前を書いた人に罪の意識などあるはずはない。その常識のなさには驚くが、外国へ行った開放感から、ついついハメをはずしただけなので、きついお灸をすえる程度でよいように思う。確かに名所史跡へのいたずら書きは軽犯罪には当たるようだが、世界の観光地にあふれる落書きの実態を見ると、少々処置が厳しすぎる。

その監督は生徒達になかなか人望もあり、優秀らしく惜しむ声が多いらしい。世間の評価を恐れた学校の幹部の過剰反応ではないだろうか。時には厳しいことも必要だが、同時に愛情ある指導もなければ、人材は育たないようにも思えるが。

2008年7月3日木曜日

定期検診

昨日7月2日(水)は退院後初めての定期検診だった。
タルセバ服用は昨日で21錠目になる。

入院中は身体の皮疹が最初に現われて、次は顔に身体とは少々性質の違う皮疹が現われた。タルセバは皮膚全体にダメージを与えるようで、採血の後にあてがうガーゼのアルコールでもひどい炎症を起こしている。

身体と顔の皮疹の状態は退院後顔の方がひどくなった。イレッサの時には経験がなかっただけに、これは正直ショックだった。

今日の通院は帽子とマスクを着用した。がんセンターには帽子の人とマスクの人はたくさんいるので、これはごく普通の防御策だった。

タルセバ飲用前の説明では90%の人が顔に皮疹が出ると聞いていたので覚悟はしていた。ただ自分の場合はイレッサでは顔には皮疹が出なかったので、かすかな期待を持っていたが、期待は見事に裏切られた。

内科の医師に「タルセバを飲むと多くの人が皮疹が出ると聞いたが、自分の場合はひどい方ですか、軽い方ですか」と、どうも答えにくいだろう質問を敢えてしてみた。「重度な部類に入りますね」とあっさりといわれた。これを聞いたところでどうすることもできないのだが、まあ、覚悟が決まったとはいえる。

退院するまでは副作用は顔と身体の皮疹だけだったが、その後いろいろな副作用が出てきた。爪皮疹といって、爪の周囲の肉の部分に炎症が出る。イレッサのとき足の爪に出て「ひどい場合は指も切り落とすことがあります」などと脅かされたが、ドライアイスで処理したり、塗り薬を塗って大事には至ることはなかった。今回もそれと同じ現象が2日前から左手の人指し指と薬指に現われた。

昨晩から下痢をしている。これも退院後初めてだ。いずれも事前に説明を受けている症状で、副作用としてはそれほど重篤ではないのでガマンするしかない。

今はその効き目の方は不明(7/16のCTで確認)だが、この小さな錠剤のどこに強烈な副作用をもたらす毒が含まれているのだろう?毎日10時に飲む錠剤を見ながら感じてしまう。

症状の詳細は「tamyのつぶやき」→「闘病記(タルセバ服用)」参照。

2008年7月1日火曜日

今日から7月

今年も早いもので今日から後半に入る。
先週の退院後5日がたち、タルセバ服用は今日で20錠目になる。

タルセバは写真の右の錠剤で、左のイレッサとほぼ同じ大きさの錠剤である。ピンク色の外観は一見とてもソフトな印象を与えるが、外見とは違い、私にとっては非常に強烈な薬だ。ピンクの衣装を着た一見かわい子ちゃん風の悪女といったところだ。

抗癌剤といえば点滴を連想するが、近年出現したいわゆる分子標的薬といわれるこの錠剤の抗癌剤はいろいろな長所がある。

難しい理論は良く分からないが、説明によると分子標的薬というのは「上皮増殖因子受容体と呼ばれる癌関連たんぱく質に特異的に作用し、これらを阻害する薬剤として開発された肺がん領域で最も臨床応用の進んだ薬」だそうである。両方の抗がん剤を体験したが、この種の分子標的薬の良さは副作用が軽い、飲み薬なのでストレスが少ない。自宅で治療できる・・・というように点滴に比べてずいぶん楽な治療法だ。

タルセバの副作用はイレッサに非常によく似ている。皮膚疾患が多くの人に出やすいことをはじめ、下痢、肝臓数値の上昇、つめ障害、間質性肺炎等々である。

私の場合は皮膚が元々人より弱いので、イレッサのときも今回も皮膚疾患には人一倍悩まされている。主治医の先生もイレッサのときの症状を見ているので、タルセバを服用する前にずいぶん心配されたが、実際にその通りになった。
特に飲み始めて1週間前後から出だした顔の皮疹はイレッサの時には経験がない副作用。今日は今までより少し症状が緩和されているように感じる。このままだんだん良くなることを期待するばかりだが、問題は7月中旬に予定されているCTで効果がどうなのかということである。

2008年6月27日金曜日

退院

昨日【入院17日目】(タルセバ服用15錠目)退院した。

入院によって、初期に現われる副作用(私の場合は皮膚疾患だけ)の確認、及びその処置の仕方。心配される重度な副作用(間質性肺炎、肝臓数値の上昇等)のチェックや今後出た場合の対応の仕方を十分に指導を受けての退院ということになる。

2週間強の入院は今までも何度か体験しているので、特にストレスなく過ごせたといえる。悪く言えば、変な場慣れをしたということか。

それでも、待ちに待った退院である。18日目の我が家は精一杯の背伸びができる場所だ。入院中のストレスはないといっても、6時の起床と10時の消灯、日中動ける範囲等々日常とは違うことがいくつかあるので、すべてを含めて我が家にいる良さには適わない。

副作用の方は前回書いたときと大差はない。副作用は今のところ身体と顔に現われた皮疹だけである。身体の皮疹はそれほど変わらない。新しい皮疹が現われ、古い皮疹が消えて行く。腕や足が多く、その他は少ない。

問題は顔に現われた皮疹。顔全体が赤みがかり、ごつごつとした無色の湿疹が出ている。加えて口や鼻の周辺に粟粒状の赤い皮疹が出てきた。体の方はイレッサのときと同じようにそれほど痛くもかゆくもない。ところがそれと違って、顔の皮疹はかゆみがあり、触れるとひりひりと痛みがある。ひげを剃ることもできない。
1日中、薬を塗ってべたべたとしているので、木村拓也似の容姿も台無しである。

これからどのように変化していくのか分からないが、どちらにしても引きこもりは避けられそうもない。

それでも、病院へ行くときなどは外出しなければならない。大きなマスクにサングラス、帽子・・・などと家族で冗談を言って笑ったが、芸能人の変装と同じでその方が人の注目を引いてしまいそうだ。

病人だから病院へ来るんだと割り切って、平気な顔をするのがいちばん目立たないだろう・・という結論にになった。

2008年6月25日水曜日

副作用で引きこもり

今日は【入院16日目】(タルセバ服用14錠目)

日曜日位から全身の皮疹とは性格の違う顔の皮膚炎症が出ている。全体に赤みを帯びて少し痒みがある。眼の周辺が赤みが強く眼球にも痒みがある。何かのアレルギー反応のようだ。その対応として昨夜から新しい抗ヒスタミン剤が支給された。今日は午後皮膚科検診が予定されている。

身体の皮疹は状態は似ているが、日々古い皮疹が消えて、新しい皮疹が出ている。古いのも跡が残るので、全体としてはひどくなっている印象。

今日がちょうど予定の2週間目、幸いひどい副作用はないので今の状態が続けば多分明日退院になるだろう。

患者からみると、医師側が数ある副作用の中で特別注意しているのは間質性肺炎や肝臓の数値の上昇、骨髄抑制等々であり、皮膚疾患や、吐き気、脱毛などの副作用はどうも軽く見ているように感じることがある(実際はそうではないが)。

命を落とす危険のある副作用は要注意であることに依存はないが、そうかといって皮膚疾患や脱毛など外見に現れる副作用だって患者にとっては命を落とすのと変わらないくらい気の重いことである。これは患者になって見なければなかなかその気持は分からないであろう。

このような副作用は間違いなく患者を引きこもりにする。仕事を持っていたり、どうしても出なければならない場面には引きこもっていられないだろうが、その第一歩には大変なエネルギーを必要とする。

これも癌になって困ることのひとつである。

2008年6月21日土曜日

ちょっと遅めの父の日プレゼント

今日は【入院12日目】(タルセバ服用10錠目)

今日は朝から本格的な雨天。梅雨の中休みも終って、梅雨の後半に入ったようだ。

昨夜から、イレッサの時には出なかった顔への皮疹が出てきた。数は鼻の頭に一箇所、右頬に3箇所、左頬に2箇所。皮疹といっても身体に出ているものとは形状が違う。例えるとちょうど蚊に刺された後のように感じ、色がなく、若干痒みがある。色がないので最初はあまり目立たなかったが時間が経ったら全体に赤みを帯びてきた。

身体の皮疹はパラパラと若干数が増えているが、ザーネ軟膏の効果で殆ど消えたものもあり、全体としては大きく変わってはいない。

今日は長女(結婚して横浜に住む)と次女(同じく横浜に住む)と次女の娘(孫)が見舞いに来てくれた。そして、やや遅れたが父の日プレゼントを持ってきてくれた。こんな時はいつものことだが、まもなく2歳になる孫が主役となる。

大勢の人が集まるようなときは病室ではなくて、デイルームにある個室を使う。病室ではあまり大騒ぎをすると周囲に迷惑になるし、椅子もないので長時間はいられない。各階に2つ個室があり、無料なのだが、殆どの患者さんはそんなことは知らない。入院が7回目ともなると、この病院のことは隅々まで分かっているので、部屋の確保などはお手の物だ。

長女は勤務があるので明日横浜へ帰るが、次女はご主人のありがたい配慮で主婦業のお休みをもらって1週間ほどこちらに滞在してくれるようだ。来週は私の退院などがあるので娘がいてくれると助かる。

また孫がいることで老夫婦の心の支えになってくれそうだ。いつものさびしい生活にも灯りが灯ったようになることは間違いない。

2008年6月18日水曜日

居酒屋タクシー

皮疹は16日をピークに数は増えていない。ザーネ軟膏を1日2~3回塗ったせいか、それぞれの皮疹もやや色が淡くなったような気がする。その他の変化は今のところなし。

沖縄が梅雨明けしたらしい。本州の梅雨明けはまだまだ先だろうが、ここのところしばらくは雨が降っていない。

そんな天気と同じように世間のニュースも気が重くなるものばかりだ。

四川大地震から、岩手・宮城地震ではやはり自然災害の恐ろしさを見せ付けられた。この種の災害報道は最近、際立って映像が豊富になっただけにその恐ろしさが倍加されて伝わってくる。

自然災害だけでなく、後期高齢者医療制度や秋葉原大量殺傷事件、居酒屋タクシー等々気が重くなるようなニュースが次々と起きている。地震の自然災害だけでなく、この種の人災にも痛めつけられる日本はこれから一体どうなってしまうのか心配になる。

居酒屋タクシーなどは今回民主党の長妻議員が指摘して火がついた。内容にも驚いたが、永年このような慣行がずーっと行われてきたことにも驚かされる。民間の会社ではありえないことだろう。お役所という所には自浄作用はないのだろうか?

取り締まるべき幹部までも腐っているということか?ダレきっているとしか思えない。そういえば、ちょっと前、自分で倫理規定を作っておきながら、家族ぐるみでどっぷりと接待に浸かって逮捕された防衛庁の長官がいたっけ・・。

仕事が忙しいなどと言い訳をしているようだが、タクシーで出される生暖かいビールとピーナッツ(かなにか分からないが)をもらって飲んで、情けなくないのだろうか?例え薦められても「それはちょっと」と言って断ることができないのだろうか?

皆さん、彼らの給料だって、彼らが飲むビールやおつまみ(タクシー料金に上乗せ)だって、皆税金だと思うと腹が立ちませんか?

2008年6月16日月曜日

ツバメと再会

副作用として一番多く見られる皮疹が14日(3錠目)の夜に現れた。場所は両腕、赤い小さな皮疹だが、痒みはない。最初気付いた時は両腕とも数箇所だったが、昨日、今日と数が徐々に増え、場所も背中、足に広がってきた。4年前イレッサの飲み始めの時は6日目に初めて皮疹が現れたが、今回はそれより早く現れた。最初顔に出やすいという説明だったが、私の場合は今のところ顔には出ていない。個人によっていろいろなパターンがあるようだ。

その他の副作用は今のところ出ていない。

薬の効果は約1ヵ月後の7月16日(水)にCT撮影にて確認する予定。

今日も梅雨の中休み50%の空は雲に覆われていて、富士山も全く厚い雲の中だ。窓の外を見ていたら、窓の1メートル位はなれたステンレスの手すりにツバメが留まってさえずりながら毛繕いをしている。

昨年も書いた記憶があるので、遡って見てみたら6月24日にやはり病室から見たツバメのことを書いている。昨年と病室が違うので外の風景は違うのだが、今年は昨年の裏側に当たる。コの字型になっているビルのちょうど4階と、5階の軒下の角の部分に巣が2つ見える。

新築ビルとツバメの巣はなじまないが、できた巣を取り去らないのはちょっとした粋な計らいといえる。

子供の頃は大きな民家の軒下にツバメの巣をよく見かけた。

ツバメは人が住むにぎやかな環境に営巣するという習性から、地方によっては、人の出入りの多い家、商家の参考となり、商売繁盛の印ともなっている。

今は昔と違って自然破壊が進んでいるので、ツバメも餌を探すのに苦労するだろうがこの近辺は山岳部なので比較的楽なのだろう。

2008年6月14日土曜日

梅雨のひとやすみ

入院も今日で5日目になる。タルセバは今日で3錠目だが、特段の変化は現れない。

今年の梅雨は何年かぶりの梅雨らしい天候のような気がする。ここ何年かはカラ梅雨が多く、梅雨明けも境目がよく分からず、何日か過ぎてから遡って何日が梅雨明けだった・・というような発表が多かった。

連日の梅雨空のなか、昨日からは梅雨の一休み。せっかく富士山の見える病室へ入ったのだが、昨日4日目にして初めて富士山が姿を現した。今日も雨は一休みで、富士山は雲から頭を出している。

私はもともと基本的には晴れが好きだが、外出の予定のない時の雨はそれほど嫌いではない。じっくり落ち着いた気分になるものだ。

従って、入院中のように束縛されている身には晴れているより、雨の方がずっと気持が落ち着くから不思議だ。外の雨をぼんやりと眺めながらいろいろな考えごとをする。

雨を見ながらこんな話を思い出した。

日本の曲(楽曲)のタイトルには天候がよく使われるが、どの天候が一番多いか?

殆どの人が晴れが好きなので、晴れが入った曲が多いと思うだろう。

正解は「雨」だそうだ。しかもダントツらしい。1位が雨で400曲、2位が晴れで30、雪20その他10以下だそうだ。

そういえば、雨の付くタイトルは「あの歌、この歌・・」といくつも思いつくが、晴れの方はあまり思い浮ばない。

好き嫌いと関係なく、雨の降る風景の方がドラマになりやすいということか?

2008年6月12日木曜日

タルセバ服用開始

いよいよ今日からタルセバ服用開始。

タルセバはイレッサと同じ系統の分子標的薬で、イレッサより成分の強い薬のようだ。イレッサもタルセバも切除不能な再発・進行性で、化学療法施行後に憎悪した非小細胞肺がんの治療薬として認可された薬とされている。

従って、イレッサが効かなくなった患者には再度効果が出る可能性がある薬として期待されている。

副作用もイレッサと殆ど同じで、発疹、下痢、皮膚乾燥、そう痒症、肝臓疾患などが多いようだ。重篤な副作用として間質性肺炎も要注意のようだ。国内第Ⅰ、Ⅱ相試験では123名中6名(4.9%)が間質性肺炎になり、そのうち3名(2.4%)が死亡されたという。

この間質性肺炎の率はかなり高率のように思うが、一般抗がん剤でも1~3%は副作用で亡くなる人がいるようなので、抗がん剤そのものがリスクの高い薬剤であることを思い知らされる。

癌そのものが死亡率の高い病気で、それを治す薬もさらにリスクの高い薬であるということはとにかく癌にならないことがいちばんだとつくづく考えさせられる。正に「前門のトラ、後門のオオカミ」「行くも地獄、戻るも地獄」の心境である。

4年前、イレッサを始めるときもこんなことを考えたような気がする。

でも、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」3日後にはこんなこともすっかり忘れるであろうことも間違いない。副作用の出現に細心の注意をすること、処置を早くすることしか対策はない。

「tamyのつぶやき」トップページに「闘病記・タルセバ服用」のボタン(上段・右端)を付けたので、詳細をお知りになりたい方はご覧ください。(旧ダイアリーのボタンをはずしました)

2008年6月10日火曜日

本日入院

前回の定期健診の際、9日以降で入院予約をした。
長い人で2週間ぐらいは待たされるだろうと聞いていたので、まだまだ先かなと思っていたが、昨日連絡があり、本日入院した。今日から2週間の病院生活が始まる。

昨年は抗がん剤の点滴で、都合4回ほど入院した。5年前の手術時、4年前のイレッサ服用も含めると、今回で7回目になる。そういう意味ではすっかり入院慣れした。

今回の入院では次の薬(タルセバまたは治験薬)を服用するための入院なので、痛いとか、苦しいとかは何もない。入院中やることといえば朝1錠の錠剤を飲むだけ。痛いとか、苦しいとかはないので楽といえば楽だが、束縛された退屈との戦いである。

それでも、退屈との戦いには慣れたもの、対策はばっちりだ。本や、ラジオも持ち込むが、結局はメインはパソコンになる。病室にはLAN端子があるので、それをつなげばすっかり自宅と同じ環境になる。前回からワンセグチューナーをパソコンにつけた。部屋のテレビは有料なので、パソコンで殆どの番組を見る。ワンセグなので、携帯よりやや大きめの画面しか見られないが、殆どは「ながら族」で、流しているだけのことが多いので、それで十分である。テレビで見るのは大河ドラマと、衛星の大リーグ中継(あればサッカー中継)ぐらいで、あとはパソコンのテレビで十分だ。

病院は山の上にあるので、眺望はよい。南向きなら駿河湾、北向きなら富士山が見える。病室は選べないので部屋の向きで景色は変わる。今日入った部屋は北向きで寝ながら富士山が見える位置だ。ただ、今頃は連日天気が悪いので、入院中何日富士山の顔が拝めるか?

2008年6月7日土曜日

蚊帳(かや)のある風景

今年は梅雨入りして以来、毎日梅雨らしいはっきりしない天候が続いている。

例年、蒸し暑い時期になると、蚊に悩まされる。我が家の周辺には流れの悪いドブがあって、季節に関わらず蚊が大発生する。最近の住宅は密閉性が高いので、外には蚊が柱を作っても、家の中には殆ど入ってこない。

それでも、時々どこからか蚊が入り込んで、家内が丸めた新聞紙を片手に家中を追い回している姿を見かける。

昔は梅雨時から蚊帳(かや)を出したのを思い出す。冬の間閉まっておいた蚊帳を皆で広げると、独特な匂いがしたものだ。子供心に蚊帳の中ではしゃぐことが楽しい思い出として記憶に残っている。今の日本ではとっくの昔に蚊帳が消えたと思っていたら、どうやら世界中で活躍しているらしい。

先日、「ガイアの夜明け」で、日本の蚊帳がODAで大活躍している様子が放映されていた。アフリカやバングラデシュなどでは蚊によるマラリア感染に悩まされているが、日本の蚊帳を現地で普及させることで、マラリアを撲滅した村があり、とても感謝されているらしい。

特に2000年、世界保健機関(WHO)から蚊帳の増産とアフリカへの無償技術移転を依頼された住友化学はタンザニアに工場を2箇所建設しているという。

2003年からODAやUNICEFを通じた支援で3年間で200万個以上の蚊帳を世界各国に配布しているということだ。 ナイジェリアでは、テレビドラマやコマーシャルを通じたPR活動を進めた結果、普及が進んだ。

昔、蚊帳の中で子供達がふざけあった風景がはるか離れたアフリカで今繰り広げられているのを想像すると、何か複雑な気持になるものだ。

2008年6月4日水曜日

接骨院・整骨院

最近、産科医や小児科医の不足が深刻で、全国で問題になっている。医師全体が不足かというと、そうではないらしい。特に歯科医は毎年何千人という歯科医が新たに増え続けているために全国どこでも歯科開業医が乱立気味で、ワーキングプア並みの収入の歯科医も結構多いらしい。

もうひとつ、医院ではないが、接骨院・整骨院の類が近所に雨後のたけのこのように何軒も開業している。柔道整復師(略して柔整師というようだ)は専門学校を卒業して国家試験に合格すれば比較的簡単に開業できるので、開業希望者が年々増えている(こちら)。

最近、近所に開業した整骨院のチラシを見ていると、「各種保険使えます」と書いてある。何でも健康保険が使えるような印象を与えるが、実際健康保険が使えるのは骨折、脱臼、ねんざ、打撲、肉離れだけで、肩こりや、加齢による腰痛などには健康保険が使えない。 ところが、受診をした高齢者は皆一様に保険が使えたという。それはなぜか?

多くの柔整師は腰痛の治療をした場合、「腰部捻挫」等と、保険がおりるような表現に変えて保険を請求することが多いようだ。多くの健康保険では医院の請求に比べると、金額が少ないので、審査もなくそのまま支払うケースが多いのだそうだ。治療内容の改ざんだけでなく、1箇所の治療を2箇所、3箇所と増やして請求する例も多いと聞く。

10年程前にも柔整師の不正請求のことが話題になって、新聞で一大キャンペーンが行われたことがあったが、最近また接骨院・整骨院の数が増えており、受診する高齢者も増えていることから、不正請求の金額が年々大きくなっているようだ。

柔整師が保険者に請求した治療内容は受診した患者に聞いてみれば一目瞭然なのだが、実際はそのようなことは殆ど行われていないようだ。数は少ないが、保険者によっては柔整師の請求内容を患者本人に聞いて、内容が違っている場合は支払いをしないという処置をしているところもあるようだ。

いうまでもないが、まじめな柔整師もたくさんいる。というか、普通は不正などはしない。ただ、不正をする柔整師の率が医院の率より高いということである。

「マッサージのような行為に公的保険が使われているなら、一番の被害者は保険料を払う国民だ」ということで、保険料を払う被保険者がバカを見る。従って、その種の調査は定期的に行われ、不正をしている接骨院・整骨院には退場してもらわなければいけない。

2008年6月1日日曜日

長寿は罪?

最近のNIKKEI NETに「日本が長寿世界一を維持、男女平均83歳・06年時点、WHO調査」という記事が出ていた。世界保健機関(WHO)がまとめた2008年版世界保健統計では、2006年時点で日本の平均寿命は男女平均83歳で世界一を維持した。男女別では女性は86歳で単独首位。男性は79歳で05年に続いて2位となったそうだ。

今、正に「後期高齢者医療制度」で国中大騒ぎになっているときにこのニュースを読むと誰でも複雑な気持にさせられる。

テレビ「笑ってこらえて」の冒頭に「ダーツの旅」というコーナーがある。所さんが日本地図に向かって針を投げ、刺さった場所へ取材に行くというシンプルな番組だが、大抵は都会から遠く離れた田舎町で出遭った人と話をするものだが、どこの場合も出遭うのは殆どが高齢者だ。

「おばあさん、おいくつですか?」というお決まりの質問に「いくつに見える?」と問い返すご老人が多い。質問者は若いので70歳以上の人の年齢など想像も付かないのが普通だが、歳を聞いて「お若いですね」がこれまたお決まりの返事だ。それを聞いたご老人が喜ぶのだが、素朴なそのやり取りが面白くて今でも人気がある。

ことほど左様に、日本では高齢になることは美徳だったし、一族の誉れでもあった。今から何年前か家内の祖母は百歳(今は故人)を越えたとき、市長がわざわざ自宅まで訪問してお祝いをしてくれた。

世界中で「敬老の日」があるのは日本だけだという。今揉めている「後期高齢者医療制度」の背景では、これから日本では歳をとることは肩身の狭いことになってしまう。財政の苦しい台所事情は分かるが、そこにお役人の知恵と工夫と情熱さえあれば解決できない問題はないと思うのだが。

諸悪の根源は「少子高齢化」。子供が少なく、高齢者が多いという構図が続くなら、若年者が高齢者を養うという一方通行の形だけでなく、元気なお年寄りが現役としてもっと活躍しやすいように環境整備することではないだろうか。高齢者も収入があれば、病気の高齢者を養うことにはそれほどの抵抗はないと思うのだが。

2008年5月28日水曜日

定期検診 PET-CTの結果

本日(5/28)は5月2回目の定期検診だった。
病院到着9:30。採血、レントゲン撮影、11:00検診。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=31(基準値10~40)、GPT=60(5~40)とGPTが基準値の上限はやや上限を超えたが、自覚症状もないし、先生の説明でも問題なしだった。
・白血球の数値は5,100(正常範囲3,900~9,800)で、毎回バラツキはあるものの、正常範囲にあり安定している。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは今日までで140錠服用した。
副作用として心配される、肝臓の数値は服用している薬(プロへパール)の効果か、ほぼ安定している。

【PET-CTの結果】直近2回(2/6と5/14)の画像を比較すると、濃さが明らかに濃くなっている。但し、形は同じで、他への転移も見られない。

イレッサの効果がなくなったと判断せざるを得ない。従ってイレッサは本日をもって中断する。

【今後の方針】タルセバまたは治験薬(現在適切なものがなく、次の候補は1ヵ月後ほど待つ)を考えているが、5月9日以降で入院予約をしてもらい、(今混んでいるので、今日申し込んでも2週間前後待つことがある)休薬期間を過ぎた頃に次の薬の服用を開始する。

心配が的中した格好だった。ただ、状況は癌の進展は軽微で、他への転移は見られない。自覚症状も従来通り皆無の段階なので、悪さ加減からいえば、まだそれほど深刻な状況ではないと考えるようにして、気を持ち直して次の治療に取り組むこととする。

2008年5月25日日曜日

薬漬け

今年の1月からイレッサの再服用が始まった。
イレッサはご存知、飲む抗がん剤。これだけで済めば楽なのだが、私の場合副作用対策で、みるみる薬の種類が増えた。

まずは朝食後にイレッサ一錠。これだけならよいが、イレッサを飲むことで肝臓の数値が高くなった。そこで肝臓の数値を下げるための薬1日3錠。皮膚乾燥を起こしやすいので、かゆみ止めを朝と寝る前に各1錠、最近季節的なこともあるのか、皮膚のかゆみが強くなったので、さらに強いかゆみ止めを追加、1日3錠、薬で胃をやられないように胃薬1日3錠、便秘にならない薬1日2錠。

気がついてみたら、手元は薬の袋だらけになった。朝、昼、夕、寝る前と1日4回飲み分ける。あまりに複雑なので、時には忘れたり、間違えたりする。

近所の100円ショップでたまたま写真のような薬いれ容器を見つけた。これに1週間分を朝、昼、夕、夜と分けて入れておくとまず間違いはない。ここにも整理整頓の考え方が役立ったようだ。

こんな容器が100円で買えるなんてありがたい。多分中国製だと思うが、日本製なら1000円ぐらいになるだろうから、食料品でなければ有害ではないので、この種の生活用品は大いに助かる。

こうやって詰めてみて眺めると、いかに薬が多いかが良く分かる。1年前はこんなに飲んでいなかったなぁと思いつつ「勘弁してよ!」といいながら、ついシャッターを押してしまった。

2008年5月22日木曜日

エアバスA380

「エアバスA380」と聞いてピンとくる人は相当な飛行機ファンだ。
この飛行機は欧州エアバス社が開発した総2階建ての世界最大の旅客機。シンガポール航空が世界に先駆けて導入したA380がシンガポール~成田線に就航し、20日昼すぎ、初便が開港30周年を迎えた成田空港に到着。誘導路上で空港消防隊による放水アーチの歓迎を受けた。

予定では同日午前に到着予定だったが、悪天候のため、いったん中部国際空港に着陸し給油。その後、成田空港に着陸したというニュースが夕方のテレビ各社で放映されていた。

そしてこの飛行機は、今まで最大だったボーイング747を抜いて、民間機としては史上最大・世界最大となったジャンボジェットだそうだ。全長72.6メートル、主翼の端から端まで79.8メートル。高さは24メートルを超える。まるで一つのビルのようだ。

すべてが今までとは桁違いの新時代の旅客機なので、成田空港では新たに、2億2000万円かけて2階部分に接続できる搭乗橋を造ったという。

キャビンの総面積はボーイング747の約1.5倍、座席数は標準座席仕様で同じく約1.3倍だが、エアバス社では「従来の大型機と比べて同じ座席仕様でありながら、一人当たりの占有面積が広くなる」を同機のセールスポイントとしている。

少し前なら、飛行機が大きくなれば、座席数を増やすことが最優先だったが、乗客の快適さを優先する考え方になったことは客としてはうれしいことだ。

私自身は飛行機を使うことはそうそう多くはないだけに、飛行機に乗ることは大好きだ。私のような庶民は通常エコノミークラスに乗るが、あの座席の狭さには辟易とする。せめて新幹線ぐらい前があいているとありがたいが、果たしてそうなっているのだろうか。

この病気になってからはとんと海外旅行に行っていないが、空港のロビーにいるときはいくつになっても童心に返って、ワクワクしたものだった。ロビーのガラス越しにジャンボ機を間近に見るたびに、この巨大な鉄の塊が何百人もの人間を乗せて空を飛ぶということがいつも不思議に感じてしまう。そして、飛行機が滑走路にスタンバイし、ジェットエンジンの轟音とともに、身体が座席に押し付けられる感覚を感じながら、急速にスピードを上げて離陸するときの感覚は何ともいえない。

2008年5月20日火曜日

四川大地震

四川大地震は発生から1週間が過ぎたが、日に日にニュースで明らかになる惨状には目を見張るばかりだ。

今日朝時点で死者34,073人。生き埋め、生死不明者が3万人を越えているから、まだまだ被害者は増えそうだ。

かつて、32年前に河北省で起きた唐山地震は公式記録によれば死者が242,419人を数え、これが20世紀最大の大地震といわれているが、殆ど記憶がない。その被害者の数からいって、惨状が想像されるが、今回とは違って映像は出ずに、公式発表だけが新聞に報道された程度だったのだろう。記録では火力発電所建設のために派遣されていた日立製作所の社員3人が犠牲になったという話が残っている。

今回の地震は唐山地震の規模には及ばないのだろうが、ニュースで実態を目にするだけに、その恐怖感はより大きく感じる。

ニュースで見ていると、地震の規模の大きさに加えて、人口の増加による居住地域の拡大、建造物の脆弱さが被害を益々大きくしていることが良く分かる。加えて、役人が加わった手抜き工事など人災が重なると、これから益々被害は大きくなる方向へ行くように思う。

日本人は特に世界一といわれるほどの地震国だけに、今回のニュースは敏感に感じる。過去の地震を被害者の多い順に並べると、関東大震災(大正12年)142,803人、明治三陸地震津波(大正12年)22,000人、宝永地震(宝永4年)少なくとも20,000人・・・。

唐山地震の規模には及ばないが、今回の四川地震より大きな地震を経験した歴史があるだけに、人口密集が増加した現在、地震が起きると・・・益々不気味に感じてしまう。「この際、身の回りの地震対策をしなければ」と思うのだが。

2008年5月18日日曜日

DICE-K2.0

松坂は無傷の7連勝、今年はヒヤヒヤさせてくれるが、それでも何とかレッドソックスの大黒柱になり、ボストンファンにも受け入れられているようだ。

でも、昨年は松坂の試合は殆ど放送されたが、今年は実に中継が少なくて不満だ。大リーグには今年は移籍した日本人選手が多すぎるせいか、放送が分散してしまって放送の予定が立たないのか。

先週、米スポーツ専門有線テレビ局『ESPN』のウェブサイト『ESPN.COM』が、北海道日本ハム・ダルビッシュ有投手の特集記事をに関するニュースDICE-K2.0は今の日本のプロ野球の現状をアメリカ側から掘り下げて解説していて面白かった。

局の取材陣が3月中旬に札幌を訪れ、ダルビッシュ本人を取材。記事の前半では、彼がメジャーに挑戦するのかどうかといったテーマに振れながら、千葉ロッテのバレンタイン監督や元日ハムを一流チームに育て、現米大リーグ・ロイヤルズ監督トレイ・ヒルマン監督らがダルビッシュのポテンシャルの高さを証言する構成となっている。ポスティング移籍時の落札金は7500万ドル(約79億円)と試算という点が日本のスポーツ紙に大きく取り上げられているが、メインテーマは、彼の移籍よりむしろ、日本野球の将来にもフォーカスが当てられ「ダルビッシュがいなくなったら、どうなるのか」と問いかけている点が興味深い。日本語訳も付いているので、野球好きの方は一度読まれることをお勧めしたい。(こちら

日本ではあまり知られないが、かつて、アメリカにはメジャーリーグのほかに黒人選手だけのニグロリーグがあったそうだ。ジャッキーロビンソンというリーグトップレベルの選手がメジャーリーグに行って、他のスター選手がそれに続き、さらにミドルレベルの選手も続いた。その結果、ニグロリーグが消滅につながってしまったという歴史がある。

バレンタイン監督は今の日本のプロ野球の状況をそのニグロリーグの歴史にたとえて次のように心配する。

「MLBはその状況を理解すべきである。なぜなら野球はアジアにおいて大切な文化。有能な選手だけを奪ってはいけない。MLBがすべきことは、野球が世界中で発展すること。アメリカの一部のフランチャイズだけが発展することではない」

プロスポーツはビジネスなので、弱肉強食の世界ではあるが、自分達が長期繁栄を望むなら、そろそろ国の枠を超えて関係者が手を結んで世界規模の大きなビジョンで再編成する時期がきそうだ。

2008年5月15日木曜日

定期検診・MRI、CT結果説明

●5/12(月)CT撮影

●昨日(5/14)は5月2回目の定期検診だった。
病院到着9:30。採血、レントゲン撮影、11:00検診。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=31(基準値10~40)、GPT=50(5~40)とGPTが基準値の上限をやや超えたが、自覚症状もないし、先生の説明も問題なしだった。
・白血球の数値は5,370(正常範囲3,900~9,800)で、毎回バラツキはあるものの、正常範囲にあり安定している。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは昨日までで126錠服用した。
副作用として心配される、肝臓の数値は服用している薬(プロへパール)の効果か、ほぼ安定している。

【MRIの結果】異常なし。

【CTの結果】前回(昨年9/25)と比較すると形は同じだが、濃さがやや濃いように見える。2/6撮影のPET-CTとの比較では変化が見られない。但し、CTとPET-CTでは比較画像の大きさが違うので正確な比較はできないので、2/6撮影のPET-CTと本日これから撮影するPET-CTとを同じ大きさの画像で比較して、次回の定期検診時に今後の治療計画を検討する。

【皮膚科検診】副作用の皮膚疾患は最近かゆみが強くなっているので、飲み薬を一つ追加した。

【PET-CT撮影】12:45~14:20

今回、気懸りだったCTの結果説明は何となくすっきりしなかったが、次回の診察まであまり深刻に考えないで待つことにする。同じようなことが繰り返えされると、一喜一憂の幅は小さくなるから不思議だ。

2008年5月13日火曜日

新しい日中関係

中国の胡錦濤国家主席は奈良の法隆寺や唐招提寺等の訪問を最後に5日間の異例の長い滞在を終わって先週帰途に着いた。

胡錦濤主席は代々の主席と比べて、実に温和で誠実そうな印象なので、テレビで見る人は良い印象を受ける人が多い。報道は概ね好感を示してはいるが、「微笑み外交」の裏に隠された不気味さをひと言付け加える報道が多いようだ。

最後の訪問地、奈良の法隆寺や唐招提寺は約1300年前に聖徳太子や中国から来た高僧鑑真和尚が尽力した史跡で・・・日本と中国は何千年という気の遠くなるような永い期間の結びつきがあることに思いを馳せる人が多い。

永い間には良いことばかりではなく、中国が元寇で日本に侵略しかかったり、逆に日清戦争や日中戦争では日本が中国を侵略した。永い付き合いをしていると、蜜月期間があったり、険悪な喧嘩状態があったり、人の友達関係と全く同じことが起きるのはやむをえないことか。

私個人としては、父の仕事の関係で昭和17年に瀋陽市(当時の奉天)で生まれたので、中国に対しては複雑な感情がある。3歳のときに引き揚げたので、殆ど記憶はないが、関口知宏の「中国鉄道大紀行」で最近の街の風景を見たりすると、生まれ故郷への特別な郷愁を感じる。

その後、10数年ほど前に仕事の関係で北京と上海を訪れた。発展途上とはいえ、まだ国民服の人が街を往来し、車よりも自転車が多いことを記憶している。最近テレビで見る中国の街々の発展振りはまるで別の国を見るような変わりぶりで驚くばかりだ。

「ジャパン アズ №1」などともてはやされたバブルの時代から見れば、どんどん国の評価が落ちていく日本に比べて、今や経済で世界を席巻する勢いの中国。

国は引っ越すわけにはいかないのだから、これからもお隣同士であることに変わりはない。お互い張り合うよりはお互いの良い点を生かしあった「新しい日中関係」を築いてもらいたいというのが本音である。

2008年5月10日土曜日

母賛歌

明日は母の日だ。

先日、カーラジオで印象的で耳に残る曲を聴いた。車でも、散歩中のラジオでもときどき良い曲に出遭うことがある。でも第一印象で惹かれる曲はそう多くはない。

この曲を聴いたとき、第一印象は強烈だった。曲終了後アナウンサーが話す曲名を注意深く覚えておいた。家に戻って早速検索したら、その曲がMetis の「母賛歌」であることを知った。さらにその検索で次のことも分かった。

女性レゲエシンガーのMetis という名前は始めて聞いたのだが、彼女は2006年にミニアルバム「WOMAN」でメジャーデビューを果たし、音楽シーンでの活躍が目立つようになってきた。6年前彼女のお母さんが肺がんを宣告された。その彼女のお母さんのために作った新曲「母賛歌」を今年の2月20日にリリースしたのだという。

そして、Metis が活躍するようになるにつれて、お母さんの病状も少しずつ快方へ向かい始めていて、担当の医師も「原因が分からない」と言っているという。

Metis が小さかった頃、朝も昼も夜も懸命に働いたお母さんは太陽のように明るい人で、いつも笑顔でがんばってきたという。病気で倒れた後も、泣くより笑う生活が病気を後退させてくれることは私達ガン患者にとっても教訓になる。

誰にとっても母は偉大。特に明日母の日は母に感謝、感謝だ!

母子家庭で二人三脚でがんばってきたというMetis とお母さん。いろいろな苦労があったのだろうが、そんな暗さはみじんも感じさせず、かえって勇気をくれるスケールの大きな曲だ。聴く人は皆ホロリとすることは間違いない。

Metis『母賛歌』→こちらで聞けます。

2008年5月8日木曜日

血液の新型分析装置

毎日イレッサを服用している関係上、2週間に1度がんセンターで定期健診を受けている。

先日電子カルテのことに触れたが、その他にも患者の立場から以前に比べて格段に進歩したことがたくさんある。そのひとつが血液検査であろう。定期検診で患者の状態を把握するのに血液検査は欠かせない。

定期検診で診察の前に必ず採血とレントゲン撮影を行う。看護師さんが「今日は2本採ります」とかいうのだが、その時の検査項目によって小さな試験管が2本だったり、3本だったりする。採血が終わると、看護師さんはその試験管のようなガラス管をそのまま後方にある検査器にかける。検査は自動で行われるらしく、しばらくすると医師のモニターで血液検査の結果を見ることができる。この病院では入院している場合には、病室のモニター(テレビ兼)でも検査結果を確認できる。

これができるのは血液を簡単にしかも正確に分析できる自動器械のおかげだろう。以前は当然化学分析を人手で行っていたので、結果が判るまでには何日もかかっていた。

昨日ネットを見ていたら、ノーベル賞を取った島津製作所の田中耕一さんの記事が出ていた(こちら)。
 
従来型の数十倍の感度でたんぱく質を分析でき、がんなどの早期発見につながると期待される新型分析装置の試作機を初公開し、秋ごろから内外のがん研究機関などに貸し出し、「万病診断」の実現に向けた実証実験を始めるそうだ。

試作機の能力アップや費用の削減が現在の主な課題だという。

2002年のノーベル化学賞受賞後に5年先の目標として語った「血液1滴から様々な病気を分析出来る技術」について「人間の体内はもっとシンプルだと思っていたが認識が甘かった。実現にはあと5年かかりそう」と述べたという。

血液1滴ならば、腕に注射針を刺さずとも耳たぶから採血すればすべてが済むことになる。そうなれば定期的に病院を訪れる患者にとってはとてもありがたいことだ。

2008年5月5日月曜日

こどもの日

今日はこどもの日、ゴールデンウィークも残り少なくなった。

といっても、毎日が日曜日の今日この頃、祭日でもうれしさはない。それでも、かつてのサラリーマン時代、盆と正月、それにこのゴールデンウィークは心ときめかせたことを思い出す。

先日定期検診でいつもの病院へ行ったとき、ロビーに展示された立派な5月人形と背面に高さ10メートルはあろうかという1対の幟(のぼり)に目を奪われた(1日のブログ写真・・後ろの幟は途中で切れているが、上に10メートル位ある)。やはり季節を表す伝統の人形は心を慰めてくれる。

街を歩くと、鯉のぼりもあちこちに見られる。お茶のお供に柏餅が出るのも懐かしくてよいものだ。ところで、童謡の「鯉のぼり」の中に「ちまき食べ食べ・・・」というせりふが出てくるが、東京で育った子供の頃からちまきという食べ物はあまりなじみがなかった。端午の節句で食べたのはもっぱら柏餅だった。

後で分かったことだが、端午の節句で食されるのは関西ではちまき、関東では柏餅だそうだ。もともと平安時代に中国から端午の節句が伝来したときにちまきが伝えられ、全国に広がっていったという。

その後江戸時代に端午の節句が五節句のひとつになってから、縁起のいい柏餅が江戸の主流となったが、伝統を重んじる上方ではちまきが根強く伝承したということらしい。

同じ国の中でも、関東と関西で食べものの文化が違うことは面白いことだ。

2008年5月1日木曜日

定期健診


昨日(4/30)は4月2回目の定期検診だった。
病院到着9:30。採血、レントゲン撮影を済ませて、11:00の検診を待った。病院のロビーには季節の物が飾られる。先日までは雛人形だったが、今日は写真のように端午の節句の飾り物だった。待ち時間にしばし、人形を眺めるていると、日頃忘れている季節をふと感じる。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=31(基準値10~40)、GPT=40(5~40)とGPTが基準値の上限ではあるが、自覚症状もないし、先生の説明でも問題なしだった。
・白血球の数値は4,370(正常範囲3,900~9,800)で、毎回バラツキはあるものの、正常範囲に戻っている。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは昨日までで112錠服用した。
副作用として心配される、肝臓の数値は服用している薬(プロへパール)の効果か、ほぼ安定している。
副作用の皮膚疾患も前回とほぼ同じ状態。付け薬と飲み薬を使用しているせいか状態は変化がないのかもしれない。皮膚の表面を見ると、乾燥してシワが多くなったような気がするのは副作用なのか、年齢のせいか。
病院内で昼食をとり、午後はMRI撮影(脳への転移の確認)を行った。結果説明は次回の定期検診時に行われる。

【今後の予定】
・CT5月14日(月)
・次回定期検診、MRI結果説明5月14日(水)。
 同日12:45PET-CT撮影(肺以外への転移の確認)

2008年4月28日月曜日

電子カルテの普及

27日、日経新聞の記事に「電子カルテ普及は遠く」という記事が載っていて、興味深く読んだ。

そこには「電子カルテをめぐっては、2001年厚生労働省が2006年度には診療所と、400床以上の大規模病院での普及率を6割という数値目標を掲げたと記されている」。それに対して実際は2005年10月時点で400床以上の病院で21.1%、診療所で7.6%だそうだ。その後普及のピッチは上がっているとはいえ、目標には程遠いようだ。

電子カルテの良いところは、事務処理の効率化と患者へのサービス向上につながること、良いことは分かっているが、導入時の費用が300床程度の病院で5~8億円もかかる。医師不足や看護師不足など、診療以前の問題を数多き抱えて、やりたくてもできないという病院が多いようだ。

私の通うがんセンターは平成14年開業と新しいので、最初から完全に電子カルテになっていた。通常の大病院では受付で自分のカルテをもらって、受診科の受付へ持参するが、電子カルテの病院だとそのような基本的な手続きから違うし、レントゲンでも採血でも画像や測定データはコンピュータに保管されるので、受診科の医師がモニターを開けば瞬時に見ることができる。

その他、電子化によるメリットはたくさんあることを実感する。患者サービスの点では在来の病院と比較して、革命的に変化することは間違いない。

ただ、物事には表があれば裏もある。贅沢かもしれないがいくつか欠点を感じることがある。

膨大な費用がかかるのはもちろんだが、医師は患者の顔を見て話すのは冒頭の一時だけで、あとはモニターへ入力との格闘となる。だから、年配で入力ができない先生はこの病院では仕事ができない。どの科の医師も若い先生ばかりだ。医学はマニュアル化され、「医は仁術」の精神からは益々離れていくように感じる。

「医は以て人を活かす心なり。故に医は仁術という。疾ありて療を求めるは、唯に、焚溺水火に求めず。医は当に仁慈の術に当たるべし。須く髪をひらき冠を取りても行きて、これを救うべきなり」

うーん。良いことか悪いことか、時代は変わっていく。

2008年4月25日金曜日

黒澤作品30本

黒澤明監督は1998年に亡くなったので、今年で10年を迎える。没後10年の企画としてNHK衛星映画劇場では全30作品が4月から12月にかけて放送される。《くわしくはこちら
【羅生門、用心棒、椿三十郎、野良犬、姿三四郎、続姿三四郎、一番美しく、虎の尾を踏む男達、わが青春に悔なし、素晴らしき日曜日、酔いどれ天使、静かなる決闘、醜聞(スキャンダル)、白痴、生きる、生きものの記録、蜘蛛巣城、どん底、七人の侍、隠し砦の三悪人、悪い奴ほどよく眠る、天国と地獄、赤ひげ、どですかでん、デルス・ウザーラ、影武者、乱、夢、八月の狂詩曲、まあだだよ】

子供の頃から映画ファンだった私はもちろん黒澤監督の信奉者である。中学、高校生の頃からだから、ずいぶん永い。当時、黒沢監督が新作を作るといっては製作前から雑誌などで話題になった。といっても1作品を作るのに他の監督より丁寧に作ったので、決して多作ではなかった。封切のときは大変な騒ぎで、劇場はどこも行列になった。
並ぶのが遅れたりすると、最初から最後まで通路の後ろで背伸びをしながら見るなんてこともあった。そんなときは一度放映が終わっても、席を確保してもう一度最初から見るなんてこともあった。当時は入れ替え制ではなかったし、2本立て、3本立てが普通だったから、それこそ朝から夜まで1日がかりで映画館で過ごすということも珍しくなかった。

黒澤作品は娯楽性と思想性を適度に混ぜながら作り込むので、誰にでも分かりやすく、世界中誰が見ても面白い作品が多い。黒澤作品は自分の成長過程の様々な場面に登場してきたが、見るたびに受ける印象は変わる。ストーリーはすべて頭の中に入っているのだが、見るたびに引き込まれる。自分が成長したのか、歳を重ねたのか、見方一つで印象が変わるから不思議だ。

今やレンタルショップにもDVDで黒澤シリーズは並んでいるので、自宅でも黒澤作品が観ることができる良い時代になった。だが、DVDではそれほど作品の種類は多くはない。上記30作品のうち映画館と、DVDとで自分が見た作品は何作品あるだろうかと数えてみたら、16作品しかない。ほぼ半分しか見ていないというのは驚きだ。特に監督が有名になる前の映画は見ていないので、これからそれが放映されるのはありがたい。今から楽しみだ。

既に「羅生門」「用心棒」が放映された。この2作品は映画館や、リバイバル上映で何度も見たが、いつもと同じように楽しく観た。

2008年4月22日火曜日

花粉症に朗報

桜の季節で気分が浮き立つ人もいれば、花粉症で憂鬱な毎日を過ごす人も多い。そんな中花粉症の人にとっては少し明るい話題がある。

「山口大学の研究室の研究では花粉症を引き起こすたんぱく質をスギ花粉から取り出し、弱毒化して錠剤として飲む方法で、花粉症患者8割以上の症状が改善した」というニュースだ。(情報はこちら

花粉症の原因となるたんぱく質を1日に0.7ミリグラム摂取するよう調整した錠剤を患者40人に30日間投与したところ、34人の症状が改善。うち5人は完治したという。治療の原理は注射と同じだが、注射による治療が数年かけて、継続的に行わなければならないのに対し、この「経口ワクチン」による方法は錠剤を1カ月飲むだけで、「手軽な治療法」としている。

近年、花粉症の患者数は年々急増し全国で2,000万人と推定されていて、今や国民病とさえいえる。

戦後、杉を大量に植えたことにより起きたのだから、杉をすべて切って、その後にヒノキを植えろという乱暴な意見もある。花粉の少ない杉に植え替えているという自治体もあるようだ。

どちらにしても、簡単に解決するような対策はなかなかないようだ。

我が家の近くに花粉症を抑えてくれる評判の医院があって、この季節には長蛇の列になるという。一方で、その近くの別の内科医に勤務する看護師さんがいて、その人の話によると、そこにはその評判の医院で打たれた注射のせいで体調を崩したという患者が多く訪れるという。

花粉症を治すために他の病気になったのではたまらない。上記のニュースのような良い薬の発売は患者にとっては朗報だ。また製薬会社が大儲けをするのは気になるが、花粉症の人にとってはありがたいことに間違いはない。

2008年4月19日土曜日

中国と癌

ここのところ連日、ニュースではチベット問題と聖火リレーの話題で賑やかだ。中国といえば、毒餃子はどうなっちゃったんだろう?そんな中、上海での癌の予防運動のニュースがあった。

中国の新聞によると、2008年4月15日「第20回上海市腫瘤予防治療宣伝週間」がスタートしたという。2008年のテーマは「合理的な食生活、日常的な運動、癌の予防治療」となっており、癌の予防が重要な課題だそうだ。(ニュースはこちら

日本でもメタボ健診が4月からスタートしたが、中国でも似たような事情を抱えているようだ。

上は上海市のニュースだが、中国全土ではどうかというと、毎年約220万人が癌を発病、死亡者は160万人に達するそうだ。

数字が大きすぎてピンとこないが、参考までに日本の現状を並べると、日本では毎年60万人がガンを発病し、30万人が死亡していわれている。日本も中国も患者の統計はそれほど厳密に集計されているわけではないが、傾向はそう大きくは離れていないのだろう。

ざっと比べると、日本に比べて発病者が3.7倍、死亡者が5.3倍になる。中国の人口は約13億人で、日本のほぼ13倍だから、人口比率でみると日本の方が厳しい数字になるが、厳密に統計をとればもっともっと深刻な数字になるだろうと思う。

今の中国は日本の高度成長の時代に似ており、企業からの水質・大気等公害による影響が大きく、加えて食品から摂取する有害物質がその原因だといわれている。そのどれをとっても、中国国民が被害を受けるばかりでなく、隣国にも影響が及ぶのだから、真剣に対策を講じてもらわないと周辺国は堪ったものではない。

2008年4月16日水曜日

定期健診

本日(4/16)は4月2回目の定期検診だった。

病院到着9:30。採血、レントゲン撮影を済ませて、11:00の検診を待った。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=35(基準値10~40)、GPT=40(5~40)とGPTが基準値の上限ではあるが、自覚症状もないし、先生の説明でも問題なしだった。
・白血球の数値は4,450(正常範囲3,900~9,800)で、毎回バラツキはあるものの、正常範囲に戻った。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは昨日までで98錠服用した。
副作用として心配される、肝臓の数値は服用している薬(プロへパール)の効果か、ほぼ安定している。

湿疹は胸、腹などに見られる。それでも以前隔日で服用したときよりはずっと軽い。この湿疹はかゆみがなく自然に消失し、また別の湿疹が現れる。ただ、全身の皮膚が乾燥気味になって、そのせいかあちこち(場所は不定)にかゆみが出て掻くので掻き傷ができる。イレッサの副作用で皮膚が乾燥しやすくなるということなので、そのせいかもしれない。帰りに皮膚科に寄って、かゆみ止め(付け薬+飲み薬)を処方してもらった。

次回検診4月30日(水)。午後MRI撮影(脳への転移の確認)

2008年4月14日月曜日

長寿医療制度

後期高齢者医療制度、未だに毎日大ブーイングがやまない。大変評判が悪く、野党3党は廃止法案を提出し、全国500を越える地方議会が撤回を求める意見書を提出したという。

監督官庁もどうも気が進まないのか、周知徹底がいまひとつで、該当する高齢者がその保険の存在を知らなかったり、4月1日からスタート時点でも新保険証が届かない人が63,000人もいたり、散々な有様だ。

1年ぐらい前だったか、最初にコーキ高齢者の医療制度と聞いたとき、「コーキ高齢者?」ピンとこなかった。「高貴」な人の保険?などと思った。高齢者に前期と後期を作るなんて凡人にはちょっと思いつかない。聞けば聞くほど嫌味で無神経な命名だ。

政府も「さすがにこれはひどい」と気が付いたのか、「長寿医療制度」と名前を変えたが、それが新制度発足の日の4月1日だというからあきれるばかりだ。未だに新聞やテレビはそんな名前は使わない。今の政府は何ごとも後手後手だ。

発案者の「厚生・・省」の厚生という言葉は「生活を健康で豊なものにする」という意味だが、本当にそのような仕事をしているのだろうか?薬害、年金・・・どれをとっても、そのお仕事ぶりの評判は褒められないものばかりだが。

この制度発足の背景は高齢者の医療費が増加して、今後少子高齢化が進むと医療費は破綻しかねない。従ってお年寄りにも相応の負担をお願いするということのようだ。

コスト意識は必要だが、それを医療の分野に求めるのはちょっとおかしい。しかも収入のない高齢者本人にそのツケを押し付けるのは酷だ。この制度に該当する年齢の先輩方は戦後の日本を経済大国に押し上げた功労者、感謝するどころか厄介者扱いにするのでは日本も三流国以下に成り下がったといわざるを得ない。

今の世の中には巨額な無駄使いがたくさん潜んでいる。国民は皆それを知っているのに、政治家はなぜそれを正せないのだろうか?

利権に群がる官僚と政治家が支配する国の姿に早くメスを入れなければ国民はいつまでたっても浮かばれない。

2008年4月11日金曜日

吉祥三宝

「吉祥三宝」この名前を聞いて、すぐ分かる人はよほどの音楽通か、中国通か、映画通か、のどれかだと思う。まずは下の曲を試聴してみてください。

http://www.xuanxuan.com/flashmtv/mtv1985.html

歌詞の意味が分からないので、特別感動を受けるような曲ではないけれど、何となく耳に残る歌である。そんなことから、日本でも人気急上昇中で、携帯の待ち受けに使用する若者が多いと聞く。

モンゴル民謡特有の旋律を用いて、両親と娘のほのぼのとしたやりとりを歌った当作品、ほんわかしていて、子どもの問いかけに答える両親の返事が、素朴ながらたっぷりの愛情が感じられる。

もともとこの夫婦は内蒙古ホロンバイル大草原の歌い手で、この「吉祥三宝」は夫のブレンバヤル氏が13年も前に愛娘のために書いた曲。そんなブレンバヤル氏が2005年に自分のファーストアルバム『天辺』を制作するにあたり、「吉祥三宝」を収録しようと思い立ったものの、当の娘は既に大人。あどけない子どもの歌を収録するために歌が上手な姪のインガマーちゃん。そこで夫婦+姪というユニットが完成したそうである。

お隣中国では昨年から大ヒット、驚異の2500万ダウンロードを記録し、数々の賞を受賞した。香港、台湾でも大ヒットしているという。日本では2月にシングルリリースされた。4月封切の「カンフー君」でも主題歌になったので、日本でも注目を集めているようだ。

サイトの「おまけ」に日本公演の際の映像を載せた。そこに日本語訳が出るので興味のある方はごらん戴きたい(但し、1週間程度で変わります)。

2008年4月8日火曜日

ハンフリーさんの俳句集

いつも私のブログに書き込みをしていただくハンフリーさん(「after you`ve gone」当サイトとリンク)。句集ができたから送付したいとの申し出を戴いたので、お言葉に甘えて早速メールを差し上げてご送付いただいた。

ご自身のブログにも披露されているので、俳句がご趣味のことは承知していたが、送付いただいた句集「花林」を拝見して、本格的に句を詠まれていることを知った。

残念なことに私自身が俳句の世界にまるで疎くて、その価値が判断できないので申し訳ないのだが、素人なりに一つ一つの句からその時々の背景が読み取れてわが身と照らし合わせて共感することが多い。
たくさんの句の中から私が好きな句を一部だけ紹介したい。

点滴チューブの半径に食って寝る

僧形は仮の姿ぞ点滴器

白血球戻らぬままに四月尽

点滴の視界はるかに花吹雪

どの句も、患者としての心境をよく詠んでいる。選者が批評の中で、「ハンフリーさん(実際は俳号)は通常は各句に季語を織り込み、十七音にきれいにまとめるが、この時期の句はいずれもその基本からはずれていて、治療という極限状態の中から搾り出された真の声を映し出している」と書いている。

私も昨年の今頃は抗がん剤を点滴するため、何度か入退院を繰り返したのでそれぞれの句を詠むときの気持はよく理解できる。

一時副作用で毛髪が抜け、坊主頭になったが、父の日に娘がプレゼンドとしてくれた作務衣を病院で着たときには、清掃のおばさんに「失礼ですが、お坊さんでしょうか?」と聞かれた。毎日の日課は点滴に耐えることと、極端に下がった白血球の数値とのにらめっこだった。

これらの句を読むと、病気で苦しんでいるのは自分だけではないということに共感を感じて慰められる。同時にどんな環境にあっても、このような没頭できる世界を持つということは意味のあることだということも感じる。

今回の句集は昨年に時期を限っているので、ハンフリーさんの句は治療中の苦しさのみを詠った句ばかりが集められているが、次の句集には病気か治癒して、日常の楽しさやうれしさを詠った句集を見てみたい・・・と願う。

2008年4月6日日曜日

近所の桜


我が家の近辺での桜風景をご紹介する。ここは私がよく散歩に行く途中による場所である。この辺では桜のピークは先週の休日ぐらいだったので、今日はややピークを過ぎて葉桜ではあったが、幸いの好天に恵まれて結構な人出だった。

写真の場所は国道一号線(写真の左側に見える道路)沿い、沼津から西方向に約7~8キロ過ぎたあたり、1号線の側道沿いに数キロに亘って桜が咲く。1号線を車で通るとつい桜に見とれてしまう。今は車を走らせながら桜が楽しめるが、1週間後ぐらいには一斉に桜が散って1号線の道路上に桜の花びらのじゅうたんができる。その花びらを車が巻き上げるので、正に1日中桜吹雪となる。これも今やこの近辺の風物詩である。

この近辺に江戸時代の白隠禅師が起こした松隠寺という名刹があり、その寺と地元が共催で毎年今頃は「さくら祭り」が行われる。お寺の境内でカラオケ大会が行われたり、婦人会のきれいどころの踊りなども披露される。

私がかつて住んでいた東京ではお花見は盛んだった。上野公園を始め、飛鳥山、千鳥が淵、洗足池、芝公園等々名所がたくさんある。職場の仲間や家族連れで食べ物や飲み物を持って桜の花の下でひと時を楽しむが、ここ沼津の近辺はお花見はあまりポピュラーな行事ではないように見える。家族連れのお花見は本当に花を見にいくだけ、宴会をする人もいることはいるがその数は少ないようだ。桜の花を楽しむことに変わりはないが、その楽しみ方に土地柄があって面白い。

会社などではこの季節は新入生歓迎があるが、この辺では花見よりむしろ網引きの方が好まれるようだ。現役時代は何度も体験したが、朝暗いうちに集合して近所の網元に頼んで網を張ってもらい、皆で曳いてシラスやタコなどの獲物を魚に宴会をする。

2008年4月4日金曜日

ガソリン価格

一昨日(4/2)、病院へ行く途中、この近辺のガソリン価格はどうだろうとガソリンスタンドの表示価格を見ながら車を走らせた。

30分の道程の中に、ガソリンスタンドが10店があった。2店が表示なし。残りはすべて値下げして、最安値128円が1店、130円が6店、132円が1店だった。表示のなかったスタンドも今頃は値下げした価格を出しているだろう。

私の場合はあまり車を使わないので、1ヶ月に1回程度しか給油をしない。当分は入れる予定はないが、もし入れるとなるとやはり安い店へ行く。1~2円のことならどこでも良いが、1リットル25円となると大きい。

でも、ガソリンが安いからといって手放しで喜べない。元売りからの補助の対策はあるようだが、1週間程度はすべてスタンド経営者の自腹だということを知っているだけに複雑な心境だ。

もともと石油業界は何年も前から毎年のようにこの「ガソリン税の暫定税率を本則の1リットル28円に戻す」よう政府・自民党に陳情しているそうだ。しかし、当然聞き入れられてはいない。その業界が今回のような政治ドタバタのあおりを食らうのは誠にお気の毒としか言いようがない。

自民党はまたこの暫定税率を元へ戻そうとしているが、それがなくてももともとガソリンには「揮発油税」と「地方道路税」を合わせたガソリン税が28円かかっている。これでも十分高い税金だ。

それでも日本は税金で成り立つ国、税金がなければ何もできない。一般財源化を含めた良い使い方の道筋が納得できるものならば国民もガマンするだろう。

特に本当に必要な道路だけに絞ること、お役人の無駄遣いをどのようになくすのか、利権構造を正す具体策を示すことは最低限必要だろう。

2008年4月2日水曜日

定期検診

本日(4/2)は定期検診だった。

病院到着9:30。採血、レントゲン撮影を済ませて、11:00の検診を待った。やや早めに呼ばれたので、その後の会計、薬の受け取りを含めて病院を11:30に出られた。病院から、自宅までは30分、今日は11:10から松坂登板の野球中継が見たかったが、テレビをつけると、4回以降が見られた。最初からではなかったが、今日は「良い方の松坂」だったので、気分は満点だった。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=30(基準値10~40)、GPT=45(5~40)とGPTが基準値をやや超えていた。ただ、この程度だと自覚症状もなく、心配は要らないという説明だった。
・白血球の数値は6,650(正常範囲3,900~9,800)で、今までよりはずいぶん良くなっている。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは昨日までで84錠服用した。
副作用として、肝臓の数値がやや高いが、それを抑える薬(プロへパール)を平行して服用しているせいか、前回と同じ程度。

イレッサの副作用らしき湿疹が胸の辺りにいくつか出ている。この湿疹はかゆみがなく以前の例では自然に消失するのであまり気にならない。但し、この湿疹が人によっては顔に出る場合があって、その場合はニキビのようなのできっと気になるだろう。

それよりもアレルギーなのか加齢による皮膚疾患なのか、手や足や背中など場所は不定でかゆみが出ることがある。イレッサは皮膚乾燥を起こしやすいので、これも副作用なのかもしれない。ただ、生活に支障が出るほどではないので気にしなければ軽症といえる。

次回検診4月16日(水)。4月から5月にかけて定例のCT、MRI、PET-CTの検査を行う。

2008年3月31日月曜日

花見の思い出

桜は既にあちこちで満開を迎えており、桜前線は北上中のようだ。テレビニュースでは上野公園の桜がよく取り上げられる。

上野公園は毎年花見に170万人が訪れるというから大変なものだ。29日の土曜日だけでも20万人を越えたという。

この時期には近辺のホームレスが花見会場に集合する。ご馳走や飲物がたくさん残される。それに最近はアルミ缶はゴミ置き場からは持ち去ることができなくなった。花見会場では簡単に手に入るので最高の稼ぎどきになるようだ。

上野公園の花見といえば苦い思い出がある。
20年ほど前のサラリーマン時代、東京へ転勤になったばかりの4月、職場で恒例のお花見に参加した。若手が昼間から場所取りをして、結構良い場所で気分よく花見をした。

皆車座になって、ゴザの上で宴会が始まった。4月といっても花冷えで結構寒い。コートを着ていて、それを脱いでカバンなどと一緒に自分の後ろに置いた。

宴も盛りを過ぎて、さあ帰ろうというとき、コートを着ようとしたら置いた場所にコートがない。人が間違えたのなら、代わりがあるだろうからしばらく待ったが出てこない。どうやら盗まれたようだ。新調したばかりのコートだっただけに悔しい思いをしてすっかり酔いがさめてしまった。1ヶ月と経たないうちに同じコートを買うとき、家内にさんざん嫌味を言われたが、このときばかりはじっと我慢の子になった。

酔っ払いが持ち帰ったか、ホームレスの仕業か定かではないのだが、ホームレスがブルーシートの中でネーム入りのコートを毛布代わりにしているところを想像して悔しい思いをしたものだった。

お花物シーズンになってニュースで上野公園の風景が流されるたびに、このことが夫婦の間で笑い話になる。

2008年3月28日金曜日

肝炎検査

血液製剤「フィブリノゲン」の投与でC型肝炎を発症した薬害問題は国が補償する事で和解した。

この問題ではニュースを見ながら私も少々気懸りなことがあった。というのは約30年前に蓄膿症の手術をしたからである。当時の手術は片側の手術をして、1週間後にもう片側の手術をした。たかが蓄膿症といっても3週間を越える入院で結構大変な思いをした。

手術前の注意で手術中の血液は決して飲み込まないようにといわれたが、つい苦しくなって飲み込んだら、案の定手術後に嘔吐したことを憶えている。全体にそれほどの量の出血は伴わなかったので、輸血もしなかったと思うし、血液製剤などは使わなかったように記憶するが、何しろ年月が30年も経っているので確かなことは分からない。

家内との会話のなかで「念のため検査をしてみたら?」といわれた。近所の内科医院の待合室に肝炎検査を薦めるポスターが貼りだされていたという。そこで近所の内科医院に出かけた。検査といっても採血だけの簡単なもの。C型肝炎と一緒にB型肝炎のことも分かるということだった。検査料も本人負担1,000円ちょっとでできる。

本日はその結果が分かる日だった。医院に先日の血液検査を聞きに行ったところ、結果はC型肝炎、B型肝炎ともに「白」だった。

別に不安があったわけではなかったが、思い切って白黒つけることでずっと安心していられるので、無駄ではなかったと思っている。

もし、心当たりがあるような人は、ぜひ検査を受けることをお勧めしたい。

2008年3月26日水曜日

酸蝕歯

最近のテレビCMで、よく「酸蝕歯(さんしょくし)」という言葉を耳にするようになった。この言葉、以前は殆ど聞かず、最近になって聞くようになった言葉だ。新聞で「アメリカテキサス大学等の調査研究では10~14歳の児童900人のうち30%に酸蝕歯が認められた」というニュースを読んだ。日本人にもその傾向が増加していて、ある歯科医によると、患者の6人に1人にその傾向が見られるということだ。

酸蝕歯は、清涼飲料、スポーツ飲料、一部の果汁およびハーブティーなどのごくありふれた製品に含まれる酸が原因となって生じるようだ。これらの飲料に含まれる酸の侵蝕性が高いと、虫歯の原因菌は生きられないかわりに、酸蝕歯になりやすいという。また、アスピリンのような薬剤の定期的な使用や、酸逆流症、嘔吐を繰り返す摂食障害も胃酸によって酸蝕歯を引き起こすことがあるようだ。

酸蝕歯になると、歯の先端が透明になったり、黄色に見える。また歯の先端がひび割れたり、ざらざらになる。重度になると、知覚過敏になり、抜歯をしなければならなくなる。

食べ物が西洋化することで歯の病気も多様化している。食事の中心は伝統的な和食、飲み物は熱いお茶というのが最も健康的に過ごすポイントのようなのだが・・・。

ところで話は違うが、日本の食料自給率が39%ということが問題になっているが、米を中心にした和食にすると自給率は一挙に70%を越えるという。この際、メタボ対策と一緒に、和食中心の運動でも起こしたらどうだろうか。そうすれば酸蝕歯の問題も一挙に解決すると思うのが。

2008年3月24日月曜日

桜の季節

今朝はしとしとと降る雨音で目が覚めた。今頃は桜と晴天のイメージが強いが、「菜種梅雨」という言葉もあるように雨が多い季節なのだそうだ。

寒いときは暖かくなるのを待ち、夏は夏で涼しくなるのを待つ。日本の四季はそれぞれに趣がある。

「1年でいちばん好きな季節は?」と聞かれると、私の場合は即座に春と答える。

長い一生の間には悲しいこと、うれしいことがたくさんある。悲しいことは早く記憶から消し去りたいが、うれしいことは記憶に留めたいものだ。それでも心の底からうれしかったことはそうは多くない。

私の場合は、今まで生きてきた中で、記憶に残っているうれしい出来事はいくつかある。結婚、出産、子供の入学、七五三・・・。

そのなかでも、大学に合格した春のあの喜びは忘れることはできない。高校3年生のときは不合格となって、1年浪人して受けた受験で合格したときは今までの抑圧が大きかった反動もあってか、普通とは桁の違う大きな喜びは47年たった今でもはっきり記憶に残っている。

当時はテレビが各家庭に普及し、我が家でも買いたいという兄弟達もいちばん末っ子の私の受験勉強の妨げになるといって、皆でガマンしてくれた。

発表の後、隅田川を散歩したとき、満開の桜が自分を歓迎してくれているような気がしたものだった。

人はそれぞれの物語を持つが、桜の時期は花の美しさだけではなくて、そこにある出会いや別れと一緒に記憶に残っていることが多いようだ。

2008年3月21日金曜日

フライドポテトに発がん性?

娘がネットを見ていて、「こんなのがあったよ」と情報を送ってくれた。タイトルは「揚げる前に水に浸すことでジャガイモの発癌(がん)物質を軽減」(情報はこちら)。

食品では魚のおこげとか、塩辛いもの、油物を多く取ると、ガンになりやすいということは聞いているが、ジャガイモに発がん性があるということはあまり聞いたことはなかった。

ところがその情報によると、どうもジャガイモなどでんぷんを多く含む食品に存在するアクリルアミドに発がん性があるらしい。

その物質はジャガイモなどでんぷんを多く含む食品を揚げる、蒸す、焼く、あぶるなど、高温で調理する際に形成されるようだ。アクリルアミドはさまざまな食品に含まれていて、健康に悪影響を与え、動物で癌を発生させることを示唆する研究もあるという。実験ではジャガイモを揚げる前に水に浸すことにより、アクリルアミドの形成を抑えられるということらしい。

研究では、揚げる前にジャガイモを洗う、30分間水に浸す、2時間水に浸すの3種類のアプローチが試みられ、それぞれアクリルアミドのレベルが23%、38%、48%低減することが明らかになった。ただし、これは軽く揚げた場合の結果であり、キツネ色になるまでしっかり揚げた場合にも同様の効果があるか否かは不明。

発がん性であるからといって、それを食べたらガンになるということもないので、それほど神経質になる必要はない。もしそうなら、ジャガイモを多く食べるドイツや、日本なら北海道などにがん患者が多く発生してしまう。マックの好きな最近の若者だってフライドポテトでがん患者が多く発生してしまう。

そんなこともないようなので、知らないよりは知っていた方がよいという程度に考え、何ごとも過ぎないようにするということが良いようだ。

2008年3月19日水曜日

定期検診

昨日(3/18)は定期検診だった。

病院到着9:30。採血、レントゲン撮影を済ませて、11:00の検診を待った。ロビーには立派な段飾りのお雛様が飾られている。一般家庭で今頃お雛様が飾られていると、婚期が遅れると気になるところだが、ここは病院、多くの患者や来客の目を楽しませている。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=46(基準値10~40)、GPT=38(5~40)と基準値をやや超えていて、イレッサの副作用が若干出ているようだ。ただ、この程度だと自覚症状もなく、先生からも心配は要らないという説明だった。
・白血球の数値は3,720(正常範囲3,900~9,800)で、正常範囲よりやや低い。前々回は一度だけ許容範囲内に戻ったが、それ以外は正常範囲に達していない。やはり常態でも低い状態になっているようだ。これも特に自覚症状はない。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは昨日までで69錠服用した。
副作用として、肝臓の数値がやや高いが、それを抑える薬(プロへパール)を平行して服用しているせいか、前回と同じ程度。次回の検診までに副作用がひどくなるようなら先生に連絡をする。

イレッサの副作用らしき湿疹が腕と足に少し出ている。ここ2~3日暖かくなって、背中など皮膚がややかゆいが、副作用なのか、アレルギーなのか、あるいは老人性疾患なのか不明。生活に支障はない。
皮膚疾患は前回の服用時に比べて、非常に軽い。服用前は皮膚疾患をいちばん心配したが、2ヶ月以上同じ状態が続いている。

次回検診4月2日(水)。

2008年3月17日月曜日

サイト開設3周年(続)

今やブログ全盛の時代、誰でも無料で簡単にブログを作れる。3年前はもちろんブログはあった。私が知らなかっただけかもしれないが、あまり一般的ではなかったように思う。最近は超多忙な政治家や芸能人なども簡単にブログを公開している。たった3年なのに、この進歩の早さには今さらながら驚かされる。

3年前ホームページをスタートする際、レンタルサーバーはlolipopをお借りして、そこへ自分が作ったサイトを転送した。ダイアリーと掲示板もLolipopに付属するもので作った。掲示板は途中から、商用の書き込みや外国から英文の宣伝などが書き込まれ、削除に追われたのでやむなく廃止した。ダイアリーも古いスタイルだったせいか、使いにくいことがあったので、今のブログに変えた。ブログはgoogleのbloggerを使い、ホームページからそこへのリンクを貼った。

このブログがなかなかの難物である。
病状の記録だけだと、私の場合2週間毎の定期検診で、病状もあまり変化がないので、月2回程度しか記事が書けない。これでは休眠状態に近いブログになってしまう。

そこで、多少は常に動きのあるブログにするために、タイトル「tamyのつぶやき」の通り、普段新聞や本を読みながら、テレビを見ながら、外を歩きながら、つぶやいていることを記事にするようにしている。そこには一貫性もまとまりもないが、その点はご勘弁いただきたい。

怠け心を出すと、何日も記事は書けない。自分への負荷をかける意味で(言いか変えるとボケ防止?)2~3日に1回は記事を書こうと自分に言い聞かせている。

もともと、文章は苦手な分野。技術系に育ったせいか、きれいな文章を書こうという発想そのものがなく育った。現役時代は技術レポートやクレームの謝罪文ばかり、手際よく、正確なことは心がけたが、文学的な気の利いた文章などはとても書けない。書き終わった文章を読み直す度に、「う~ん、つまらない」と思いながらも、面白い文章が浮かばず時間切れで記事をアップする。

最近の若手女流作家などの文章を読むと、どうすればあんな文章が思い浮かぶのだろう・・といつも思う。これも持って生まれた才能なのだろうかと感じる。

この歳になると、才能や能力は変えられそうもないので、今後も今までのペースで続けるしかないようだ。

2008年3月15日土曜日

サイト開設3周年

サイト「tamyのつぶやき」の右上に「since Mar.15 2005」と書いてあるが、今日はサイトを開設して、ちょうど3年のアニバーサリーに当たる。
 
スタートした2005年は再発が告げられて半年、ⅠB期からいきなりⅣ期になってしまって、気落ちをしている時期だった。なにしろ、過去のデータを見るとⅣ期は5年生存率が3%である。正直言って自分の余生はあと何年だろう、いや何ヶ月だろうと考えていた時期であった。今年の4月は告知から5年、6月には手術から5年、8月には再発から4年になる。もしかしたら、5年生存率3%の中に入れるかもしれない。

サイトの右上の「初めてご訪問の方へ」にも書いているように、サイトを立ち上げた第一の目的は同じ病気の方々に私の病状や経過を見ていただくことで、闘病の参考にしてもらいたいということであった。

もうひとつそこには書いていない目的もあった。それは闘病をする上での自分自身への目的意識を与えることだった。

サイトを作ること、及びメンテナンスをすること、ブログを書くこと・・・いずれも結構なエネルギーがいる。その道のプロなら簡単に作れるのだろうが、インターネットについては全くの初心者だった。

サラリーマン時代は主に生産、技術関係の仕事をしていて、業務上必要な技術レポートをWORDで書いたり、管理上のデータをEXCELLで整理したり、発表用にPOWERPOINTを使ったり・・・OFFICEのお世話にはなって
いたので、パソコン初心者ではなかったが、ネットや通信の知識は全く別物だった。

2005年の正月にサイトを立ち上げようと思い立って、早速IBMのホームページビルダーをアマゾンで購入して、マニュアル片手に取り組んだ。内容をWORDでまとめながら、サイトを作ることに取り組んだ。

今ならブログが普及しているので、必要はないが、当時は内容はできても、やれレンタルサーバーだの、そこへ転送するだの、今までの知識ではチンプンカンプンのことがたくさんあった。

自分の労作が公開されるということは結構うれしいものである。展覧会に自分が描いた絵を出すような感じだろうか。その約3ヶ月は毎日が楽しくて、病気であることを忘れて没頭したものだった。

そのことがガン細胞に「ちょっと待ってね」と囁くことにつながったのかもしれない。病気になったら、ともすると病気に負けそうになるものだが、何か没頭することを持つことは必要かもしれない。といっても、それがストレスになるようでは逆効果なのだが・・・。

そんなこんなで、皆さんの目の前にサイトが登場したのが、5年前の今日ということになる。当初は今考えると、お恥かしい内容だった(今もそうだが、それよりずっと)。

その後、文章を足したり、体裁を修正したりして今の形になった。プロが作るものと比べると、いかにも素人くさい素朴なスタイルだが、そんなこともかえって好感を持たれるのではないかと・・・勝手に考えている。

これからもこの調子は変えられないので、どこまで続くかは自分では決めてはいないが、病状が悪くなってもベッドへパソコンを持ち込んで最終日まで続けばいいかなとは思うが、その時になるとどうなるか分からないので、約束はしない方がよさそうだ。(続く)

2008年3月12日水曜日

迷走するお隣の巨人

今週の始め、北京オリンピックの代表選手が決まった。

選手にとってはこんなうれしいことはないだろうが、場所が北京だということで気持は複雑だろう。

日本代表が決まったニュースの一方で、前から心配していたことが現実問題となった。それは男子マラソンの世界記録保持者、エチオピアのハイレ・ゲブレシラシエ選手が10日、北京五輪同種目への欠場を正式に表明したというニュースだ。現在の北京の汚染状況では42キロを走るのは難しいというのがその理由のようだ。

選手にとってはオリンピックは最高の晴れ舞台、恐らくは一生に一度のチャンスを得ながらも、自ら辞退せざるをえないというというのはさぞかし無念だろう。

「食の安全」問題も「毒入り餃子事件」を見れば分かるように、中国政府の対応は解決の方向どころか、ますます混迷な方向へ向かっているように見える。

野球の星野監督は選手の体調に不具合が生じないように、食料を持ち込む考えを示しているという。オリンピックが近づくにつれて、関係者は頭が痛いことだろう。

この夏、オリンピック開催までにはまだまだ波乱がありそうだ。本当に開催ができるのだろうか?ひとことでいえば、中国でのオリンピック開催は時期尚早なのだろう。

オリンピック出場の選手達は、オリンピックが終わって自分の国へ帰れば大気汚染から逃れることができるし、中国から食材を輸入している国は買わなければ済むが、いちばん気の毒なのは中国に住む13億人の人たち。今の状態は日本でもかつて経験した。大気汚染、河川汚濁、土壌汚染・・・経済成長の副産物、これを何倍にも拡大した姿が今の中国なのだろう。食物も空気も河川も今の状態では、いつになったら「苦難」から開放されるのだろうか? 
オリンピックを契機に公害問題も食糧問題も根本的な解決に乗り出すというなら諸外国も見守る姿勢を持つのだが、どうも軍事にばかり力を入れているようで、いずれも本格的な対策を採ろうという姿勢が感じられない。中国の問題は隣国の我が国への影響も大きい。早く迷走をやめてもらいたいものだ。

2008年3月10日月曜日

外国人の看護師

日本政府はインドネシア、フィリピンと看護師・介護福祉士を受け入れる合意をしているが、その第一陣がインドネシアから年内にも来日するようだ。(情報はこちら

病院現場への外国人の受け入れは、看護師不足の解消につながるとの期待が大きい反面、来日するのは国家試験の合格を目指す研修生。即戦力ではない研修生の受け入れには6割が消極的で、「未知の制度」に対する現場の懸念が大きいようだ。

私もこの病気になってから、この数年の間に何度か入院を経験したが、看護師不足は肌で感じた。がん患者は年を追う毎に増加し、入院患者も順番待ちをしているということを聞く反面、入院しているとあちこちに空きベッドが目立った。それはいずれも看護師不足が原因のようだった。
この病院で起きているということは、全国の医療現場ではどこも同じ問題が起きていることは想像に難くない。どうやらこの問題は一時的ではなくて、慢性的な問題であることは間違いないようだ。

昨年の入院で気がついたことは、男性の看護師が増えたことだった。女性の看護師が不足していることと、男性の中にも看護師希望者が増えてきた結果なのだろう。私の若い頃には想像もできなかったことだ。

将来的に見ても看護師不足を解消する目途が立たないなら、外国からの看護師受け入れはやむを得ないように思う。患者の立場からいわせてもらうと、男の看護師がいるのだから、外国人の看護師がいたっておかしくはない。でも、日本人と同じように意思が通じるような教育だけはしてもらいたいものだ。

工場などの3K職場では外国人を多く受け入れている。ただ、現在のように不法残留や、研修生のようなイレギュラーな形では問題が多すぎる。人手不足の問題解決のためだけに人を放り込むだけでは長続きしない。国や地方自治体がバックアップ体制を十分に考慮して、長期的観点で取り組まなければ、現場は手助けになるどころか、混乱するばかりになるだろう。

2008年3月7日金曜日

消費期限

昨今の「食」はまことに不安だ。質についても、量についても、価格についても・・・。まだ農業の盛んだった昔の日本に比べると、何かが狂っているように思えて仕方がない。

我が家では家内も娘達も賞味期限は気にする。冷蔵庫の中に賞味期限が過ぎた食品を見つけると、すぐ廃棄する。日本中のコンビニやスーパーで毎日棄てられる弁当や惣菜は相当な量のようだ。回転寿司で時間を過ぎた皿も破棄される。その種の食料を回収、肥料として作り直して再利用する工場も稼働中とか。

毒餃子の事件は論外としても、賞味期限、消費期限等での大騒ぎには若干の抵抗を感じた。私は戦後の食糧難時代を生き抜いたせいか、期限のラベルを張り替えた事件などはそれほどの深刻さは感じずに、むしろ日本人の贅沢さの方に不安を感じてしまう。

不二家、赤福等々消費期限を過ぎた食品をごまかした事件は悪いことに変わりはないが、カメラの前で頭を下げる経営者を見ていると、何か気の毒に感じてしまう。食品会社の中には、まだ使える食材を前にして、思い切って棄てるということができない人もたくさんいたのだろう。

私の子供の頃には賞味期限も、消費期限もなかった。もっぱら,鼻センサーと腹センサーが頼りだった。食品を残したり、棄てたりしたら親の世代からこっぴどく叱られたものだ。

昔に戻れというつもりはないが、私には賞味期限だとか、消費期限だとかたくさんの無駄を生む、ややこしい法体系に問題があるように思えてならない。だから、マスコミは事件を起こした会社の幹部ばかりを追いかけないで、法体系を放っておくお役人や政治家の意見を聞いてもらいたいと思ったりした。

私と同じように考える人も多いらしく、首相の諮問機関である国民生活審議会では現在食品表示に関する複数の法律を一つにまとめて、新しく「食品表示法」(仮称)を作るという提言を用意しているようだ。賞味期限、消費期限という分かりにくい期限表示を「消費期限」だけにまとめるということになるようだ。

2008年3月5日水曜日

定期検診

本日(3/5)は定期検診だった。

病院到着9:30。採血、レントゲン撮影を済ませて、11:30の検診を待った。

【診察結果】
・肝臓の数値はGOT=50(基準値10~40)、GPT=62(5~40)と基準値をやや超えていて、イレッサの副作用が出ているようだ。ただ、この程度だと自覚症状もなく、心配は要らない。
・白血球の数値は3,600と正常範囲(3,900~9,800)で、正常値より低い。前回は許容範囲内に戻ったが、今回はまた下がった。やはり常態でも低い状態になっているようだ。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは今朝までで56錠服用した。
副作用として、肝臓の数値がやや高いが、それを抑える薬(プロへパール)を平行して服用しているせいか、前回と同じ程度。次回の検診までに副作用がひどくなるようなら先生に連絡をする。

イレッサの副作用らしき湿疹が腕に少し出ているが、前回からの変化は殆どない。皮膚疾患は前回の服用時に比べて、非常に軽い。皮膚科に寄って、皮膚疾患がひどくなった場合の付け薬をもらった。
レントゲンはイレッサの副作用としての肺炎等をチェックしている(ガンはレントゲンには写らない)が、今までに異常が出たことはなく、今回も異常なし。

次回検診3月18日(火)。

2008年3月3日月曜日

B級グルメ

最近、テレビや雑誌などでB級グルメという言葉を頻繁に目にするようになった。地元静岡にも富士宮やきそば、静岡おでん、浜松ぎょうざなどが全国的にも有名になっているようだ。日本全国どこにも同じよう地元に根付いた郷土料理がある。

我が家の食卓にも、昼食などに富士宮焼そばが登場することがある。他の地区の焼そばとどう違うか?そばの製法が違うようで、やや固くて歯ごたえがしっかりしているのが特徴だ。静岡おでんは黒はんぺんや牛すじ肉が入っている点が特徴。

私は20歳を過ぎて当地に来たので子供時代は知らないが、家内は地元育ちなので、駄菓子やにこの静岡おでんがあって駄菓子を買うついでにおでんを食べたという。これらは昔から郷里に根付いていて、その地方の伝統と一体となっている。

ところで、「B級グルメ」という名称は誰が付けたのか知らないが、私にはセンスのないネーミングに思えて、どうも好きになれない。

それに、元々グルメという言葉は美食家とか、食を楽しむ「人」のことを指して使っていたように思う。今使われているB級グルメという言葉は料理自体を指す言葉なので、使い方も間違ってはいないのだろうか?

それに料理にA級とか、B級とかランク付けをすること自体に抵抗を感じる。高い、安いはあるが、それは料理のランクではない。ミシュランの三ツ星レストランに行く人も毎日それを食べるわけではない。家庭に帰ったり、故郷に帰ったときには郷土の料理をおいしく戴くはずだ。比較するものではなくて全然別物だと思うのだが。

今年のサラリーマン川柳の中に「ミシュランよ 手が届くのは ガイドだけ」というのがある。私もその口だが、そうかといってひがんで言っているわけではない。

B級なんてネーミングはやめて、郷土料理とか、庶民料理といった特徴を現すものにしてもらいたいものだ。

2008年3月1日土曜日

2月29日の誕生日

つい先日まで、やれクリスマス、お正月といっていたと思ったら、もう今日から3月、正に「光陰矢のごとし」。最近は矢どころではなく、映画「マトリクス」の映像に出てくる銃弾のように日が過ぎて行くような気がする。

昨日は4年に一度の2月29日。散歩をしながら「今日誕生日の彼、今頃どうしているかな」と、サラリーマン時代の後輩であったその人のことを思い出していた。

大分以前のことだが、2月29日は4年に一度しか来ないので、「君、毎年のお誕生日はどうしているの?」と彼に聞いたことがあった。すると、その答は4年に1度、盛大に4年分を祝ってもらってるということだった。

しかし、子供時代には誕生会的なものは4年に1回ではなく、毎年28日か1日には簡単に祝ってもらったようだが、熱が入らずどうしても略式になるので、4年に1回の29日が通常年よりも盛大な誕生会をしてもらえる分、得をしているような気がしたと言っていた。

そして、本人は意識して、人とは違うのだからということで、プレゼントをちょっと高めのものを要求すると、大体は通っていて得をした気分だったということだった。まあ、親の方もかわいそうだという気持があって、多少の無理をしたのかもしれない。

そして、子供の頃には友達からは12歳でも4歳じゃないか等とからかわれるのがいやだったそうだ。もっとも大人になってからは、4年に1つ歳をとるならありがたいが・・・と思うようになったそうだが。

その人とはずいぶん会っていない。今頃どうしているんだろう。誕生日が4年に1回だと、こうして人の記憶に残るので、それも得なことかもしれないと考えたりした。

2008年2月28日木曜日

死語の世界

先日「腰パン」のことを書いた。若い人は日常会話で普通に使っている言葉も世代が違うと外国語のように分からないということはよくある。新しい言葉が次々と生まれる反面、どんどん死んでいく言葉もある。

先日、23日の日経新聞に「死語の世界」という記事が出ていて面白かった。「死後」ではなく、「死語」なのでお間違いなく・・・。

長く生きていると、言葉は次から次へ生まれては死んでいく。若かった頃は年長の上司が古い表現をするといっては仲間で笑ったことがあったが、自分も年をとって、逆にその立場になって今度は笑われる番になって久しい。これは時代の流れとともに延々と繰り返されることなのだろう。

例えば、私が若い頃だから30年ぐらい前のことだが、会社の避難訓練のときヘルメットのことを「鉄かぶと」と言って、失笑を買った上司がいた。その上司はその後も山手線がJRになったのに「省線」などというので「それ古いですよ」などとよく訂正したことを思い出す。

上記の日経の記事によると、「社会の窓」「ナウ」「ヤング」「フィーバー」「生娘」がすぐ分かる人は、古い世代に入るようだ。ショックを受けた人は周りの若い人に聞いてほしい。これらは今では「死語」に入るそうである。

毎年年末に発表される「新語・流行語大賞」、今や国民的行事だが、皮肉なことに、ここで選ばれた言葉はすぐに消えるようだ。流行語は賞味期限も短く、次の年の正月までという説もあるくらいだ。

これだけマスコミやネットが普及している背景では、いろいろな情報がまるで洪水のように氾濫している。次から次から新語ができるということは、同時に消えていく言葉も多いということのようである。

2008年2月26日火曜日

腰パン

家内と近所のスーパーへ出かけたときのこと。家内が会計をしている間、壁の掲示板を見ていたら、買物客の苦情が貼ってあった。「夜、バイトが腰パンで荷物の出し入れの作業をしていた。不愉快になるので注意するように」と書いてある。

帰りの車内で家内と「腰パン」とは何かと議論となった。その結果、多分「腰パン」とは大分前からよく見かけるようになった若者がパンツ(ズボン)を腰まで下げていることではないか、ということになった。

家に戻って検索で調べてみたら推理が当たっていて、Wikipediaにも載っていた。元々の起源は、ニューヨークの監獄での囚人服の着方だったらしい。囚人服はたいてい大きめの物が用意されていて、ベルトの着用が許されていなかった。そこで自然とずり落ちてきて、それが後にヒップホップの間で流行したらしい。アメリカ南部の地方では、腰パン着用を禁止する条例が広まっているとか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%B0%E3%83%91%E3%83%B3

先日散歩をしていたら、ちょっと前をひとりの男子中学生が歩いていた。その中学生、ジャージの上下を着ているのだが、ズボンが尻まで下がっている。しきりにその位置を気にして、上げたり下げたりしている。下がっているのを気にしているのかと思ったら、そうではないらしい。下がり過ぎないように、上がり過ぎないように位置を気にしているようだった。それにしても歩きにくそうだった。

もちろん全員がそうではないが、女の子もそういう子をよく見かける。美意識とは縁遠い不思議なことがはやったものだ。

我々の年代は、それを見て眉をしかめない人はいない。でも、考えてみたら若い頃は誰にでも社会への反発がかっこいいという時代がある。一種の「ハシカ」のようなもので、反抗期の表れなのだろう。注意をすれば余計に反発を招くだけ。放っておけば自然にその時期は終わる。

そういえば自分の中学生時代も決して不良ではなかったが、学生服の詰襟のホックをはずし、崩して着たり、高下駄を履いたり、手ぬぐいを腰に下げたり、帽子をきたなくしたり、いわゆる「バンカラ」を気取った時期があった。半世紀も前の古い話だが・・・。

2008年2月24日日曜日

サッカーの東アジア選手権

重慶で行われたのサッカーの東アジア選手権3試合とも見た。

結果はごらんの通り、韓国・日本・中国・北朝鮮の順位だった。それにしてもこの大会は後味の悪い大会だった。

特に対中国戦はひどすぎた。日本チームは元々開幕前からけが人が多く、ほぼ2軍に近いチームだったが、それでも中国とはレベルが違っていた。中国は日本のスピードについていけず、いわゆる「アフターチャージ」という足にタックルをかける反則が随所に見られた。サッカーは格闘技に近いので、闘争本能が強く出て、荒れた試合になることはよくあることだが、それだけに審判の役割が大切になる。中国戦で笛を吹いた北朝鮮の主審はひどかった。観客を恐れたのか、明らかに日本には不利になるような審判が数多く見られ、ハンドボールでの「中東の笛」に近い印象を受けた。

FIFAランキングでは今や日本チームはアジアでは最強になっている。
日本(35)、韓国(41)、中国(75)、北朝鮮(120)
この順位をみても、日本が出場しない大会には意味がない。中国チームに対して罰金が科せられることが決まったようだが、今回のような蛮行が繰り返されるようなら日本はこの大会をボイコットをすべきだ。選手達は皆プロなので、こんな大会で傷つけられるようなことがあると、メシの種を失って気の毒である。

2年前、同じ重慶で行われたアジアカップで現地中国人の観客の異常な行動が記憶に新しい。私が今回のこの大会に興味を持った点は、中国が今年のオリンピックを控えてどう変わっているかだった。

結論からいうと、中国は少しも変わっていない・・ということだ。環境、食品の安全、海外へのゲストへの対応等々どれを取っても心配だらけだ。

イギリスの女子マラソンのラドクリフ選手などは防毒マスクを付けて練習をしているという。オリンピックの直前練習は日本でする国が多いらしい。選手村での食事は自分達で持ち込む・・・もしかしたらオーバーに伝えられているのかもしれないが、こんな話は未だかつて聞いたことがない。例え話半分でも、こんな状況で参加する選手達はたまらないだろう。

中国でのオリンピック開催は、まだ10年ぐらい早いのではないだろうか?もっとも10年たったらどうなっているか分からないが・・・。

2008年2月22日金曜日

東海林さん

毎日の散歩は歩いている途中が退屈なので、お供としていつも携帯のラジオを聞いている。地方のローカルFM局では若いお嬢さんがディスクジョッキーをしている。元気が良くて明るいのだが、聞いていて、時々「ん?」と思うことがある。

昨日聞いたディスクジョッキーでのこと。「次の曲はトウカイリンさんのリクエストにお応えします」という。トウカイリンさん?想像するところ「東海林」と書くのだろうが、もしかしてショウジさんではないか?と思った。

東海林と書くと、多くは「ショウジ」と読ませる。それでも少数派で「トウカイリン」と読ませる家もあるというから、必ずしも間違いとはいえない。ラジオのリクエストハガキにルビがふってあれば別だが、多分想像するところその若いアナウンサーは東海林をそのまま素直に「トウカイリン」と読んだのではないかなと感じたものだ。東海林を「トウカイリン」と読む場合は、まともなアナウンサーならば、ひとこと気の利いた注釈をつけるだろう。

私より上の年代の人なら、テレビのない時代に東海林(ショウジ)太郎という歌手がいて、ラジオで「赤城の子守り歌」や「国境の町」が大ヒットして、誰でも知っていた。だから殆どの人は疑問ももたずに東海林を「ショウジ」と読む。それに団塊世代には「東海林(ショウジ)さだお」という漫画家もいる。

大分前だが、同じ職場に東海林(ショウジ)さんがいた。宴席か何かでその名前にまつわるエピソードで盛り上がったことがあった。

彼の話によると、東京都の電話帳で調べたら、「東海林」という苗字は300軒ぐらいあって、そのうち9割が『しょうじ』だが、『とうかいりん』と読ませる人も1割ぐらいいるそうだ。

彼が子供の頃「東海林」のどれが「ショウ」で、どれが「ジ」かと親に聞いたが、答えてくれなかったという。

それもそのはず、学生時代に調べた結果、次のようなことが分かったらしい。『東海林(トウカイリン)という苗字の人が、長く大陸渡来の承仕師(シュウジシ)として、寺院や公家の佛事の雑役などを勤めていたために、いつとはなしに「しょうじさん」と呼ばれるようになったことから、東海林をショウジと呼ぶようになった』という説が有力なようだ。

苗字にも歴史があるので、聞いて見なければその由来は分からない。
その時の彼によると、子供時代はその名前がイヤでたまらなかったが、大人になってからは話題となるので、得をすることが多いと感じているということだった。

2008年2月20日水曜日

定期検診とPET-CTの結果

昨日(2/19)は定期検診だった。

定期健診はいつもは午前中だが、今回は先生の都合で13:30だった。
病院到着12:00。採血、レントゲン撮影を済ませて、昼食を取りながら時間待ちをした。

【診察結果】
・PET-CTの結果説明 前回と比べてがんの画像が薄く、やや小さくなっている。イレッサの効果ありと認める。
・肝臓の数値はGOT=51(基準値10~40)、GPT=70(5~40)と基準値を超えていて、イレッサの副作用が出ているようだ。
・白血球の数値は4,420と正常範囲(3,900~9,800)で、ようやく正常値に戻った。
・レントゲン画像には(肺炎等)異常は見られない。

イレッサは今朝までで41錠服用した。画像の結果からイレッサの効果ありと認められるので、このまま1日1錠の服用を継続する。副作用として、肝臓の数値が上昇しつつあるので、それを抑える薬(プロへパール)を平行して服用する。次回の検診が3月5日なので、それまでに副作用がひどい場合には先生に連絡をする。

皮膚疾患は先週全身のかゆみがあった。これはイレッサ服用前から毎年1~2度あったアレルギー症状に似ていた。イレッサは皮膚乾燥を起こしやすいので、それが引き金になったか、あるいはイレッサに関係なく起きたものか不明。前回イレッサ服用時、同様なことがあった際にもらった薬(アレルギーを抑える薬、かゆみ止め、塗り薬)があったので、早めに使ったせいか2日ほどで治まった。それとは別に、イレッサの副作用らしき湿疹(かゆみなし)が上肢に少し出ている。皮膚疾患は前回の服用時に比べて、非常に軽い。

次回検診3月5日(水)。

2008年2月18日月曜日

メジロサミット


メジロの写真が好評だったので、続編として、「メジロサミット」として送信されてきたKさんからのメールに添付された写真をもう一枚。


以下はKさんの文章をそのまま・・・。

『山の餌が減ったので麓まで遊びに来ます。
簡単に蜜柑に自分達で、蜜柑を剥かずに食べれるので賑わっています。

色々の餌台を作って出来るだけ・・・食べやすい姿勢で・・・食事が出来るように作ってあげました。
ヤマガラや四十雀は自分で籠から出し梢の上で上手に皮を剥いて食べています・・・

塵とお土産が庭を汚しますが・・・ボケ爺さんの所に、遊びに来てくれるだけ・・・幸せです。
早く花が咲いて・・・散歩が楽しくなるのを・・・心待ちにしています。』

2008年2月16日土曜日

メジロの会食 春の知らせ


我が家から車で10分ぐらいのところに会社での先輩、Kさんが住んでいる。

先週送信してくれたメールには、自分の庭にぶら下げたミカンにメジロが止まって会食している珍しい写真を添付してくれた。春を知らせる貴重な写真なので、そのうちの1枚を紹介したい。

Kさんのメールによると、ミカンを食べやすいように平らに出すと、とたんに「ヒヨドリ集団」が来てしまいあっという間に食べ終えてしまう。針金だと、止まれないので食べにくいかわりに、メジロが写真のように曲芸のように食べるとか・・・。

Kさんは私が就職した頃からの付き合いなので、知り合ってからもうかれこれ40年は越えている。最初は怖い先輩だったが、いつの頃からか遊び仲間になり、週末にはよく気心の知れた仲間達とKさんの家に集まったり、我が家へ来たりしてワイワイガヤガヤ麻雀などで遊び、気がついたら朝になっていたということが何回もある。

Kさんの趣味は写真で、その腕前はプロ級。季節ごとに撮影した作品を自分なりの「歳時記」にまとめ、定期的にメールで送信してくれる。色とりどりの花々の色彩はいつも美しく見惚れてしまう。ひとりで見るのはもったいなくて、娘などにその写真を転送したりしている。私のホームページの表紙の「花のある生活」もKさんの作品を多くの人に見てもらいたいという趣旨で、許可を得てデータをお借りして載せている。

何年か前、Kさんは心臓の重い病気を患い生死の境をさまよった。でもKさんは頑健な身体とエネルギッシュな精神の持ち主なので、奇跡的な回復を遂げた。今は体力に見合った散歩をして趣味の写真撮影を楽しんでいるようだ。カメラはプロ並みの腕前で、外国も含めてあちこち旅行しながら撮影したアルバムは居間の壁一面にある本棚を一杯に埋めている。

何年か前から、パソコンを覚えそのデータをデジタル化して保管している。私の味気ないサイトの彩りとしてこれからもお世話になりそうだ。

2008年2月14日木曜日

死ぬんじゃない!

昨年2月6日、東武東上線ときわ台駅の踏切で、踏切自殺を図った女性を救おうとして宮本警部が線路に飛び込み殉職した事故は記憶に新しい。早いものであれから1年がたつ。

東武東上線ときわ台駅には私の叔父が駅に近くの商店街で薬局を営んでいた。子供時代から何度か訪問したので、駅前の商店街も、駅前の交番もよく憶えている。叔父は何年か前に亡くなって、その葬式に伺ったのが最後だった。

そんな関係で、このときの事故をテレビニュースで見たときは周辺の風景を思い浮かべたものだった。

殉職した宮本警部はすばらしい人だったようだ。通夜、告別式には1,200人もの人が訪れたという。そして、ときわ台交番の前の勤務地町田の人達も数多く列席したという。これは簡単なことではないと思う。

近所の子供達も、商店街の人達も、多くの人達が皆「宮本さん」という名前を良く知っていたようだ。そして事故の話を聞いて、口々に「宮本さんならきっとそうするだろう」と言っていたという。

どんな仕事であれ、そこまで自分の仕事を全うする人はそうはいない。私の近所にも交番がある。申し訳ないが、そこの駐在さんの名前を知らない。田舎でさえそうなのだから、まして都会ではなおさらのことだ。

公務員が公僕と言われなくなって久しい。しかし、多くの公務員は奉仕の気持を持って仕事をしているはずだ。高級官僚の数々の不祥事でイメージを悪くして、肩身を狭くしている多くの公務員のためにも宮本さんの功績を多くの人に知らせることは意義がある。公務員だけでなく、誰にでもその仕事ぶりは参考になるだろう。

そのときの事故からちょうど1周年を記念して『死ぬんじゃない!~実録ドラマ・宮本警部が遺したもの~』宮本警部の生涯がドラマになって、15日(金)フジテレビで21:00に放映されるという(くわしいことはこちら)。

宮本さんはどんな人だったのか、またどんな仕事ぶりだったのか、とても興味がある。ぜひ見てみたいと思っている。

2008年2月13日水曜日

感謝チョコ

最近、バレンタインデーほど大騒ぎをする国民的行事も珍しい。

もともと、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日であるとされているので、クリスチャンでない日本人とは無縁のはずだ。当の聖ウァレンティヌスはきっと天国で苦笑いをしているに違いない。

日本でのバレンタインデーとチョコレートとの歴史は、神戸モロゾフ洋菓子店が1936年に国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出したのが発端らしい。その後1958年2月に伊勢丹新宿本店でメリーチョコレートカムパニーが「バレンタインセール」というキャンペーンを行ったが、どちらにしても、あまり売れなかったようだ。伊勢丹でのセールでは、1年目は3日間で板チョコが3枚、カードを含め170円しか売れなかったとの記録があるという。それが現在のような大騒ぎになったのはその後の宣伝活動のためだろう。

私の年代では若い頃にはまるでそんな習慣はなかった。こんなに全国津々浦々まで普及したのはこの20年ぐらいのことだろうか?

今は隠居生活なのでチョコレートとはとんと無縁だが、サラリーマン時代は職場の若い女性から「義理チョコ」をいくつか戴いたものだ。ホワイトデーの昼休みに近所の駅前のお菓子店に出かけたら、普段見かけないワイシャツ姿の男性がたくさんいて、その異様な風景にびっくりした記憶がある。自分も商業主義に毒されてしまったかと苦々しく思ったものだ。

それでも、戴いたチョコを口にするときの職場は不思議に笑顔になるし、明るい雰囲気に包まれてこれも悪いものではないと思ったものだ。これで日本の購買力が増えて、人間関係が円滑になるなら経済活動にとって悪いことではないかもしれない。

「義理チョコ」は最近では「感謝チョコ」と呼ぶ人もいるようだ。「感謝チョコ」というネーミングは良い。上げる方も、もらう方も「義理チョコ」よりは気分が良い。女性同士で交換する「友チョコ」という名称まであるという。

たくましい商魂は次々と新しい手を考え出すものだ。

2008年2月11日月曜日

日本のたばこ価格と喫煙率の関係

2月8日の日経新聞に「たばこ安く、喫煙率高く」という小さな囲み記事があった。世界保健機構(WHO)の報告書で、『喫煙による健康被害を防ぐ方法として、たばこ価格を引き上げるのも有効と指摘している』という記事なのだが、日本は他国と比べてたばこが高いのかと思っていたが、この記事で意外に安いということを知った。英国の9.69ドルというのは強烈だ。

主要先進国だけの比較なのだが、以下のようなデータだそうだ。
     喫煙率(%) 価格(ドル) 税率(%)
●日本   43.3・・・・2.58・・・・58
●米国   20.7・・・・3.89・・・・10
●フランス 28.2・・・・6.33・・・・64
●ドイツ  27.9・・・・5.62・・・・62
●イタリア 28.3・・・・4.05・・・・58
●英国   27.0・・・・9.69・・・・63   
(価格は最も人気の高い銘柄をドル換算したもの)

このデータを見ると、日本はまだ喫煙率は欧米の倍近いし、税金だって安い。まだまだ喫煙率を下げる方策はありそうだ。

20年ほど前になるが、私がまだ地方の工場に勤務していた頃のことを思い出す。

その頃日本で国際的なある業界に関係する展示会があった。そのついでにアメリカ、イギリス、中国などの同業の会社幹部が会社ごとにが我が工場を訪問した。

応接室には訪問客の小旗と並んで、灰皿とシガレットケースが置かれており、お茶と一緒に一応来客にもタバコを薦めた。

工場長の横に列席してそれぞれの会社ごとに接客したのだが、何人かいた工場側の人間は私も含めて殆どの人がタバコを吸った。中国のお客さんはタバコが大好きのようだったが、アメリカとイギリスの人は全員が「No thank you」といってタバコを吸わない。

欧米はタバコの害が徹底されていて「喫煙と肥満は出世の妨げ」は事実なんだと実感したものだ。私はその後まもなく禁煙に入ったのだが、その時の体験も禁煙のきっかけの一つになっている。

2008年2月9日土曜日

腰の痛み

2月6日は定期検診だったが、その10日前ぐらい腰の痛みを感じて心配した。

私の年齢になると、周囲で腰や膝が痛いという話をよく聞く。私の場合は幸いに生まれて66年間、腰痛の体験はなかった。

ところが、10日ぐらい前から、腰の中央よりやや右あたりに電気が走るようにピピッと痛みが走る。歩いている時、座っている時、普通の姿勢なら感じないのだが、ある角度に腰を曲げたときだけに痛みを感じる。
腰をひねったとか、打ったとか心当たりはない。痛くて我慢できないというほどのことはないのだが、ちょっとした角度で痛むので気になって仕方がない。原因がはっきりしていれば気にならないのだが、原因不明なのが困る。

いちばん疑心暗鬼になったのが、がんの転移である。私のがんの範囲は今まで右肺の中だけに収まっているが、再発がんなので、転移を始めると全身に広がる危険性がある。

さては骨盤あたりに転移をしたのか・・と考え出すと何か落ち着かない。6日に検診があるので、先生に聞いてみようと思っていたところ、前日に急に痛みが軽くなって、検診当日は朝から全く痛みは感じなくなった。

先生に相談すれば、放っておけないので、またいろいろな検査が待っていることが分かっているので、もう少し様子を見ようということにした。そんなことで、ここ10日ぐらい日課の散歩もやや軽めに、いつもの半分ぐらいにしていた。

あれから4日間、嘘のように痛みは感じなくなった。今日は朝から天気も良く、体調も気分も良かったので、久しぶりにいつもの5キロをさらに増やして6キロ歩いてしまった。どうやらあの痛みも一時的なものだったようだ。

結局痛みの原因は不明だが、自分の中では寝返りを打つときに筋肉のどこかを傷めたのだろう・・・軽いぎっくり腰だったということにしている。

年は取りたくない。あちこちの部品にガタがきている。油断をするとダブル、トリプルに別な病気に襲われる。やはり万病に対する予防は大切なようだ。

2008年2月7日木曜日

定期検診とPET-CT

昨日(2/6)は定期検診とイレッサ効果確認のためのPET-CT受診を行った。

PET-CTは11:00に予約が入っているので、定期検診はその前10:00だった。

病院到着9:00。採血、レントゲン撮影を済ませて、検診を待つ。

診察結果
・白血球の数値は3,500と正常範囲(3,900~9,800)よりやや低めだった。
・肝臓の数値GOT=42(基準値10~40)、GPT=42(5~40)は基準値をやや超えている。
・レントゲン画像には異常は見られない。

イレッサは今朝までで28錠服用した。幸い今日までのところ、心配していた副作用らしきものはまだ出ていない。肝臓数値(GOT、GPT)はやや高めなので、副作用かもしれないが、これくらいの数値は許容範囲内と考える。皮膚疾患はまだ出ていない。以上のことから、このままイレッサ服用を継続する。

11:00からPET検査を行う。その結果説明は次回検診2月19日(火)に行う。

2008年2月5日火曜日

サラリーマン川柳

今年もサラリーマン川柳の時期が来た。
第一生命が主催するこの「サラリーマン川柳コンクール」、かつてキミマロの盗作で話題になったことがあったが、今年で実に21回目になるという。毎年応募作が増えて、今年は実に22,225点もの応募があったそうだ。

今回はその中から100作品が発表された。
2月4日~3月14日まで同社のホームページで投票を受付け、5月上旬にベストテンが発表されるという。

内容は、例年とも好不況や流行語など、その年の流行や世相を反映しながら、サラリーマンの悲哀や夫婦関係をユーモアや皮肉たっぷりに読んだものが多くて、ひとつずつ読んでいると読み手の周辺が想像できて結構楽しいものだ。

ところが、最近では企業のリストラやうつ病や自殺の増加、格差社会の拡大等々悪い側面もあるので、応募作の中にはユーモアといえず、度を越えたブラックユーモアや、残酷な句も多く見られ、選考する人の頭を悩ますというのが現実のようだ。

あまり現実的には考えず、明日への活力に役立つようにユーモアの面だけをみて楽しめばよいと思う。

【100首の中から私が選んだベスト10】

・部下思い 思うだけでも けむたがれ

・鈍感力 持ってることさえ 気が付かず

・部長にも 「別に」と返事を してみたい

・貼り替えは 昔障子で 今、日付け

・衣食住 すべてそろった 偽装品

・ボーナス日 はにかむつもりが 苦笑い

・花粉症 ボクはハナカミ 王子です 

・エコと言い 課長のお茶だけ やや薄め

・レントゲン 今年の思い出 これ一枚

・社長業 今や問われる 謝罪力

2008年2月3日日曜日

中国、食のChina Free

私の住む田舎町にも中華料理のお店がいくつかある。昨年、住まいのすぐ近くにこぎれいな中華料理屋さんができた。我が家は昔から中華料理は好きなので、昨年の暮れに家内とふたりで早速ランチを食べに行ってみたところ、そこそこの味だった。接客は日本人の女性だったが、厨房からは何人かの中国語の会話が聞こえてきたところをみると、中国人が料理を作っているようだった。

正月に娘が来た際、その話をして誘ったところ、返ってきた最初の反応は「大丈夫?」という言葉だった。結局その時は別の店になったが、中華料理のイメージもずいぶん落ちたものだと感じた。ちなみにこれは「JT毒ギョーザ事件」の前である。

私の年代では中国人のいる中華料理店はきっと味が良いお店だろうというイメージをもつ人が多いと思う。横浜や神戸の中華街へ足を運ぶ人が多いのもその味を求めてのことだろう。世界中、中国料理のない街はないといわれる。いいかえると、中国人は料理の世界をとうの昔に世界制覇している。

今回起きた毒ギョーザ事件、これはちょっと深刻だ。昨年日本中で起きた数々の「食の偽装」、これらは多くは賞味期限のごまかし、産地偽装等々だった。少なくともその食物で当たったり、入院したりという実害を受けた人はいなかった。

今起きている事件の詳細はこれから判明するのだろうが、「食品テロ」だという穏やかでない説もある。ネット上のある記事(こちら)に「(天洋食品で)複数の元従業員によると、昨年12月末、ギョーザを製造していた約100人のうち14人が理由もなく、クビになったという」。これが事実だとすれば、その事実の背景にからむドロドロした状況の中に今回の事件を解く鍵がありそうだ。

昨今、スーパーなどに「中国製」の製品が見当たらない。ところが、食品輸入量全体は変わっていないという。消費者はこれをどう考えればいいのだろう。今回の事件で「China Free」の傾向は益々強くなることは間違いない。

中国はオリンピックを控えているので、国を挙げて本気で取り組むだろう。真摯に「食の大国」のイメージを復活させることをしなければ、中国は決して真の大国にはなれないだろう。

2008年2月1日金曜日

医療被曝問題

1月27日の報道で『米がん患者2%が「CT原因」(当サイトの情報スクラップ参照)』はちょっと気になるニュースだ。

なにしろ、ガンの検査や治療のために使う検査機器のせいでガンになるというのだから。

4年ほど前にも読売新聞(16年2月10日)に次のような報道がされ話題になったことがあった。
『英国オックスフォード大グループの調査で、日本人は75歳までにがんになる人のうち、放射線診断が誘発したがんの割合を算定した結果3.2%となり、15カ国中で世界一』

被爆というと、人間は自然界からも常に放射線を浴びており、大地から1年間に0.46mSv(ミリシーベルト)また、宇宙からの放射線(宇宙線)で1年間に0.38mSv、その他空気などから1.5mSv程の被爆を受けているそうだ。

それでは医療機器からどのくらいの被爆を受けるのか?撮影部位や条件で幅があるが、被爆量の比較のためにいろいろな資料から大雑把に拾い出すと、(いずれも1回当たり。単位はミリシーボルトmSv)
●胸部X線で0.1 ●胃透視X線(バリウム検査)で15~30 ●CT検査で10~30 ●18F-FDGを使ったPETで2.2 ●PET-CTでは20
といったところだ。これを見ると、やはりCTは数値が高い。胃のバリウム検査も意外と被爆量が多いのが分かる。

核爆弾や原子力発電所の事故などで人体が白血病やガンになると言われている放射線量は、一度に1,000mSvを越える量と言われている。それから比べるとはるかに少ないので、医療関係者は一様に安全というので、それを信じるしかない。
そうはいっても、がん患者のように定期的に、継続的に被爆するときの細胞への影響などはどうなのだろうか?人によって、時によって、免疫力が弱った場合の影響等々・・心配はある。この種の研究は見たことがなく、実際は良く分かっていないのが実態かもしれない。

とはいっても、現在のガン医療はCTやPETを使わないということは、治療を放棄しない限りどうすることもできない。

せめて、上記のような知識を持った上で、患者に選択権のあるような場面(例えば念のために受けてみますか・・と聞かれた場合のような)では、やめておくことぐらいしかできない。また、健康な家族(特に子供や妊婦さん)には不必要には受けないように薦めるとか、将来は被爆の少ない検査機器を開発してほしい・・という要望を持つことぐらいしかできないようだ。

2008年1月30日水曜日

今年の年賀ハガキ

お年玉商品の当選は切手シート以外は当たったためしがない。今年も例年通りあまり期待はしていなかったが、それでも切手シートが4枚当たった。毎年思うのだが、切手シート以外で何か他の商品にはならないものだろうか。

最近は本当に年賀状以外の手紙のやり取りをしなくなった。私のような高齢者でさえ知人との連絡は電話だったり、メールだったりする。従って、切手シートが当たってもあまり利用価値がない。といっても日本郵政は手紙を奨励したいのだから「ま、しようがないか」とか言いながらも、一応は郵便局で切手シートには換えてもらうのだが、利用回数は極めて少ない。

今年は日本郵政グループの民営化元年、張りきっている意気込みは感じた。年賀ハガキの売れ行きは好調だったようだし、配達も大きな混乱もなく順調だったようだ。

それでも、売れ残りが4億枚も出たことと、古紙配合率偽装があったことなどの反省点もあった。

昨今の背景では、環境への取組み姿勢を前面に出したい気持は分かる。しかし、再生紙の年賀ハガキはどうもピンとこない。

元々、上質紙の再生紙は中質紙にしかならない。古紙を混ぜれば、白色度は落ちるだろうし、インキのカスだって残るだろう。「わら半紙」などという呼称があった時代ならともかく、今どきそんな再生紙の品質では通らないだろう。

年賀ハガキに求める品質は一般的には相当に高いもの。インキジェット用のハガキは元々再生紙ではないが、その他のハガキだって、毛筆で書いたり、版画を使ったり、品質が落ちても良いという合意は得られないだろう。

ユーザーも環境のためなら品質は2の次で良いという人ばかりではないだろう。「総論賛成、各論反対」という人はどこの世界にもいる。製紙会社も要求品質とコストに見合うような再生紙製造技術は完成していないようだ。日本の産業界ではどこの業種も発注側は絶対の力を持つ。今回の問題は、問題が表面化した場合は、受注側が被るという商習慣の結果だったのではないだろうか・・・これは私の想像だが。

できないことは無理をすることはない。そんなことより売れ残りをなくす方が余程環境にはよいことだと思えるが。

2008年1月28日月曜日

マスク

最近外へ出ると、マスクをしている人が目立つ。

私も毎朝、散歩に出かけるときはマスクを着用している。マスクをしていると、冷たい空気と遮断され、暖かい感じがする。散歩以外でも定期健診などで病院へ行くときや買物で市街へ出かけるときもマスクをよくする。

何日か前の新聞に次のような記事が出ていた。全国マスク工業会(という会があるんだ?)によると、「同工業会に加盟する44社の推計で、今年度の生産量は、過去最高の約12億枚に達すると見込まれている」そうである。

12億枚・・すごい数字だ。人口1億人としても、1年間にひとり12枚を使ったことになる。赤ちゃんなどマスクを使わない人もいるので、大人だけにすると一人当たり何枚になるのか?どうりで最近はよく外でマスクをしている人を多く見かけるわけだ。

ある会社の調査では、風邪などの予防目的でマスクを付ける人が年々増え、現在はマスク利用者の3割に達しているという。そしてマスクは、子どものインフルエンザ発症率を5分の1に低減できたという研究成果もあるようだ。

使い捨てマスクは出たての頃は如何にも型抜きしただけという味気のないものから、最近では口元に空間ができる立体型マスクや横に折り返しの着いたもの、ペパーミントやユーカリの香りが広がるマスクなど、いろいろな工夫がされているようだ。

そういえば、ここ何年か前からはマスクはガーゼのマスクを見なくなって、殆どが使い捨ての紙製のマスクになった。ガーゼなら洗濯して何度も使えて環境対策の点ではいいことは間違いなさそうだ。まだまだ日本人は環境対策の点で甘いような気もするが、それで風邪予防になるならその効果も大きいし・・・判断に迷うところだ。

それにしても、インフルエンザの予防に、防寒に、花粉症対策に・・・しばらくはマスクが外せなさそうだ。

2008年1月26日土曜日

さよなら、ゆるりさん

22日のユーミンさんの書き込みで、ゆるりさんが亡くなったことを知った。

ここしばらく彼女のサイトを訪問していなかったので、それを読んだときは「えっ?」と絶句をするほど驚いた。

あせらず、ゆっくり、という思いを込めてつけた「ゆるり」という名前。「ゆるりと肺がん記」は型にはまらない、個性的でユニークなホームページだった。

2005年の3月、私が自分のサイトを立ち上げようとしたとき、相互リンクをお願いするためにメールをしたのが最初だった。

その後、東京中央済生会病院で私のがんを見つけてくれた(命の恩人だと思っている)H先生が、転勤で当時ゆるりさんがかかっていた都立駒込病院へ移ったことをメールで知らせてくれたり、私のおぼつかないサイトを盛り上げるために、書き込みをして応援してくれたりした。

ゆるりさんの文章を読んでいると、その表現のすばらしさに引き込まれてしまう。そしてその表現力の源として、彼女のすばらしい感性を感じる。
私のような凡人が、町を歩いていて目にしても見過ごしてしまうような小さな風物でも、ゆるりさんの感性にかかると光り輝く宝物に変わってしまう。

その感性は周囲の人との会話にも表れる。そのユーモラスな会話は、病気のことを話す医師との会話でさえ楽しい雰囲気に変えてしまう。

きっとゆるりさんはそこにいるだけで、周囲を暖かな雰囲気に包みこんでしまうような人だったに違いない。

ゆるりさんが相棒とも同居人ともいうmiyaさんのエピソードはとても面白い。読みながら大笑いする。下手なお笑いよりはよっぽど面白い(こちら)。ゆるりさんのお骨はmiyaさん家のお墓に入るという。大好きなmiyaさんのお墓に入れてとてもよかった。

あれだけマメだった文章の更新も11月から極端に少なくなった。この何ヶ月かの闘病がいかにつらかったのかを物語っている。

。。。。。。。。。

ゆるりさん、ようやく闘病の苦しさから開放されたね。どうぞ安らかに眠ってください。

あちらの世界では色鮮やかなお花畑の中で、先に行った人達がきっと笑顔で出迎えてくれていると思う。そしてこれからは苦しみも痛みもなく、きっと永遠に穏やかに楽しく過ごせるよ。 
しばらくしたら仲間入りするので、その時はゆっくり話し合いましょう。  

2008年1月24日木曜日

定期健診

昨日(1/23)は定期検診だった。
朝から天気予報は最悪。太平洋岸は広い範囲で雪、地元静岡も山間部は雪の予報が出ている。病院は山の上にあるので、途中雪道になったらイヤだなと思って、朝早めに家を出た。雪が降ることは殆どないので、チェーンなどはもちろんない。幸い往復とも雨で済んでその心配も杞憂に終わった。こんな天気でも病院の混雑は相変わらずだ。

以前はいつ行っても呼吸器外科・内科の前の待合席には空席があったが、2年ぐらい前からは常に満席の状態。時間帯によっては、周囲で立って待っている人もいる。
こんなとき、ポケベルを持たせるシステムは便利だ。私の場合はもっぱら待ち時間は図書室で週刊誌を見たり、ラウンジでコーヒーを飲みながら待つようにしている。

診察結果
・白血球の数値は3,200と正常範囲(3,900~9,800)より大分低めだった。
・肝臓の数値等は正常値。
・レントゲン画像には異常は見られない。

前の抗癌剤の影響か白血球の数値がなかなかもどらない。低くても日常生活に支障がないといわれたが、この状態が続くと、必要なときに抗癌剤の選択肢の範囲が狭まるので、何とか戻ってもらいたい。

イレッサは前回の診察日の翌日から今朝までちょうど2週間(14錠)服用した。幸い今日までのところ、心配していた副作用らしきものはまだ出ていない。
肝臓数値(GOT、GPT)も正常値。皮膚疾患もまだ出ていない。

請求書を見ると、イレッサの価格は以前(1錠7,216円=個人負担分はその30%)よりやや下がって6,806円になっている。毎日飲むものなので少しでも安い方が良い。それでもまだ高いが・・・。

効果の確認は2月6日にPET検査を行う。

2008年1月22日火曜日

がん拠点病院

1月17日に開催された、厚生労働省の第4回がん診療連携拠点病院の指定に関する検討会において、各都道府県におけるがん診療のとりまとめ役である、都道府県がん診療拠点病院(都道府県がん拠点病院)と、がん診療連携拠点病院(がん拠点病院)が新たに指定された。

新規に決まった病院 
今まで決まっている病院 

日本での医療機関は長い間、内科、外科、耳鼻科、皮膚科といった部首別の医療が行われていたが、がんはそういう範疇のすべてにまたがり、血液やリンパにまでその範囲が広がる。がんに関する医療の技術も格段に進歩し、専門部課の医師が片手間に行っていたのでは、とても対応は難しいようだ。

それでも国はがん対策に対して重い腰を上げ、ようやくいろいろな取組みを始めた。その具体的な形が「がん対策基本法の制定」であり、「都道府県がん診療拠点病院の指定」である。全国どこでも質の高いがん医療が受けられるようになることは、がん患者にとっては最低限の要望だろう。

日本では右肩上がりに患者数が増加しているが、がん対策に対するすべてにおいて日本より早く、本格的に取り組んでいるアメリカでは最近は患者数が減少に転じているという。アメリカは「がん戦争」という捕らえ方をして、国民の命を奪う大敵に向かうために、その予算も日本とは比べ物にはならないほど、つぎ込んでいる。

日本ではいろいろな疾病の中で、今やがんの死亡者数がトップになったということは、医療全体の対応の遅れが原因のひとつなのであろう。

高齢化の進む日本ではその傾向は増加の一途を辿ることは間違いないことなので、対策が前進することは明るい材料であることは間違いない。

2008年1月20日日曜日

散歩でのできごと

1月の16日以降はほぼ毎日散歩を復活した。

16日の写真のような松林内の遊歩道を歩くのだが、平日に出遭う人はすべてが散歩を目的とした人達。多くは私とほぼ同じ年代のジジババだ。格好だけは例外なくビシッと決めている。中には賑やかに談笑しながら、何が目的なのか分からないようなオバチャン集団もいる。また、歩くのが億劫なのか、ママチャリで往復している人もいる。

殆どの人は似たようなペースで歩いているのだが、早足で歩くときは、時には遅く歩く人に追いつき、「お先に」と言いながら追い抜いて行くこともある。ここで出遭う人は、登山道と同じように共通目的をもっているせいか、殆どの人が見知らぬ人同志でも「こんにちわ」などと声をかけ合う。

休日などにはメタボ対策らしき若い人やスポーツ目的の若い人も加わる。いくら私が早足で歩いても、若くて元気な人達には抜かれることもある。

ところが、今日の散歩では建て続けに二人の人に抜かれてしまった。まず、中年の男性が私より格段に早く抜いていった。「若い人は元気でいいや」等と思っていたら、すぐ続いて若い女性が抜いていった。

後姿だったが、多分20~30代だと思う。すらっとスタイルの良い女性だった。陸上とか競歩とかやっていそうな速さだった。足も私より長そうだったので歩幅も広いので考えれば無理もないのだが、自分も早足で歩いているつもりなので、女性に抜かれたということが少々ショックだった。

男というのはなぜこんなくだらない競争心を持つのだろう?と後で考えておかしくなった。

そういえば若い頃、車で高速などを走るとき、外車のような性能の違う車なら別として、明らかに自分の車より排気量の小さな車に抜かれると、ついくやしくなって追い抜き返すというようなことをした記憶がある。
そんなことをしたって、何の得もないし、それで事故でも起こしたらバカな話だと冷静になると思うのだが。

男性には生まれつきそんな本能が備わっているようだ。「三つ子の魂、百まで」というが、人間いくつになっても、本質はそうは変わらないものだ。

2008年1月18日金曜日

映画「アース」

昨日は映画「アース」を見た。この映画は「観たい」というよりも「観ておくべき」だろうなという感じで映画館に足を運んだ。

この映画に人間は一人も登場しない。奇跡の星「地球」上で繰り広げられる動物達の生きるためのドラマを描いた究極のノンフィクション。

最近はこの種のテレビ番組もよく見るので、全体にはびっくりするような印象ではないが、撮影に4年もかけただけあって、CGは一切使わうことなく迫力十分な映像をたっぷり堪能できた。

人が映画に求めるものの要素のひとつが「非日常」であるが、正にこの映画で我々が一生かかっても自分の目では見ることのできない壮大な旅ができることは間違いない。

ドキュメンタリーでありながら、全体にストーリー性を持たせてある点はこの監督の工夫なのだろう。

この作品は、地球全体の引きの画面からスタートし、北極にズームアップし、徐々に南下していき、シベリアのツンドラ、ヒマラヤ、アフリカ、南極を巡って再び北極へ戻る。

登場する動物は北極熊、ツンドラではトナカイの大移動、ヒマラヤを越えてインドに行く鶴、アフリカの象の大移動、鯨の赤道から南極への回遊。

そして、そのように食料や水を求めて「渡り」をする動物たちのドラマを軸に、チーターやホオジロザメ、ゴクラクチョウなどのいくつかの珍しい映像を差し挟み、最後は北極熊に戻って終わりという展開。

時節柄、環境問題をテーマにした映画かと思ったが、映画全体にその主張はなく、最後の部分だけに後からとってつけた感じで僅かに環境問題に触れている。この部分はどうも説教くさくて、全体の流れからすると、異質でマイナスの印象。時代背景を考えるとやむを得ないかなという感じだが・・・。

動物同士、弱肉強食の残酷な場面が数多く描かれているが、この映画を見て感じるのは、いちばん残酷な動物は人間だということが良く分かる。そして人間の身勝手な行動が地球上に住むすべての環境まで破壊しつつあるということは、敢えて環境問題に触れなくても誰でも感じるのではないだろうか。

映像と音声の迫力は満点、DVDではなくて映画館に足を運んでみる価値は十分にあると思う。

2008年1月16日水曜日

松林5キロ散歩復活


昨日は以前日課としていた松林の散歩を久しぶりに復活した。

昨年の5月11日に抗癌剤の点滴のために入院するまでは、毎日松林を5キロ散歩をしていた。その後抗癌剤を点滴のための入退院をする間は散歩は中断していた。病院の中や、家の中、近所の買物等を歩く程度で散歩らしい散歩はしていなかった。骨髄抑制で白血球が減少したこともあり、繁華街へも出かけることもなく、殆ど自宅でぶらぶらする生活だった。

秋頃、久しぶりにちょっと遠くまで散歩をしようとしたら、30分ほどで腰の辺りの筋肉が痛くなって、ほうほうの態で自宅に帰り着いたことがあった。

使うべき筋肉を使わないでいると、みるみる筋肉が弱ることを実感してショックを受けた。健康なときには何とも思わない「歩く」という行動さえできなくなってしまうことを思い知った。

それからは自宅周辺をできるだけ30~40分歩くように心がけた。

今日は8ヶ月ぶりに以前歩いていた松林の遊歩道を2.5キロの目標まで(往復5キロ)歩いてみた。以前と同じように、中断することなく、早足で歩くことができたので、これでようやく歩行機能の回復はできたものと思う。

散歩道には500メートル間隔に道標があるので、歩くキロ数がはっきりしていて都合が良い。
往復5キロの所要時間はおよそ1時間20分ほどだろうか、スタート時は冷えている身体も帰る頃は汗ばむほど暑くなる。

歩き始めて20分頃から身体が熱くななり始めて、徐々に血液循環がよくなることが実感できるような気がする。いつもは冷たい足先も歩いた後はポカポカと暖かくなる。

寒い時期はコタツから出て、歩き始めるには勇気がいる。血液が足先を折り返し点として、身体中を循環しているイメージがわき、血液に溶け込んでいるイレッサも肺の隅々まで届くような、そんな想像が歩行への後押しとなる。

ということで、日課の散歩は以前のように復活させるつもりである。