2007年6月17日日曜日

今日は父の日

今朝は気分が良い。なぜなら宅急便で娘二人から「父の日プレゼント」が届いたからである。シックな色の「サムエ」だった。この夏、自宅療養が多くなりそうなので、最高の贈り物である。今スキンヘッドにしているので、どこかの住職と間違えられそうだ。

父の日は日本では母の日や、バレンタインに比べると影が薄い。それに日本では商業主義に乗せられているような雰囲気もあり、その普及度はもうひとつかもしれない。でも他のアニバーサリーもそうだが、こういう行事は人の心を結びつける接着剤の役割を果たすのでもっと普及した方が良い。プレゼントを送るという行為だけではなくて、その前に何を送ろうかと考え、もらった側も感謝の気持をもつ。このことを中心にずいぶんお互いの結びつきが強まることは間違いない。

以下はWikipediaから。
父の日は父に感謝を表す日。6月第3日曜日。1910年にアメリカ・ワシントン州のJ.B.ドット夫人が、彼女を男手1つで自分をそだててくれた父を覚えて、教会の牧師にお願いして父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。ドット夫人が幼い頃南北戦争が勃発。父、スマートが召集され、ドット夫人を含む子供6人は母親が育てることになるが、母親は過労が元でスマートの復員後まもなく亡くなった。以来男手1つで育てられたが、スマートも子供達が皆成人した後、亡くなった。1916年アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知されるようになる。1972年(昭和47年)になり、アメリカでは国民の祝日に制定される。日本では1950年代ごろから知られるようになったが、母の日に比べると一般的な行事とは言えない。母の日の花がカーネーションなのに対し、父の日の花はバラ。ドット夫人が、父の日に父親の墓前に白いバラを供えたからとされている。

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

長男の嫁から白バラのプレゼントが昨日、広島から届いた。毎年嫁は母の日、父の日には花が贈られてくる。有り難い事です。女の子は優しい心が有るのですね。私も母や、父に贈り物をした覚えが無いのです。車で父がガンで亡くなる前に鳴門大橋につれて行って親孝行の端くれが出来たと思っていましたが、骨に転移していたので、随分痛かったのではないかと思われます、後から考えれば静かに家で休ませる方が良かったのではと悔やまれます。人間は愚かな者で、その歳になるまで体調の変化や苦痛が感じ取れない人が多いのですね。今頃になって自分が父の後を追いかけているのですよ。幾つになっても「男はつらい」ですね。

匿名 さんのコメント...

大さん、大さんが病気のお父さんを鳴門大橋に連れて行ってあげたことは、例え痛さがあってもそれ以上にうれしさがあったものと想像します。とても良いことをしたと思います。今考えてみれば自分は両親に対してはいろいろな要求ばかりで、何かをしたかというと恥ずかしいばかりです。「親孝行したい時には親はなし」です。

匿名 さんのコメント...

はじめまして。メシマの検索でたどりつきました。
自分自身胃がんの告知を受け手術の検査中です。ホームページの情報を参考にさせていただきました。ありがとうございました。

tamy さんのコメント...

mfreeman さん、はじめまして。胃がんの告知を受け、手術の検査中とのことですが順調に推移するといいですね。ガンは胃がんも肺がんも共通することが多いので、また時々訪問して体験談などを書き込んでください。